第26話 「初めての約束――迎えに行く日」
朝。
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キッチンに立つ菫の動きは、いつもより少し早かった。
理由は分かっている。
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(……今日、迎え行くって言ってた)
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昨日の会話が、頭に残っている。
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・鶏の照り焼き
・だし巻き卵
・ほうれん草のおひたし
今日も“白米なし”の御菜弁当。
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桜も起きてくる。
「きょう、おにいちゃんくるの?」
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「……どうだろうね」
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否定はしない。
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「きてほしい!」
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無邪気な願い。
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菫は少しだけ笑う。
「来れたらね」
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インターホン。
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「はーい!」
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ドアが開く。
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「おはようございます」
「おはよう」
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弁当を渡す。
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「今日……」
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菫が少しだけ言いかける。
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「迎え、行けそうです」
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榮助が先に言った。
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「……ほんと?」
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「はい。定時で上がれれば」
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桜が跳ねる。
「やったー!」
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短いキス。
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「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
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龍雷本社。
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午前。
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榮助はいつも以上に集中していた。
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(今日、絶対終わらせる)
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資料整理、入力、確認。
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「柿沼、これもやっとけ」
木更津の指示。
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「はい」
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無駄のない動き。
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その様子を見て、
木更津が小さく言う。
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「……今日は早いな」
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「ちょっと用事が」
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「そうか」
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それ以上は聞かない。
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昼。
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弁当を開ける。
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(……今日もちゃんとしてる)
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一口。
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自然と箸が進む。
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「それ毎日?」
藤崎がまた覗く。
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「……まあ」
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「羨ましいなほんと」
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軽く流す。
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でも——
少しだけ、誇らしい。
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午後。
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作業を一つずつ片付けていく。
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「木更津さん、これ確認お願いします」
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「……いいな、通せ」
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「ありがとうございます」
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時計を見る。
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16:25
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(いける)
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16:30。
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「お先に失礼します」
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「おう」
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会社を出る。
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足取りが、少しだけ速い。
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保育園前。
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小さな門の前で立ち止まる。
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(……ここか)
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少しだけ緊張。
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先生に声をかける。
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「柊木桜ちゃんのお迎えで……」
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「はい、少々お待ちください」
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数秒後——
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「おにいちゃーん!!」
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全力で走ってくる。
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そのまま飛びつく。
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「来たぞ」
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抱き上げる。
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「ほんとにきた!」
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満面の笑み。
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先生も少し微笑む。
「今日はお兄さんなんですね」
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「はい」
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少しだけ照れる。
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帰り道。
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桜はずっと喋っている。
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「きょうね!おえかきしてね!」
「あとね!」
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「そうか」
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短く返す。
でもちゃんと聞いている。
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マンション前。
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ちょうど菫が帰ってきたところだった。
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「……え」
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一瞬、驚く。
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榮助の腕の中には桜。
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「ただいま」
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「おかえりなさい」
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自然な会話。
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桜が言う。
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「ママ!おにいちゃんきてくれた!」
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「……そう」
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その一言。
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でも——
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少しだけ、安心した表情。
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部屋に入る。
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桜はすぐに今日の話を始める。
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菫はその横で、静かに榮助を見る。
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「……ありがとうございました」
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小さな声。
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「いえ」
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「助かりました」
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榮助は少しだけ視線を逸らす。
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「……また、行ける日は」
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「行きます」
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その言葉。
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菫は軽く頷く。
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「……お願いします」
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その夜。
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三人で食卓。
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桜はずっと楽しそうだった。
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「おにいちゃん、あしたも?」
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「明日は無理だ」
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「えー」
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「また今度な」
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少しだけ寂しそうにして、
でもすぐに笑う。
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夜。
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桜が眠った後。
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二人きり。
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「……今日、どうでした?」
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「普通でした」
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「そうですか」
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短い会話。
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でも——
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「……嬉しかったです」
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菫が小さく言う。
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「え?」
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「桜が、すごく楽しそうで」
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その言葉に、
榮助は少しだけ黙る。
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「……それならよかったです」
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静かな空気。
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近づく距離。
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自然な流れで、
軽く触れる唇。
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“初めての約束”は、
ちゃんと守られた。
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そして——
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また一つ、家族らしい時間が増えていく。
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