第27話 「未来の話――まだ形のない家族」
朝。
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いつも通りのキッチン。
湯気の立つ味噌汁の匂い。
弁当箱に詰められていく御菜。
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・鶏の照り焼き
・卵焼き
・小松菜のおひたし
・ミニトマト
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その静かな時間の中で。
榮助は、少しだけ迷っていた。
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(……今、聞くべきか)
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でも、今しかない気もした。
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「菫さん」
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「はい?」
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振り返る菫。
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いつものように落ち着いた表情。
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榮助は少しだけ息を整える。
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「もし……」
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一拍。
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「もし、子供が欲しいって言ったら……どうしますか」
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空気が止まる。
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包丁の音も止まる。
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桜はまだ寝ぼけたまま座っている。
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「……え?」
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菫の声が少しだけ小さくなる。
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榮助は視線を逸らさない。
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逃げるつもりはなかった。
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菫はしばらく黙る。
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(子供……)
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その言葉を、ゆっくり飲み込むように考える。
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今ここには桜がいる。
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そして榮助がいる。
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もう「家族」と呼んでいい空間。
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でも——
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その先。
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「……急ですね」
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菫の声は落ち着いていた。
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榮助は小さく頷く。
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「すみません」
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「いや……いいです」
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少し間。
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菫は弁当箱の蓋を閉じる。
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カチ、と音が鳴る。
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「……正直に言うと」
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菫がゆっくり話し始める。
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「考えたことはあります」
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榮助の目が少し動く。
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「でも今は」
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菫は桜の方を見る。
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まだ眠そうにしている小さな存在。
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「この子がいるので」
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「“もう十分”って気持ちもあるんです」
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静かな言葉。
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でも嘘ではない。
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「ただ」
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菫は少しだけ視線を戻す。
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榮助へ。
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「もし、将来の話としてなら……」
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少しだけ間。
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「否定はしません」
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その言葉。
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重くもなく、軽くもない。
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“今すぐではない”
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でも“終わりでもない”
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その中間。
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榮助はゆっくり頷く。
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「……分かりました」
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桜がようやく顔を上げる。
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「なにのはなしー?」
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「なんでもない」
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菫がすぐに笑って返す。
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空気が戻る。
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いつもの朝。
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でも少しだけ違う。
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榮助は弁当を受け取る。
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「行ってきます」
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「行ってらっしゃい」
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軽いキス。
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でも今日は少しだけ長い。
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会社。
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いつも通りの風景。
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でも榮助の中では、まだ朝の会話が残っていた。
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(否定はしない)
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(でも今じゃない)
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その意味。
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昼。
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弁当を開ける。
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少しだけ、いつもより静かに食べる。
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藤崎が覗く。
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「今日、なんか考えてる顔してるな」
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「……別に」
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そう言いながらも、
箸は少しだけ止まる。
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夕方。
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帰り道。
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マンション。
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桜が飛びつく。
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「おにいちゃん!」
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「ただいま」
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菫がその様子を見る。
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少しだけ、いつもより優しい目。
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夜。
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食卓。
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桜は今日の話をしている。
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笑い声。
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いつも通り。
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でも菫は、ふと榮助を見る。
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(……あの話)
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榮助も気づく。
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一瞬だけ目が合う。
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でも何も言わない。
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夜。
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桜が寝た後。
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ベランダ。
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風が少し冷たい。
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「さっきの話」
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菫が先に言う。
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榮助は少しだけ頷く。
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「はい」
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「焦ってます?」
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「いえ」
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即答。
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菫は少しだけ安心したように息を吐く。
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「……そうですか」
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沈黙。
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夜の音。
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遠くの車。
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菫は小さく言う。
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「今のままでも」
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「悪くないです」
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榮助はその言葉を聞いて、
少しだけ目を細める。
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「……はい」
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短い返事。
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でも、それで十分だった。
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そのまま、軽く寄り添う。
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強くない距離。
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でも確かに近い。
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まだ未来は決まっていない。
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でも——
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今のこの時間は、壊れていない。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます!
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