表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
11/13

第10話 「卒業の余白――“働き始める前”と、“日常に残る家族”」


卒業式が終わった翌朝。


柿沼榮助(18)は、久しぶりにゆっくりと目を覚ました。


制服はもうない。


学校へ行く理由もない。


それなのに、生活のリズムだけはまだ学生のままだった。


(……変な感じだな)


窓の外は、いつもと同じ朝なのに、自分だけが少し浮いている。



リビングから音がする。


ガチャガチャと慌ただしい足音。


柊木菫(29)が、桜(5)の保育園準備に追われていた。


「桜、靴下は?」「お弁当はこれでいいかな……」


小さな声で独り言のように言いながら、手は止まらない。


その横で桜は、まだ眠そうに目をこすっている。


「ママ〜……まだねむい……」


「ダメよ、遅れるから」


朝の“戦場”のような空気。


それを榮助は、少し離れた場所から見ていた。



「……菫さん」


榮助が声をかける。


菫は振り向く余裕もないまま答える。


「はい?」


榮助は少しだけ間を置いてから言った。


「今日は、全部俺に任せてください」


その言葉に、菫の手が止まる。


「え?」


榮助は続ける。


「桜の準備も、送りも」


「仕事も、行ってください」


静かな声だった。


だが迷いはない。



菫は少しだけ困ったように笑う。


「でも……そんな急に」


「大丈夫です」


榮助は短く言う。


その一言に、なぜか説得力があった。



桜がぱっと顔を上げる。


「おにいちゃんといっしょなの!?」


榮助は頷く。


「そうだ」


桜は一気に目を輝かせる。


「やったー!」


その反応を見て、菫は少しだけ息を吐いた。


(……この人なら、大丈夫かもしれない)


そんな感覚があった。



数分後。


菫は玄関で立っていた。


仕事用の鞄を持ち、少しだけ榮助を見る。


「……お願いします」


その言葉には、少しだけ迷いが混ざっていた。


榮助は頷く。


「はい」



桜が小さく手を振る。


「ママ、いってらっしゃーい!」


菫は少しだけ笑って返す。


「いってきます」


扉が閉まる。


その瞬間、部屋の空気が少しだけ変わる。



静かになったリビング。


桜はすぐに榮助の袖を掴む。


「ねえ、おにいちゃん、なにする?」


榮助は少し考える。


「朝ごはん」


「やった!」



簡単な朝食。


トーストと牛乳。


桜はパンを頬張りながら笑う。


「おにいちゃんのごはん、おいしい!」


「普通だろ」


「ちがうもん!」


そのやり取りは、少しだけ朝を柔らかくする。



食後。


桜はリビングで遊び始める。


榮助はその横で、少しだけ片付けをしている。


ふと、桜が言う。


「ねえ、おにいちゃん」


「ん?」


「ママね、いつもがんばってるよね」


その言葉に、榮助の手が止まる。


桜は続ける。


「だからね、ママおやすみできるの、うれしい」


小さな声だった。


だが、真っ直ぐだった。



榮助は少しだけ黙る。


そして短く言う。


「……そうだな」


その一言だけで、十分だった。



昼。


榮助は桜と一緒に近所の公園へ行く。


ブランコに乗る桜。


その横に立つ榮助。


「おにいちゃんも乗る?」


「いや、いい」


「えー!」


風が少しだけ強い。


でも、その時間は不思議と穏やかだった。



夕方。


帰宅すると、部屋は静かだった。


菫はいない。


桜は少しだけ眠そうにソファに座る。


「ママまだかな……」


榮助はスマホを見ずに答える。


「もう少しだろ」


その声は、少しだけ優しかった。



夜。


菫が帰ってくる。


玄関のドアが開くと、桜が飛びつく。


「ママー!」


菫は少し驚いた顔をして、それから笑う。


「ただいま」


その視線が榮助に向く。



「……どうでしたか」


榮助は短く答える。


「問題ないです」


その言葉に、菫は少しだけ安心したように息を吐く。


「そうですか……」



リビングには、少しだけ“家庭の匂い”が残っている。


菫はそれを感じながら、小さく言う。


「なんだか……不思議ですね」


榮助は少しだけ振り向く。


「何がですか」


菫は微笑む。


「あなたがいると、少し安心します」


その言葉に、榮助は一瞬だけ言葉を失う。



桜が眠ったあと。


静かなリビング。


菫はぽつりと言う。


「今日……助かりました」


榮助は軽く首を振る。


「別に」


菫は少しだけ笑う。


「それ、あなたの口癖ですね」


そのやり取りに、ほんの少しだけ空気が緩む。



夜は更けていく。


隣の部屋と同じ空間のように近くて、でも別々の時間。


その境界は、少しずつ曖昧になっていく。


そして誰もまだ、その“先”を言葉にできないまま──日常だけが静かに続いていた。



最後まで読んでくださり、ありがとうございます!

もしこの物語に少しでも「面白い!」と感じていただけたなら——


ブックマーク & 評価★5 をぜひお願いします!


その一つひとつが、次の章を書き進める力になります。

読者の皆さまの応援が、物語の未来を動かします。


「続きが気になる!」と思った方は、ぜひ、見逃さないようブックマークを!

皆さまの応援がある限り、次の物語はまだまだ紡がれていきます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ