第14話 「始動する朝――“他人としての社会”と、“戻れない日常”」
朝はいつも通り、慌ただしく始まった。
柿沼榮助(18)が目を覚ますと、隣の部屋ではすでに物音がしていた。
柊木菫(29)が桜(5)の準備に追われている。
「靴下どこ?」「水筒持った?」
桜の声が混ざる。
「ママー、早くー!」
朝の光景は、昨日と何も変わらない。
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榮助は静かに立ち上がり、クローゼットを開ける。
そこには父・健二郎から渡されたスーツが掛かっている。
今日から“社会人”としての初日。
榮助はそれを無言で着る。
鏡の前に立つと、昨日までの自分とは違う人間のように見えた。
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玄関。
菫が桜の荷物を確認している横で、榮助が靴を履く。
「行ってきます」
その声に菫が顔を上げる。
「はい、気をつけて」
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次の瞬間。
榮助は菫の頬に軽く手を添え、そのままキスをした。
一瞬の沈黙。
だが菫はすぐに目を伏せて、静かに受け止める。
「……いってらっしゃい」
桜がぱっと笑う。
「おにいちゃん、がんばって!」
その無邪気な声が空気をほどく。
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榮助は軽く頷き、家を出た。
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同じ朝。
《株式会社・龍雷神》
ビル内はすでに“社会”の顔をしていた。
菫はいつも通り業務に入る。
データ整理、会議準備、社内調整。
淡々とした仕事の中に、感情は入り込まない。
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同時刻。
柊木燈子・玲子もそれぞれの部署で業務に追われていた。
・燈子:営業補助・資料管理
・玲子:人事サポート・新人対応
「今日も忙しいね」
「ほんと、それ」
そんな短い会話だけが交わされる。
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秘書課。
柿沼美枝子(榮助の母)は、数名の同僚と打ち合わせをしていた。
・田中健一(男性・秘書課)
・佐藤悠(男性・スケジュール管理)
・藤村麻衣(女性・調整担当)
・小林瑞希(女性・資料作成)
・西田真帆(女性・役員対応)
社長・副社長・常務・専務の予定表を確認しながら、淡々と業務を進める。
「午後、専務の会議ずれます」
「了解」
「取締役の確認は?」
「健二郎さんのは既に調整済みです」
それが日常だった。
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その日の午後。
社内に少しだけざわめきが起きる。
「誰だあの人……?」
現れたのは柿沼智恵子。
秘書課のフロアに一人で入ってくる。
圧倒的に速い仕事処理能力で、書類確認と調整を次々終わらせていく。
「え、もう終わったの?」
「速すぎない?」
周囲がざわつく中、智恵子は淡々としていた。
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そして、そのまま移動する。
向かった先は——菫の部署。
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「初めまして」
智恵子は軽く頭を下げる。
「柿沼智恵子と申します」
菫は少し驚きながら立ち上がる。
「柊木です」
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智恵子はにこりともせず、しかし柔らかい声で続ける。
「榮助の姉です」
「弟がいつもお世話になってます」
そこからしばらく、業務と家庭の境界が混ざった会話が続く。
・榮助の様子
・家庭の距離感
・会社での立場
・今後の注意事項
淡々と、だが核心的な話。
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そして智恵子は最後に言う。
「会社では“他人”として、お願いしますね」
菫は静かに頷く。
「はい」
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午後の仕事を終えると、智恵子はそのまま直帰した。
そのスピードに、社内はざわつく。
「え、もう帰ったの?」
「仕事終わるの早すぎ……」
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夜。
榮助の部屋。
菫は帰宅し、桜を寝かしつける。
そのあと静かに榮助へ言う。
「今日、お姉さん来ましたよ」
「……そうですか」
短い会話。
それだけで十分だった。
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夜の風呂。
二人はいつも通り並ぶ。
湯気の中、距離は近い。
菫が小さく息を吐く。
「少し、緊張しました」
榮助は短く答える。
「慣れてください」
その言葉に菫は少しだけ笑う。
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風呂上がり。
榮助は桜に声をかける。
「おやすみ」
「おにいちゃん、おやすみー」
桜の声は無邪気だった。
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その夜。
榮助は机に向かい、静かにノートを開く。
「本日の業務」
そう書き始める。
・入社初日
・社内空気
・上司構成
・家族との関係整理
一つずつ、記録していく。
それはまだ“学生の延長”ではない、自分なりの社会への適応だった。
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同じ頃。
菫は桜を寝かしつけたあと、テレビを少し見てから寝室へ向かう。
一人の部屋。
静かな夜。
(今日も終わった)
そう思いながら、ゆっくりと目を閉じる。
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同じ夜。
同じ建物。
別々の部屋。
だが確実に、同じ会社の上で繋がっている日常だけが続いていた。
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