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第34話 「もう一日――続いていく休日」


夜は静かに更けていく。


桜は早い時間に完全に眠り、寝室からは小さな寝息だけが聞こえていた。


リビングには、菫と榮助だけが残っている。


テレビはついていない。


音のない部屋。


それでも気まずさはなかった。


むしろ、その静けさそのものが二人にとっては心地良いものになり始めていた。


菫がコップを片付けながら言う。


「……明日も休みなんですよね」


榮助は少しだけ頷いた。


「はい」


菫は軽く息を吐く。


「桜、喜びますね」


「そうですね」


短いやり取り。


それだけで会話が成立してしまう距離だった。


少しの沈黙のあと、榮助が静かに口を開く。


「明日も……どこか行きますか」


菫は少し驚いたように顔を上げる。


「またですか?」


榮助は真面目な表情のままだった。


「嫌ですか」


菫は少し考えてから、ふっと笑う。


「嫌じゃないです」


「でも……毎日は大変ですよ」


榮助は少しだけ視線を落とした。


「じゃあ、ゆっくりでいいです」


その言葉に、菫はわずかに目を細める。


(この人は、急がない)


(でも止まらない)


その不思議な距離感が、最近では心地良く感じられていた。


やがて時計の針は夜の深い時間を指す。


菫は寝室へ向かおうとして、ふと足を止めた。


「榮助さん」


「はい」


「明日、桜を少し公園に連れて行きましょうか」


榮助はすぐに頷く。


「いいですね」


それだけで予定が決まる。


仕事のような会議も、細かな調整も必要ない。


ただ家族として過ごす時間。


それだけだった。


菫は小さく笑う。


「じゃあ、おやすみなさい」


「おやすみなさい」


その夜は何も起こらない。


ただ、同じ屋根の下で、同じ明日を迎える準備だけが静かに進んでいった。


そして翌朝。


カーテンの隙間から柔らかな朝日が差し込む。


まだ完全に目を覚ましていない部屋の中に、元気な声が響いた。


「おはよー!」


桜だった。


勢いよく寝室から飛び出してきた桜は、そのままリビングへ向かう。


「ママ! おにいちゃん!」


その声に反応するように、菫もゆっくりと目を覚ます。


お腹に手を添えながら静かに起き上がる。


昨日と同じ朝。


それなのに、少しだけ違う朝だった。


今日は仕事がない。


急いで支度をする必要もない。


三人でゆっくり過ごせる休日。


その事実だけで、どこか空気が柔らかい。


しばらくしてインターホンが鳴る。


菫が玄関を開けると、そこにはすでに身支度を整えた榮助が立っていた。


「おはようございます」


「おはようございます」


いつもの挨拶。


だが、そのやり取りもすでに日常の一部になっていた。


桜は榮助を見るなり、満面の笑みを浮かべる。


「おにいちゃん! 今日は公園だよ!」


「はい」


「いっぱい遊ぶ!」


「分かりました」


榮助はそう言うと、自然に桜の頭を撫でた。


その様子を見ていた菫は、どこか穏やかな気持ちになる。


少し前まで想像もできなかった光景。


それなのに今では、この朝が当たり前になりつつあった。


キッチンでは、三人分の朝食の準備が始まる。


味噌汁の香り。


焼き魚の音。


桜の笑い声。


そして榮助と菫の静かな会話。


昨日と同じ朝。


でも確かに、昨日よりも少しだけ家族になった朝だった。



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