第36話 「静かな変化――2週間後の朝」
朝。
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いつも通りの時間。
キッチンには朝食の音。
桜の声。
菫の足音。
そして——少しだけ違う空気。
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「ママ、大丈夫なの?」
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その一言が、榮助の動きを止めた。
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リビングの隣の部屋から、
桜の不安そうな声がする。
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「お兄ちゃん!」
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呼ばれて、榮助はすぐに隣の部屋へ向かう。
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菫はソファに座っていた。
少しだけ顔色が悪い。
普段よりも動きが鈍い。
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桜は隣で心配そうに見上げている。
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「どうしました?」
榮助が静かに聞く。
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菫は少しだけ首を振る。
「ちょっと……朝からだるくて」
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その言葉を聞いた瞬間、
榮助の頭の中で時間が繋がる。
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(2週間)
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(早ければ、この時期)
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体調変化。
眠気。
吐き気。
初期症状。
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榮助は一度だけ深く息を吸う。
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そして、落ち着いた声で言う。
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「菫さん」
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「はい」
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「もしきついなら、今日は休んでください」
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菫が顔を上げる。
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榮助は続ける。
「あと……」
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少しだけ間を置いてから。
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「妊娠検査薬で、一度確認してください」
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空気が止まる。
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桜はまだ意味を理解していない。
ただ心配そうに見ている。
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菫はすぐに否定しない。
代わりに、少しだけ目を伏せる。
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(……可能性)
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その言葉が、静かに現実になる。
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榮助は続ける。
「桜の送り迎えは、俺がやります」
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その一言で、
菫の表情が少しだけ変わる。
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安心と、戸惑いと。
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「……分かりました」
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小さく、しかし確かに頷く。
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その後すぐ、菫は会社へ電話をする。
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経理部会計課。
上司・北条恵子へ。
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「すみません、今日は体調不良でお休みを……」
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短い報告。
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電話はすぐに終わる。
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桜を保育園へ送り出したあと。
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榮助は玄関で一度立ち止まる。
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(動くべき時か)
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(まだ確定ではないが)
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それでも、放置はしない。
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会社。
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営業サポート課。
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榮助は自席につく前に、スマホを取り出す。
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そして——
グループLINEを開く。
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《柿沼家》
・柿沼健二郎(父)
・柿沼美枝子(母)
・柿沼智恵子(姉)
・柿沼榮助(本人)
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榮助は短く打つ。
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「少し相談があります」
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その一文を送信した瞬間、
まだ誰も知らない“新しい段階”が静かに動き始めた。
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