第20話 「はじめての弁当――朝の温度と、小さな変化」
朝。
まだ空気が少し冷たい時間帯。
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柊木菫は、いつもより早く目を覚ました。
時計は5:10。
(……ちょっと早すぎたかな)
そう思いながらも、もう一度眠る気にはならない。
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静かな部屋。
隣では桜がまだ小さく寝息を立てている。
その寝顔を少しだけ見つめてから、
菫はそっと布団を抜け出した。
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キッチンに立つ。
冷蔵庫を開ける。
(昨日、考えた通りに……)
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頭の中で、榮助の言葉をなぞる。
“白ご飯だと眠くなる”
“パンやラーメンにしてた”
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(じゃあ、おかずだけ)
(ちゃんと食べられて、重くないやつ)
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コンロに火をつける。
小さな音。
フライパンを温める。
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・だし巻き卵(少し甘め)
・鶏むね肉の塩焼き(軽めに)
・ほうれん草のおひたし
・ウインナー(桜用にも少し多め)
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“家庭の味”を意識しすぎないように。
でも、“適当”にはしない。
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一つ一つ丁寧に仕上げていく。
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(……なんか)
少しだけ不思議な感覚だった。
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今まで“自分と桜のため”に作っていた料理。
でも今日は違う。
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(誰かのために作る)
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それがこんなにも意識を変えるとは思わなかった。
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弁当箱を取り出す。
白ご飯のスペースは空けたまま、
おかずだけを綺麗に詰めていく。
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(こんな感じでいいかな……)
少し悩みながらも、蓋を閉じる。
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その時。
「……ママ?」
振り返ると、桜が眠そうな顔で立っていた。
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「起きちゃった?」
「うん……いいにおい」
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菫は少し笑う。
「今日はちょっと早いの」
「おにいちゃんのおべんとう?」
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図星だった。
「……そう」
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桜は嬉しそうに近づく。
「さくらもてつだう!」
「まだ眠いでしょ」
「だいじょうぶ!」
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結局、簡単な盛り付けだけ手伝わせる。
小さな手でウインナーを並べる桜。
少し曲がっているけど、それも含めて“完成”。
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「できた!」
「うん、できたね」
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その頃。
隣の部屋。
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榮助は目を覚ます。
時計は6:20。
(……少し早いな)
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着替えを済ませ、部屋を出る。
いつも通りの朝。
のはずだった。
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ドアを開けた瞬間——
ほんのりと漂う、料理の匂い。
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(……あ)
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自然と足が隣へ向く。
インターホンを押す。
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ピンポーン。
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「はーい!」
桜の声。
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ドアが開く。
「おにいちゃん!」
「おはよう」
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中に入ると、
キッチンに立つ菫の姿。
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「……おはようございます」
「おはよう」
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そのやり取りは、昨日までと同じ。
でも——
何かが違う。
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テーブルの上に置かれている弁当箱。
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「これ」
菫がそれを手に取る。
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「約束通り」
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榮助は少しだけ目を見開く。
「……本当に作ってくれたんですね」
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「当たり前でしょ」
少しだけ照れたように言う。
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弁当を受け取る。
ずっしりとした重み。
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(……あったかい)
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その温度が、妙に現実的だった。
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「白ご飯は入れてないから」
「午後眠くならないはず」
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「……ありがとうございます」
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榮助は自然に言う。
「今日、ちゃんと食べます」
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「ちゃんとって何」
「ちゃんと味わって食べます」
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少しの沈黙。
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桜が笑う。
「おにいちゃん、うれしそう!」
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「……うるさい」
少しだけ照れる榮助。
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菫はその様子を見て、
ほんの少しだけ笑った。
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朝食を軽く済ませる三人。
時間はいつも通り流れていく。
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「じゃあ、行ってきます」
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玄関。
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「行ってらっしゃい」
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そのまま——
自然に距離が縮まる。
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軽くではない。
しっかりとしたキス。
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「……いってきます」
「……うん」
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桜が手を振る。
「がんばって!」
「おう」
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扉が閉まる。
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静かになった部屋。
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菫は少しだけ息を吐く。
(……なんか)
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昨日とは違う朝。
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“作った弁当”
“見送った背中”
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その全部が、
少しだけ“家族”に近づいている気がした。
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一方。
電車の中。
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榮助は弁当を見ていた。
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(……すごいな)
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まだ開けていないのに、
もう分かる。
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(ちゃんと作ってくれてる)
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その事実だけで、
少しだけ気持ちが軽くなる。
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会社へ向かう足取りが、ほんの少しだけ変わっていた。
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