第28話 「踏み込む未来――言葉にした“家族の続き”」
夜。
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桜が寝静まり、
部屋の明かりはリビングの小さなランプだけになっていた。
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静かすぎるほどの空気。
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その中で、榮助は座っていた。
菫の隣。
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少しだけ長い沈黙のあと——
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榮助は口を開いた。
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「……菫さん」
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「はい」
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いつも通りの声。
でも、どこか構えている。
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榮助は一度だけ息を吐く。
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「実の子供を、菫さんと作りたいです」
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空気が止まる。
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菫の手が、わずかに動きを止める。
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「……」
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榮助は続ける。
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「桜ちゃんの弟か妹が欲しいです」
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真っ直ぐな言葉。
逃げも、濁しもない。
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菫はすぐに答えない。
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視線を落とし、
静かに考える。
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(この人は……)
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軽い気持ちじゃない。
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“未来の話”としてではなく、
“生活の延長線”として言っている。
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少しだけ時間が経つ。
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菫は小さく息を吐いた。
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「……急に言いますね、本当に」
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榮助は頷く。
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「すみません」
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「謝らなくていいです」
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菫は桜の部屋の方を見る。
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静かなドア。
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あの子がいる。
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その存在が、この家の“中心”になっている。
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「……嬉しくないわけじゃないです」
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菫がゆっくり言う。
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榮助の目が少しだけ動く。
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「でも」
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菫は続ける。
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「今すぐ、って話ではないです」
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その言葉は、朝と同じ。
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拒絶ではない。
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整理された“現実”。
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榮助は静かに頷く。
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「分かってます」
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「ちゃんと、順番は守ります」
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その言葉に、菫は少しだけ目を細める。
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(この人は……ほんとに)
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突っ走らない。
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でも、止まらない。
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しばらくして、榮助は続ける。
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「それでなんですが」
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菫が顔を上げる。
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「直属の上司には」
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「話しておいた方がいいと思ってます」
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「あと……家族にも」
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菫の目が少しだけ揺れる。
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「……会社で、ですか?」
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「はい」
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即答。
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榮助は続ける。
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「隠してる状態で、これ以上踏み込むと」
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「どこかで崩れる気がして」
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現実的な判断。
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でも、その裏には——
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“守りたい”がある。
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菫は少しだけ黙る。
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(会社に知られる)
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(家族に伝える)
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それは今よりも、
ずっと“現実”になるということ。
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「……大丈夫なんですか?」
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菫が聞く。
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榮助は少しだけ考えてから答える。
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「大丈夫にします」
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短い言葉。
でも重い決意。
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菫はふっと息を吐いた。
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そして、少しだけ笑う。
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「……ほんと、真っ直ぐですね」
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榮助は少しだけ視線を落とす。
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「そうですか」
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「そうです」
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静かな間。
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菫は小さく言う。
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「……分かりました」
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榮助が顔を上げる。
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「ただし」
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菫が続ける。
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「無理はしないでください」
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その一言。
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少しだけ優しい。
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榮助は頷く。
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「はい」
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その夜。
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いつものように寄り添う二人。
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でも今日は少し違う。
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“隠す関係”から、
“覚悟する関係”へ。
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まだ誰にも言っていない未来が、
少しだけ輪郭を持ちはじめていた。
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