第46話 「鼓動三つ――診察室の静かな衝撃」
産婦人科。
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白い廊下は、外の空気とは別の時間で動いていた。
消毒液の匂い、淡い照明、遠くの足音。
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菫の名前が呼ばれる。
「柊木さま」
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菫は一度だけ深呼吸をして立ち上がる。
榮助も自然に隣へ立つ。
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そのまま二人で診察室へ入った。
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「こんにちは」
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その声に、菫の動きが一瞬止まる。
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そこにいた医師は——
中学高校の同級生。
鍋島香織。
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菫は目を見開く。
「……香織?」
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香織も一瞬驚いた表情を見せるが、すぐに柔らかく笑う。
「まさか菫だったとはね」
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診察室の空気が少しだけ緩む。
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香織はカルテを確認しながら言う。
「久しぶり……って言いたいけど、正直いろいろ知ってるから驚き半分だよ」
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菫は少しだけ視線を落とす。
「……そうだね」
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香織は軽く息を吐く。
「シングルマザーになってたことも、不倫の件も……聞いてる」
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その言葉に、榮助の表情は動かない。
ただ、菫の隣に静かに立っている。
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香織はすぐに話題を切り替える。
「で、その隣の人が?」
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菫は少しだけ間を置いてから言う。
「夫です」
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一瞬、香織の動きが止まる。
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「……え?」
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菫は続ける。
「柿沼榮助さん。私の夫」
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香織は数秒見つめたあと、小さく笑う。
「……相変わらず菫は、急に人生進めるね」
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榮助は軽く頭を下げる。
「初めまして」
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香織も頷く。
「よろしく」
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診察が始まる。
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菫は横になり、服の上から検査の準備が進む。
榮助はその隣で静かに立っている。
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エコー検査の機器が当てられる。
冷たい感触に菫が少しだけ息を吸う。
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画面に映る白黒の世界。
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香織の表情が変わる。
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「……あれ?」
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菫は少し緊張する。
「どうしたの?」
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香織はもう一度確認するように角度を変える。
そして——静かに言った。
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「……三つ、いるね」
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一瞬、空気が止まる。
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菫の目が揺れる。
「……三つ?」
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榮助もわずかに目を見開く。
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香織は医師として落ち着いた声で続ける。
「小さいけど、はっきり3つの胎嚢が見える」
「多胎妊娠の可能性が高い」
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静寂。
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ただモニターの機械音だけが響く。
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菫はゆっくりと天井を見つめる。
「……三人」
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榮助はその言葉を繰り返すように呟く。
「三つの命……」
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香織はカルテを取りながら言う。
「まだ確定ではないけど、かなり可能性は高い」
「今後の経過観察は必須になる」
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菫は小さく笑う。
「……賑やかになるね」
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榮助はその横で、静かに頷く。
「はい」
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診察室の空気は重くもなく、軽くもなく、
ただ“現実の重み”だけが増していた。
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そしてその中心に、
三人の静かな鼓動が確かに存在していた。
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