ローザの後悔 前編
書籍1〜4巻が発売中です!
書籍第5巻が予約開始となっております。
バラの下では沈黙を…。秘密の密会、誰も秘密を口にしてはならない。白いバラは棘ある過去の秘密を秘める。
ローザルバは騎士爵家の生まれだった。父はマルタ男爵家の四男で、母は領地経営が上手くいかず没落した侯爵家に連なる人だった。
現在の身分は騎士爵夫人のローザの母だが、元の血筋からか、美しい人だった。そんな母に似たローザも身内の中では少しふっくら気味だけれど、飛び抜けて可愛らしいと評判の娘だった。
幼い頃には祖父で本家の当主であるマルタ男爵の領地で暮らしていた。
父は1代限りの爵位だったので暮らしは平民のそれとさして違いはない。
唯一平民と違うのは教育として週に三度ほど、領主邸を訪れる事くらいだったかも知れない。
ローザはその日が来るのをことの他楽しみにしていた。
いつもより良い服が着れるし、領主邸では美味しいご飯やお菓子が食べられる。何より大好きなお兄様やお姉様に会えて遊んでもらえるからだ。
お兄様、お姉様と言ってもそれは本当の兄妹ではなく、いとこやはとこに当たる者たちではあったが、ローザは皆を兄姉と呼び慕っていた。
一族の中でも幼く懐っこく、素直で愛らしいローザは皆の妹分だった。
そんな中でもローザが最も慕っていたのはマルタ男爵の次男の娘で、ローザよりも十二程年上のフローラだった。
フローラは決して世間一般の貴族美人と言われるような人ではなかった。灰茶の大人しい髪色に少し丸みのある、ふくよかな体に小さくも円な青い瞳の優しい雰囲気の人だった。いや、実際にとても優しい人だった。
幼いローザに合わせて、庭では貴族女性なのに直接芝に座り女神様への花冠を一緒になって編んでくれる。菓子もローザにこっそりと多くくれる。でも悪い事をすれば母よりも怖い形相でしっかりと叱られた。それも子供にも理解出来るようにと内容は優しく。分からなければ膝を詰めて理解するまで諭してくれた。そしてちゃんと謝れば名前の通り花のような香の彼女に優しく抱きしめてもらえた。
ローザはそんなフローラが大好きで、勉強の合間を見ては遊んでもらえる事を楽しみにしていたのである。
それに最近は年上のいとこたちは皆嫁いだり、仕事を始めたりと何かにつけて自分を構ってくれなくなってきた。
そんな寂しさの中でもローザの遊びに付き合ってくれるフローラの存在は貴重だった。
お姉様が会ってくださらない…。
前の勉強会の後で遊びに行ったら、フローラお姉様と伯母様が泣いていたわ…。
でもこれでお会い出来ないのは3日目になるわ…。
私は少し寂しくなって庭先の小石を蹴って気を紛らわしていた。
ここ数日は父様がお祖父様の所に毎日通っているので、私も毎日領地邸に付いてきている。
お祖父様の家はいつもよりも人の出入りが多くて少し怖かった。それに忙しそうで誰も私を構ってくれない。おやつとお茶は用意されていてもそれを1人で食べるのはなんだか美味しくない。
いつもならフローラお姉様がご一緒してくれるのに、お姉様はお部屋に篭って出て来ないんだってメイドに教えられたわ。
「ご病気なの?」って聞いたらとても困った顔をされて、それ以上何も聞けなくなってしまった。
私はお姉様のお部屋の前に何度か行ったけれど、部屋の前には何時もは居ない騎士様が居て、何だかお姉様を見張っているみたいだった。中に入れてっておねだりしてみても、首を振られてしまって入れなかった。
どうしようかなって思ってお庭に出たらデイジーが綺麗に咲いてた。
このお花はなんだかフローラお姉様みたいだなって思うの。
どこの野々原でも庭先でも派手じゃないけど優しく咲いてるそんな花。
私はデイジーを何本か摘んでお姉様へと届けようって思ったけど、さっき騎士様に追い返されたのを思い出して途方に暮れた。
どうしよう…。
お姉様の部屋は2階だから窓辺にそっと届ける事も出来ないわ。
それで考え込んでいたら庭師のお兄さんに声を掛けてもらったの。お兄さんはお姉様を見る目がとても優しいから、私も大好きなお兄さんなの。
「ローザルバ様、そのお花をどうされるのですか?」
「あのね、フローラお姉様にプレゼントしようと思ったの!でもね、さっきお部屋に入れなかったからどうしたらわたせるのかなって考えてたの…」
お兄さんは泣きそうな顔で笑ってくれる。
「でしたら私も庭の花を摘んで一緒に花束にいたしましょう。それを後でメイドに届けてもらうのは如何ですか?フローラお嬢様は今とても大きな御役目をいただいて悩まれているのです…。
ローザルバ様からのお花を見たらきっと勇気づけられます」
お姉様は悩んでおいでだったのね!それにしても、お兄さんの提案は、とても素敵だと私は思いました。
「うん!そうするわ!お姉様、すぐにまた私と遊んでくださるくらい元気になるかしら?」
お兄さんはまた少しだけ苦しそうで泣きそうな顔の後に「そうですね」と静かに笑ってお花を摘んでくれました。
次の日、メイドさんからは「フローラ様は大変喜んでおいででしたよ。お花を見て微笑まれていました」と話を聞けたの。
お姉様が喜んでくれて、私は嬉しいわ!まだお会い出来ないのがちょっぴり残念だけれど…。
今は急に決まった夜会の準備でお祖父様のお屋敷は忙しそう…。結局お姉様もお忙しいからって言われてお家に帰されてしまったわ。
それにしても、お祖父様のお家で夜会だなんてとっても珍しい事だわ。少なくとも去年は夜会どころか昼の茶会だって数える程しか開いていないもの。それにしても、私だってもう少し大きくなったら参加できるのに…!膨らむほっぺと不満はどうしようもないわ。
せめて昼会のガーデンパーティーだったらこっそり忍び込んでお菓子でも貰えたのに!
なんでも少し上の偉い貴族様がいらっしゃるから、そちらの格に合わせるんですって。大人って変なの…。
パーティーならみんなで楽しめばいいのに!別に私が行けないからって拗ねてるわけじゃないもん。会場には入れないけど、私みたいにパーティーに参加出来ない子供達の為にその日は子供部屋が開けられるって聞いてるから、いいもん。
大人は大人、子供は子供でその日は楽しめばいいんだわ。
そんなふうにいじけ半分、楽しみ半分で3日後の夜会当日を迎えたわ。クローゼットの1番奥に大事に掛けられた、お母様の幼い頃の特別なドレスを着せてもらった。
薄いピンクのフリルの重ねで、所々リボンが付いた可愛らしいドレスに私は嬉しくなってはぴょんぴょん跳ねてお母様に叱られたわ。
その後は普段、やっぱりクローゼットの奥に仕舞い込んでいる一番良い服と華やかなドレスにお父様とお母様は身を包んでいた。
普段は平民と変わらない両親はやはり貴族なんだなって不思議に思う。それでも本当に皇帝陛下の開く晩餐会では型遅れ、田舎者と呼ばれそうなほどの装いだと聞いてびっくりだわ。
今日私が着ているドレスも帝都の貴族のお嬢様なら普段着にされていてもおかしくないだなんて…なんの理不尽かしら!
そんな驚きは横において、私は午後のお茶の時間過ぎにお祖父様のお屋敷に到着しました。その足でなぜかフローラお姉様のお部屋へと案内されます。
「母様、なんでお姉様のお部屋にいくの?遊んでもらえる?」
私の問いかけにお母様は下唇をなぜか噛まれます。
「フローラ様とは今日は遊べませんよ。お姉様は今日の主役ですからね。ローザは今日は夜会に出れないから特別にご挨拶が許されたんですよ。きちんとご挨拶しましょうね」
私はお母様の言葉に、お姉様と久しぶりに会えるのだと嬉しくなってスキップ混じりで部屋へと向かいました。
お部屋に入るとちょっと前にお会いした時よりも、やつれたお姉様が真白なドレス姿でお部屋にいらっしゃったわ。
「お姉様、とってもお綺麗ね!花嫁様みたい!」
その姿は絵本の中で見る結婚式の新婦様みたいに綺麗で、私はすごい素敵だわって手を叩いてお姉様を褒めたの。
私だって今日は可愛いドレスでちゃんとした淑女みたいだけど、お姉様は、それ以上にお綺麗だったんだもん。
「ありがとう、ローザ。今日は夜会前にご挨拶に来てくれて嬉しいわ」
お姉様はいつもの通りに優しく笑ってくれたわ。
だから私は少し悪い子になる。だってやっぱり、私は大好きなお姉様と遊びたいんだもの。
「うん、ローザはまだ小さいから夜のパーティーは出られないもん。みんなずるいなぁ…明日は姉様と遊べるの?」
お姉様は少しばかり困ったお顔になってしまったわ…。私何か悪い事を言ってしまったかしら…。
そう思って俯くと、お姉様の優しいのだけれどちょっぴり苦しそうな声が降ってきた。
「明日から姉様は少し遠くに行く事になったの。だから暫くはローザと遊ぶ事は出来ないわ。ごめんなさいね」
「姉様、お嫁に行っちゃうの?」
こんな田舎でお姉様くらいの女性が遠くに行くのは婚礼くらいだわ。お姉様には婚約者がいらっしゃったはずだし、もしかしたら急にご結婚の話が進んだのかしら!庭師のお兄さんも御役目がとかって言っていたもん。それならこの真白なドレスも納得だわ!それならちゃんとお祝いの言葉もプレゼントも考えたのに、なんでみんな教えてくれなかったのかしら!
私はお姉様がお嫁に行くのだと信じて、キラキラとする思いのままにお姉様を見ました。
でも、その勘違いはお姉様が教えてくれます。
「いいえ、皇室からお仕事をいただいたのよ。お嫁に行くわけではないわ」
お姉様の言葉に私はなんだかホッとしました。私はやっぱりお姉様が大好きだから、ずっと遠くにお姉様がお嫁に行くのは寂しいって思ってもいたから…。ここ数日お姉様が伏せっていたのも、きっと偉い人達とお仕事をする不安からなのだと思ったの。
でもお仕事ならきっとすぐに終わらせて帰ってくるわ。
「じゃあ、お姉様がお仕事から帰られたらまたローザと遊んでくださいな!私、楽しみにしていますわね!だからお仕事なんて早く終わらせて帰ってきてね、お姉様」
私はそう言って、頑張ってねとの思いを込めてお姉様に抱きつきました。お姉様は花のような香で私を抱き返してくれました。
「えぇ、頑張ってくるわ。そしたら頑張ったね、偉いねって誉めて頂戴な」
ちょっぴり震えたお姉様の声に私はびっくりしてしまったけれど、偉い人達とお仕事するのはやっぱりお姉様でも怖いのね。
私は「うん」と約束をして、夜会に行く両親とお姉様を見送りました。
お姉様はお名前の通り花のように微笑まれると「行ってきます」と言って部屋からでていったわ。
それはなんとも儚くて、なんだか胸がギュッとなるような微笑みでした。
これが生きているフローラお姉様との最後の交流になるなど知る由もなかった。知らされてすらいなかった。知らされていたら私はどうしたのでしょう…。
4年後、私が10歳になる春、お祖父様の屋敷には立派な装飾の柩が運び込まれました。
小さな窓から見えるのは4年前に別れた姿のままのフローラお姉様。
あの日からいつ帰ってくるのか、どこへ行ったのか訪ね続けた大好きなお姉様は、蝋のように白く穏やかな顔でそこに眠っているようでした。
お姉様は結界の乙女としての御役目から退かれて帰っていらっしゃった。
旅立ちの前から何一つ変わらない、変わり果てたお姿で。
お姉様が願われたのは傾いた領地への援助だったそうです。
お姉様がお務めに出てからの私達の暮らしぶりは、よく考えればとても良いものに変わっていたことに複雑な思いです。私は知らず知らずにお姉様の優しさに守られ、それが当たり前だなんて思ってしまっていた自分が恥ずかしい…。
「お帰りなさい、フローラお姉様、よく頑張られましたね。とてもお姉様は偉いです。私の誇りで憧れで…本当にありがとう御座いました。お疲れ様でございました。お姉様の御霊に感謝を。そしておやすみなさいませ」
静かに私はお姉様の眠る柩に感謝と滲む幕越しにデイジーの花束を手向けました。
4年前には分からなかった、死と一生の別れを知り、理解した日となりました。
私はあの日、お姉様との別れを知りたかった。知らされたかった。幼さを理由に知らされなかった事が悔しかった。
もし知らされていたら私はどんな行動をしたのでしょうか…。
泣いて縋ってお姉様を困らせたのか、怒りを理不尽にお姉様にぶつけ駄々を捏ねたのか、はたまた全てを飲み込んで静かに別れを告げたのか…。いずれにしても、もう叶わない叶うことのないもしもの話。
私、ローザルバ・フォン・サブロザの後悔の話。
その後色々とあり、帝都に移った私は神送の宴の度に乙女の皆様に心からの感謝と祈りを捧げました。それは私の独り善がりだったかも知れません。しかし少しでも彼女達の心へと寄り添えたらと願うのです。
そして私のように年端も行かぬことを理由に、別れを出来ずに後悔する子が居ないようにと活動を致しました。
小さな活動でしたがそれが我君、至高の皇の目に止まる事となるのですが…。
この数奇なお話はまたの機会にいたしましょう。
ご無沙汰しております、佐藤です。
このお話は書籍化の際にボツったネタになります。
結界の乙女に国から選ばれてしまった、運命を捻じ曲げられてしまった家族の物語となります。
楽しんでいただければ嬉しいです。
ここでお知らせです。
コミカライズの連載開始日が決まりました!
10月28日からとのことです。
まだ先ではありますがそちらも是非お楽しみに^^
夏季休暇は光陰矢の如しであっという間ですね…
残暑に負けず頑張りましょう!




