第30話 「夜の合流――重なるという選択」
夕方。
榮助はいつも通りの時間に会社を出た。
だが今日は、自分の部屋へ真っ直ぐ戻るつもりはなかった。
マンションの廊下。
菫の部屋の前に立ち、静かに待つ。
やがて鍵の開く音が聞こえた。
「あれ?」
ドアの先には菫と桜がいた。
ちょうど外へ出ようとしていたところだった。
「……おかえりなさい、じゃなくて」
菫が少し戸惑ったように言う。
榮助は静かに答えた。
「明日、会社は休みなので」
「今日の夜、伺います」
一瞬だけ空気が止まる。
菫は榮助を見つめたあと、小さく頷いた。
「……分かりました」
その夜。
桜が眠りについたあと、榮助は再び菫の部屋を訪れた。
部屋の中は静かだった。
窓の外には夜景が広がり、聞こえるのは時計の針の音だけ。
シャワーを終えたばかりの菫は、少しだけ濡れた髪をタオルで拭いていた。
榮助は何も言わず、ゆっくりと菫の前へ歩み寄る。
そして静かに唇を重ねた。
短いキス。
だが、その中にはたくさんの想いが込められていた。
菫も静かに目を閉じる。
「……本当に、変わりませんね」
小さくそう呟く。
榮助は迷いなく答えた。
「はい」
「私は、菫さんと家族になりたいと思っています」
「これから先も、ずっと」
菫はしばらく何も言わなかった。
ただ、榮助の言葉を静かに受け止めていた。
やがて小さく微笑む。
「……私も」
「もう、一人じゃないって思えるから」
その言葉を聞いた榮助は、そっと菫を抱き寄せる。
菫も抵抗することなく、その腕の中に身を預けた。
二人はそのままソファに並んで座り、遅くまで将来のことを話し続けた。
仕事のこと。
桜のこと。
これから生まれてくるかもしれない新しい家族のこと。
話は尽きなかった。
夜が深まる頃、二人は寝室へ向かう。
桜の穏やかな寝息が聞こえる中、二人は同じ部屋で静かに横になった。
「おやすみなさい」
「……おやすみなさい」
小さな声が重なる。
その夜、二人はゆっくりと心の距離を縮め、夫婦としての絆をさらに深めていった。
窓の外が少しずつ明るくなり始める頃、二人は穏やかな表情のまま眠りについた。
まだ曖昧だった家族の形は、確かに一歩だけ前へ進んでいた。
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