第44話 「静かな確信――二人だけの時間」
夜。
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桜はいつもより早く眠りに落ちていた。
遊び疲れた体は、布団に入るとすぐに小さな寝息へと変わる。
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「……今日は早いですね」
菫が小さく言う。
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榮助は桜の寝顔を見ながら頷く。
「安心したのかもしれません」
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菫は少しだけ微笑む。
「最近、いろいろ感じ取ってるのかも」
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リビングの明かりが落とされると、
部屋は一気に静かになる。
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その静けさの中で、榮助が言った。
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「少し、いいですか」
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菫はすぐに気づく。
「お風呂ですか?」
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榮助は頷く。
「はい」
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菫は少しだけ間を置いてから、小さく答える。
「……いいですよ」
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浴室。
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湯気がゆっくりと立ち上る。
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二人の距離は、以前よりも自然だった。
気まずさはない。
だが、軽さでもない。
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湯船に浸かると、菫は小さく息を吐く。
「少し楽になりますね」
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榮助は隣で頷く。
「はい」
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しばらく沈黙。
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ただ、お湯の音だけが響く。
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榮助は視線を落とし、少しだけ躊躇したあと、
静かに手を伸ばした。
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菫のお腹へ。
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菫は驚かない。
むしろ、受け入れるように呼吸を整える。
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「……感じますか?」
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榮助は小さく頷く。
「まだ、はっきりは分かりません」
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「でも……ここにいるっていうのは分かります」
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その言葉に、菫は目を伏せる。
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「不思議ですね」
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「まだ小さいのに、もう“いる”んですね」
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榮助はゆっくりと動く。
そして一瞬だけ躊躇してから——
自分の耳をそっと菫のお腹に当てる。
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静寂。
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お湯の音も、呼吸も遠くなる。
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そこにあるのは、ただの“沈黙”ではない。
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榮助は小さく呟く。
「……聞こえませんね」
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菫は少しだけ笑う。
「まだですよ」
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「でも、これからですね」
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榮助はそのまま動かない。
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まるで、何かを待つように。
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菫はそっと髪をかき上げる。
「榮助さん」
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「はい」
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「怖くないんですか?」
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その問いに、榮助は少しだけ間を置く。
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そして答える。
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「怖いというより……現実だと思っています」
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菫は目を閉じる。
「……私もです」
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湯気の中で、
二人の距離はさらに静かに近づいていく。
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風呂を上がったあと。
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榮助は一度だけ菫の手を握る。
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強くではない。
逃げない程度に、そっと。
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菫もその手を振りほどかない。
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ただ、少しだけ握り返す。
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その夜、言葉はほとんどなかった。
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だが確かに、
“家族としての実感”だけが積み重なっていく時間だった。
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