第24話 「課長室――見抜かれているものと、守られる距離」
朝。
変わらない流れ。
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柊木菫はキッチンに立ち、手際よく弁当を作っていた。
・ささみの照り焼き(少し甘め)
・だし巻き卵
・きんぴらごぼう
・ブロッコリー
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「きょうも?」
桜が眠そうに聞く。
「うん、今日も」
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もう“特別”ではなくなっている。
それが、少しだけ自然だった。
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榮助もいつも通り家を出る。
隣へ寄り、弁当を受け取る。
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「行ってきます」
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軽く、しかし確実に唇が触れる。
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「行ってらっしゃい」
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桜の「がんばって!」を背に、
榮助は会社へ向かった。
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龍雷本社――営業サポート課。
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午前の業務。
榮助は資料整理と入力作業をこなしていた。
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「そこ、フォーマット揃えろ」
木更津の声。
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「はい」
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手を止めずに修正する。
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その様子を、少し離れた場所から見ている人物がいた。
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営業サポート課 課長——
櫻井 隆義45歳
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「……ふむ」
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静かに頷く。
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そのまま近づいていく。
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「柿沼」
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榮助が顔を上げる。
「はい」
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「よく頑張ってるな」
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短い一言。
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榮助は一瞬だけ戸惑う。
「……ありがとうございます」
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横で木更津も口を開く。
「新人の割にはよくやってます」
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「そうか」
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櫻井は少しだけ笑う。
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「柿沼、少しいいか」
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「はい」
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課長室。
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ドアが閉まる。
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二人きり。
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榮助は静かに立つ。
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「座れ」
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「失礼します」
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椅子に腰掛ける。
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櫻井はデスクの向こう側で腕を組む。
少しの沈黙。
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「……緊張してるか?」
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「少しだけ」
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「まあいい」
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そこで、櫻井はふと話題を変える。
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「お前の父親、柿沼健二郎だな」
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榮助の表情が少しだけ変わる。
「……はい」
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「5、6年前に同じ部署だった」
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「……そうなんですか」
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「ああ。世話になった」
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淡々とした言い方。
だが、軽くはない。
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「それと——」
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「姉の智恵子」
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一瞬の間。
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「仕事、見たことあるが……」
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「速いな、あいつは」
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はっきりとした評価。
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「他より明らかに一段上だ」
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榮助は何も言わない。
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「母親の美枝子とは直接仕事はしてないが」
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「後輩からよく聞く」
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「“かなり世話になってる”ってな」
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静かな空気。
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榮助は理解する。
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(全部、分かってる……)
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櫻井は続ける。
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「……親の七光り、って言い方もあるが」
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「それだけじゃない」
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「同じ会社に家族が多いと——」
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「逆に孤独になる時もある」
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その言葉。
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榮助は少しだけ目を伏せる。
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「……はい」
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「周りは見てる」
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「比較もされる」
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「勝手に期待もされる」
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一つ一つ、現実的な言葉。
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「だからな」
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櫻井は少しだけ姿勢を崩す。
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「分からないことがあったら」
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「家族でもいい」
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「……俺でもいい」
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榮助は顔を上げる。
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「会社では敬語でいい」
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「だが——」
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「こういう二人きりの時くらいは、気軽に話せ」
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少しだけ柔らかい声。
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「……分かりました」
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「無理すんな」
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短い言葉。
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「以上だ」
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面談は終わる。
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「失礼します」
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榮助は立ち上がり、頭を下げる。
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ドアを開ける。
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外に出る。
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営業サポート課のいつもの空気。
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(……なんだろうな)
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少しだけ、胸の中が軽い。
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席に戻る。
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木更津がちらっと見る。
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「何言われた」
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「……頑張れって」
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「それだけか」
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「はい」
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木更津は小さく頷く。
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「ならいい」
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午後の仕事が再開する。
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だが榮助の中には、
一つ残っていた。
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(孤独になる時もある、か……)
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その言葉。
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夕方。
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いつもの帰り道。
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マンション前。
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桜が走ってくる。
「おにいちゃん!」
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抱き上げる。
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菫がその様子を見る。
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「お疲れ様」
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「……ただいま」
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その瞬間。
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榮助は、はっきりと感じる。
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(……ここは、違う)
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会社とは違う。
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比較も、期待もない。
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ただ——
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「帰ってきた場所」
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その夜。
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三人で食卓を囲みながら、
榮助は少しだけ自然に笑っていた。
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