第45話 「検診――静かに進む現実」
あれから二週間。
⸻
季節は変わらないのに、日常だけが少しずつ形を変えていた。
⸻
朝。
⸻
いつもより早く、菫がキッチンに立っていた。
だが動きは少し慎重だ。
⸻
榮助はその様子にすぐ気づく。
「……体調、ですか?」
⸻
菫は小さく首を振る。
「大丈夫。ただ、一度ちゃんと診てもらおうと思って」
⸻
その言葉は落ち着いていたが、
決意の色があった。
⸻
⸻
次の瞬間。
菫は榮助の方へ一歩近づく。
そして——
短く、しかし確かなキスをした。
⸻
「一緒に来てくれますか?」
⸻
榮助は一瞬だけ目を細めて、
静かに頷く。
「行きます」
⸻
⸻
桜はまだ眠そうに目をこすっていた。
「ママ、おでかけ?」
⸻
菫は優しく髪を撫でる。
「ちょっと病院だよ」
⸻
榮助もしゃがんで視線を合わせる。
「一緒に送っていくからね」
⸻
桜は安心したように笑う。
「うん!」
⸻
⸻
保育園へ向かう道。
⸻
朝の街はまだ静かで、車も少ない。
⸻
菫の運転で車は進んでいく。
⸻
その車内は、不思議なほど穏やかだった。
⸻
⸻
信号が赤になる。
⸻
一瞬の静止。
⸻
榮助は横にいる菫を見た。
そして、何も言わずに——
頬に軽くキスを落とす。
⸻
菫の肩がわずかに揺れる。
「ちょっ……今運転中ですって」
⸻
だが声は怒っていない。
むしろ、少しだけ笑っている。
⸻
⸻
信号が変わる。
⸻
車が再び動き出す。
⸻
今度は榮助が、少しだけ前かがみになる。
⸻
信号待ちの短い一瞬。
唇に軽く、しかし確かに触れるキス。
⸻
菫は顔を赤くする。
「もう……ほんとに……」
⸻
それでもハンドルはしっかり握ったままだった。
⸻
逃げない。
受け止めるように。
⸻
⸻
保育園に桜を送り届けたあと。
⸻
車はそのまま産婦人科へ向かう。
⸻
移動中、榮助はスマホを取り出す。
そして静かに通話をかける。
⸻
「木更津さん」
⸻
一拍。
⸻
『どうした』
⸻
「本日、菫さんの検診のため、午前休をいただきます」
⸻
瑛二の声はすぐに返る。
『分かった。問題ない』
『状況は理解している。気にするな』
⸻
⸻
次に課長・櫻井隆義。
『おう、行ってこい』
『こういうのはちゃんと行っとけ』
⸻
短いが、迷いのない返事だった。
⸻
⸻
同じ頃。
菫も会社に連絡を入れていた。
経理部・会計課の上司に、淡々と状況を伝える。
「本日、検診のためお休みをいただきます」
⸻
⸻
電話を切ったあと、
菫は小さく息を吐く。
「……行きましょうか」
⸻
榮助は頷く。
「はい」
⸻
⸻
産婦人科の建物が見えてくる。
⸻
車を降りる直前、
菫は少しだけ榮助を見る。
⸻
「……ここからですね」
⸻
榮助は静かに答える。
「はい」
⸻
⸻
日常の延長にあるはずの場所が、
少しだけ違う意味を持ち始めていた。
⸻
だが二人は、もう一歩も引かなかった。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます!
もしこの物語に少しでも「面白い!」と感じていただけたなら——
ブックマーク & 評価★5 をぜひお願いします!
その一つひとつが、次の章を書き進める力になります。
読者の皆さまの応援が、物語の未来を動かします。
「続きが気になる!」と思った方は、ぜひ、見逃さないようブックマークを!
皆さまの応援がある限り、次の物語はまだまだ紡がれていきます。




