ローザの後悔 後編
書籍1〜5巻が発売中です!
書籍最終巻の第6巻は9月25日にコミックシーモア様から先行配信、10月15日に配信開始予定となっております。
バラの秘密
バラの下では秘密が眠る。誰もそれを暴いてはいけない。綺麗な花には棘がある。綺麗な薔薇にも罪はある。
帝国の皇城では、それはそれは華やかな夜会が開かれていた。
中央にはデビューでも婚約式でも、まして結婚式でも無い一人の女性が純白のドレス姿で多くの人々と挨拶を交わしている。
少女と呼ぶには大人で、大人の女性と呼ぶにはまだあどけない。
彼女は次代様。今宵は結界の乙女として旅立つ彼女の為の神送の宴の場である。
二階のバルコニーから貴婦人が一人、複雑な面持ちでそれを見ていた。
彼女の名はローザルバ・フォン・サブロザ夫人。先帝陛下のご愛妾様である。
彼女は自分が今まで見送ってきた少女達を思い出す。あんなに晴れ晴れとした笑顔で神送の宴を迎える者は昔はいなかった。時代が変わったのだとしみじみと感じいる。最後に涙で神送を迎えたのは今はもう大聖女と呼ばれるエメンタールのご当代様だった。
サブロザ夫人は自身の生い立ちと志から多くの乙女を見送って来た。
そして自身もいずれそちら側に立つと思っていた過去を思い出す。
私は貴族達には変わり者と見られているみたい。
普通は親しくも無い、派閥違いの夜会になんて行かない。だけど私はそれが神送だと聞けばどんな手を使ってでも次代様をお見送りするために参じた。
そして次代様に幼い身内がいれば、ご次代様がどれほど尊き御役目に就かれるのかを説き、ご挨拶の機会を設ける事を提唱して回った。
それ故なのか、変わり者の私は死神、不幸の見送り人と陰口を叩かれ、婚約の話もあがらない程に嫌われていた。
十七歳の冬、この年も結界の乙女の代替わりの為に宴がひっそりと行われていた。場所は帝都から馬車で2日程の男爵領。
私は大好きだったフローラお姉様を思い出す。
今宵の宴の主役も勅命で決まったときいた。
親しくはないけれど、学園で何度か授業でお話しした事もある先輩の女性だった。
先程例を尽くしてご挨拶をしたけれど、彼女には泣かれてしまった。
「貴女は本当に死神のようね」
そう言われて心が痛んだ。でも私は次の乙女の交代が発表されれば志願するつもりでいた。
だから心の中で、貴女の後は私ですからご安心下さいと呟きを漏らしていた。
それでも痛む心に身体は正直に涙を流させる。
誰にも見られたくはない。
私はそっとバルコニーで涙を拭う。
そんな私にふわりと上着を掛けてくる人がいた。
「お嬢さん、そんな薄着で外に居ては風邪をひきますよ?」
顔の目元半分を覆うマスク姿の男性は一目で高位貴族の方だと判る。
今宵の見送りのために足を運んだこの家の寄親の家の人かも知れない。
私は慌てて礼を返そうとするけれど片手でそれを制された。どこの家の者か、何をしているのかと尋ねられ、私は素直に答えると隠された目元が大きく見開かれた。
「其方が白の送り人、ローザであったのか。話には聞いていた。何故罵倒されながらも貴女は神送の宴に参加するのだ?」
私は躊躇う事なく答える。
「私と同じ後悔をしてほしく無いからです」
そして彼に自分の経験を話した。
彼は私の話を最後まで聞いてくれた。彼は相槌も上手く、その一時は存外楽しくて私は時間を忘れて語っていた。その上で「辛い思いをさせた」と彼は何故か苦しそうに言った。私が寒さから小さく、くしゃみをしたタイミングで二人で顔を見合わせて笑いあい、屋敷の建屋に戻る事にした。
屋敷の中は外の冷たさが幻に思えるほど暖かかった。
私は掛けられた上着をそっと返す。彼はそれを受け取ると名残惜しそうな顔をする。そして別れ際に彼は言った。
「これからも、乙女達を見送りたいと願うか?」
私は首を振った。
「次は私の番だと思っております。もう少しで私も立候補出来る年ですから」
また大きく彼の瞳は見開かれた。「そうか…」小さくそう溢して彼は去っていった。
お名前を聞くのを忘れてしまった…いえ、聞けなかった。今世への未練など神域へ持ち込むものではない…。楽しかったひと時にそっと私は蓋をした。またの再会など望んではいけない。
数日後、帝都に戻った私の元に一通の手紙が届いた。差出人は皇太后殿下。そんなはずはないと何度も封を確認した。
それでも手の内にある手紙に押された竜と百合の意匠に間違いなどは無い。
私の家はしがない騎士家で、御前試合で父の腕が認められて帝都騎士団へと召し上げられた程度の下級貴族家だ。そんな家にこんな恐れ多い物が届くなど信じられなかった。
震える手で恐る恐る封を開ければ、皇太后様が開く春の園遊会への招待状だった。
春、戸惑いながらも私は園遊会へと向かった。城の庭を開放して行われる大規模なパーティーで、私は招待されているはずなのに場違いな気がして挨拶が終われば早々に帰る気で居た。
暫くの後に皇太后陛下にご挨拶を申し上げたけれど、この殿上人は私には声をかけられなかった。
私を招待した方は私に興味などない、意味などなかったのだ。多分何かで私の話を聞いてその時に興味を持たれただけで、もう忘れ去っているのかも知れない。これで義理は果たしたのでもう帰ろう。
そう思って私は踵を返す。だと言うのに会の半ば退席の為に足を出入り口に向けた所で城の侍女に声をかけられた。
「さる方からお声が掛かりました。お付き合い願います」
私は戸惑いのままに侍女の背を追う。
足を踏み込んだのは離宮の奥にある部屋で、普段の夜会でも入れないような場所だった。
周りに人は居らず、外とは違って静まり返っている。
おそるおそる案内された部屋へと足を踏み入れる。
調度品は金系や銀糸が織り込まれているのかキラキラとしている。でも色合いは落ち着いており、高貴な人がくつろぐ部屋といった様相だった。
その中の応接テーブルには、既に見目麗しい貴公子が座っていた。
覚えのない顔に怪訝そうに私がすれば、彼は胸元から見覚えのあるマスクを出して見せた。
あっ、あの時の…
私がそう思うと、その表情を見て彼は満足そうに微笑む。
「今日は母が君を呼び出したようですまないね。
私は君とまた話がしたかったし、謝りたかったんだ」
私は訳が分からず言葉を反芻する。そして勢いよく首を垂れる。
私が呼ばれたのは皇太后様から。その方を母と呼べるのはこの帝国ではただ2人。現皇帝陛下と降嫁された元皇女殿下だけ。つまり目の前の美丈夫は皇帝陛下その人だと思い至った次第である。
「そんな畏まらないでくれ。冬の時のように君らしくいてくれ。私は二つ君に謝らなければならない事がある」
畏まるなと言われた私は少し困った。それに尊き御仁から謝られる事なんてなんなのだろう?そもそも頭を軽々しく下げて良い人ではないでしょうに…。私は意を決して答える。
「はい、何でございましょうか」
その答えに少し陛下は不満を浮かべた苦笑を漏らした。
「一つは君の姉上の件だ。その勅命を下したのは即位して間もなかった私だ。君は私を恨む権利がある」
私は一瞬息が詰まる。心臓の音が振動として感じられるくらいドクリと大きく鳴った。
現陛下は御歳三十を迎えられたはず…先帝陛下の崩御が早く、陛下は成人と共に戴冠されたので、計算はぴたりとハマる。
「あれが余にとって初めての勅命であったのだ。その後何度捺してもあの勅命の判だけは慣れる事ができぬ…」
そこには色濃い後悔と苦悩が見える。見ている方が憐れになるような居た堪れなさを感じた。
「その上で請う。どうか私の側妃へとなってはくれないか?それは君の願いが生涯叶わなくなる事を示す。諦めて私の元へと来てはくれまいか?」
いきなり何を言い出すのか…。
先程までとは違った感情で、今度は血が沸く様な感覚を覚えた。
「お断り申し上げます」
震える声で私は答えました。不敬なのは承知でも、何故私なのかも分からない。あの時の会話は私も楽しかった。また会えたらと一瞬は思ってしまった…。でもそれだけ。それに、彼が姉の仇だとも分かってしまった。断れば家にも類が及ぶのは分かっていた。でも、口を突いて出たのは拒絶だった。
「では仕方ない…」そう言って陛下は私の手を取った。
手を払いのける事すらも不敬になる。私はそれを払う事は出来なかった。
そして私はその日花を散らされた。
結界の乙女に志願することの出来ない身体へと堕とされた。
私は泣いて喚いて怒った。「貴方の側妃になんてならない!私の乙女を返せ」と罵った。
彼はそれを不問にしてくれた。そして側妃は嫌だ、城暮らしなどしないと言った私を側妃ではなくご愛妾として皇城の外で暮らす自由をくれた。
皇后陛下との御約束の事もあり、私達は子を設けなかったけれど私は穏やかで幸せな時を過ごせた。
私はその地位のおかげで陰口もなく乙女達を堂々と見送り続ける事が許された。
賛同者も増えたし、理解もされた。
陰で罵られて居たのは知っている。でももう私は乙女になる事が出来ない。だからこそ自分で出来る事をと、自分勝手だと謗られようと彼女達へ寄り添う道を選んだ。
後に知る。我が君は人の命を差し出させる事に疲れていらっしゃった。それはとても重い物で、彼はそれを誰かと共にしたかった。その重さを知る誰かと…。
皇后陛下は必要な犠牲と割り切られるお方だった。
第一側妃様は高位貴族らしく下級の貴族に任せれば良いといった。
第二側妃様はそれが殿上人の在り方だと説いた。
それを後悔として語ったのは私だけだったのでしょう。彼はこんなにも歳の離れた子供に甘えたい程に疲れ切っていたのです。彼は皇帝などになるのには少しばかり優しすぎた。故に女性に逃げたのもあるのかも知れません。彼が手をつけられるのはいつも慈愛を含んだふくよかな母性溢れる方々ばかり。そこには癒しを求める彼の姿があったのでしょう。
その後何度となく候補者のいない状況下で次代へと勅命を下さなければならなかった。慈悲などないと思っていた勅命の裏でこんなにも苦悩する人がいた事を私は知りました。
それに彼が選ぶ乙女達は皆家に問題を抱え困窮する家の者達ばかりでした。私の愛する姉、フローラの時もそうでした。あのまま姉が乙女にならなければ家は傾いていたか没落すらありえるほどの負債でした。
彼は国ができる限りに乙女達の願いを聞き入れていました。
判を捺した日は決まって私の屋敷を彼は訪れました。人を数や書類の上でしか見るような方ではなかった。そこにある人生を摘み取る事に苦悩する善良で愚かな私の愛する人がそこにはいた。
故に私は我が君に寄り添い続けたのです。優しくその肩を抱き、涙を共に流し、その重荷を僅かでも軽くして差し上げる為に。
我が君の最期の時、我が君は私に最後の銀盃の時をお預け下さいました。
我が君の身体は病でもうどうする事も出来ない程でした。皇后陛下も側妃方も陛下の意思を尊重される事を選び、秘密裏にその日はやってきました。
「ローザ、これで君も敵討ちができるね」
我が君はそう力なく微笑まれました。
罪な人…、私がどれほど貴方をお慕いしているかも分かっているくせに…。
「はい、ご温情感謝申し上げます。我が愛しの背の君」
私が差し出した薬の杯を煽ると陛下は眠るように旅立たれました。
苦しき決断の今世を離れ、良き光の先でどうぞ安らかなる時をお過ごし下さい。私は今しばらく今世で、乙女達を見守りたく存じます。
そう唱えたのは遥か昔…。
今の乙女達の門出、死の眠りではなく栄光の眠りへと変わった事は喜ばしい。
でも忘れてほしくはない。
それを決断した者達の無念も苦しみもそれを見送った人々の苦悩も…知って欲しい…でも語れない。敵討ちまでさせてもらえた私からは語れない。
それにこれは祝いの場なのだ。呪いの場ではない。私は今一度自分の過去に蓋をする。
大切な方を殺したその罪の記憶に。
会場では今宵の主役の右手へとキスを落とす男性の姿があった。
乙女もその頬を上気させ何とも微笑ましく幸せそうだった。
そこにかの大聖女を重ね見る。
そろそろ頃合いだわ。
さぁ行きましょう。白の送り人サブロザ夫人として本日の主役へとご挨拶に。
すっかり夏から秋になりました!
ご無沙汰しております。佐藤真白です。
本日書籍の第5巻が発売日を迎えました!
個人的な記念日に発売日が重なるのは実は2度目なのですがとても嬉しいです!
実は本作、年間のヒューマンドラマ部門で1位になりました‼︎これも全ては応援頂きました読者の皆様のおかげで御座います。誠に有難う御座います。
新しく書いている片翼の翼の方もお陰様でランクインも出来ました!コミカライズの監修やら本業やらでゆっくりな執筆ではありますが皆様のおかげで楽しんで書けております。重ねて御礼申し上げます。
今回も前回に引き続きサブロザ夫人のお話しとなります。
こちらも書籍から削った話ですがお楽しみ頂けたのでしたら幸いです。
最終巻の表紙はスピカとアーサーの幸せな再会を切り取って頂きました。
映え的な観点からアーサーは補正入ってますけど中身的にはこんな感じなので問題ないなって感じです。
本当にヤナギヨミ先生の絵は物語に寄り添ってくださっていたなぁと感慨深いです。
次回は最終巻に沿った番外編を載せようかと思っております。
インフルエンザが予想外の流行を見せておりますので皆様どうぞご自愛ください。




