外伝 シシィの物語 後編 ー牡丹の決断ー
「本当の娘が帰ってきたので養女の私は消えることにしました 第1巻ー幸せな過去と結界の乙女ー」
「第2巻ー初恋とデビュタントー」各サイト様にて発売中
「本当の娘が帰ってきたので養女の私は消えることにしました 第3巻ー新しい家族と悲劇の始まりー」
コミックシーモア様より6月25日先行配信となります!
誤字脱字のご報告感謝申し上げます。
皇子が三歳になった冬にケッカは成婚する事になりました。結婚をしても子供が出来るまでは仕事をしたいとの申し出でケッカの婚約者もそれで良いと皇室に一筆書いてよこしました。
この2人は何とも高位貴族としては横紙破りなのでしょう。しかしながら手のかかる皇子のお目付役で教育係であるケッカがもう少し長く居てくれるのは、ありがたい事でした。噂は今は数周回って愛人説がまた囁かれていますが、身持ちの硬いケッカなので今は心配はしておりません。そもそも夫である皇帝陛下の趣味の外にある人物だと分かってからは安心して頼り切っている節さえありました。
あの会の後に私は侯爵家の調査を行い、皇室に不利益を齎す家では無いか、親族に疾患のある者は無いかなどを調べさせました。
全てにおいて基準をクリアしておりましたので後は彼女達が育つ過程を見守り、適性をみて程よいタイミングで声を掛ける事に致しました。
個人の資質と適性も加味しなければこの魔殿とも言える皇室では生きてゆけません。家の後ろ盾の強い私でさえ心弱くなる事があるのですから、心が弱くては重圧に耐えきれないでしょう。
そうは言ってもの親心で何かと理由を付けて侯爵家夫人を招いて茶会や音楽会などを行い、子供達の交流を進めてはいたのですけれどね。
皇子は流石はフランチェスカの教え子と思う程に、父である皇帝に似にず女性にも真面目な子に育っておりました。
そんな皇子も2人の令嬢と遊べる機会を楽しみにしておりましたし、ご令嬢方も満更でも無かったでしょう。目を掛けている自覚もありましたし、掛けられているとの思いもあったでしょう。そして彼女達は勿論皇子の婚約者候補として名前が上がってくるのです。
皇子が五歳になる年に我が君は皇帝に、私は皇后へと即位しました。この時にはケッカは宮仕を辞めて帝都の屋敷で子育てと女主人の仕事をしており、あまり登城する事は無くなっておりました。中々に忙しいらしくお茶に誘っても袖にされる事もありました。
後から考えれば、遅れを取り戻すかの如く領地と帝都を頻繁に行き来していた彼女は文字通り飛び回っていたのでしょうね。
少しばかりの寂しさと心細さの他に、優秀な彼女と比較され、彼女が皇妃になるのでは無いかと怯えなくて済む事に安堵した穏やかな日々に心は少しばかり慰められました。
皇子も大きくなり、十三歳で立太子の義をデビューと同時に行う運びとなりました。
婚約者としては侯爵家息女のシャルロッテ嬢を選任致しました。
公爵家よりは家格は劣りますが同年代の公爵家令嬢は血が近すぎます。その点侯爵家令嬢のシャルロッテ嬢は聖力の量も問題なく、明朗で成績優秀と報告が上がっています。学問をただこなすだけの優秀さではなく社交としての狡さを含んでいる点が好ましい。一方のカテリーナ嬢は聖力の量ではシャルロッテ嬢に劣るものの学業全般に秀でていらっしゃる控えめな方。背格好も容姿も内面も、どちらも甲乙付け難くはありましたが、皇太子妃とするならばより良い方を選択するのは道理でしょう。
私は選定後押しの条件としてカテリーナ嬢をシャルロッテ嬢の補佐として常につける事を侯爵家には約束させたのです。
それはケッカの直感を信じての私の判断でした。シャルロッテ嬢は私とケッカのような関係かと考えて納得していたようですけれど、無論そのようなしきたりは皇室にはありません。私が将来のためにと勝手に配したに過ぎぬ事でした。しかし貴族社会では世継ぎの産めない正妃程冷遇される者はおりませんのでその保険として近しい血族を送り込むのはある種、貴族の性でしょう。
他家に功績も名誉も取られる位ならば多少の無理をしても己の家門の益は守るものです。
そのためシャルロッテ嬢のご実家も頷いたのですから。
そんな思惑も絡み、シャルロッテ嬢とは輿入れまではそれなりに良好な関係を築いていたのです。
その関係が崩れたのは彼女の輿入れから一年もしない頃だったでしょう。
私の元には常に情報が上がってきていました。
誰が誰と会ったのか、何を買ったのか、何を好み何を廃したのかなど様々です。
そんな中でも注視するのは世継ぎ問題なのは皇族として当然です。最初の半年は慣れぬ環境に苦しむ嫁のために何も言うつもりはありませんでした。
私の時もそうでした。幸い私は半年以内に孕れたので干渉も少なくて済んだのですが…。
シャルロッテ様は常に人前に晒される環境に強い心理的負荷を感じているようでした。それは食欲の減退や吐き戻しと言った症状に現れていると報告にありました。
そして何より月の障りが不規則であるとの記載までありました。
最初こそ悪阻か?懐妊か!と胸を高鳴らせましたが、そうでないと判る度に私は落胆したのです。
成婚から間も無く一年。彼女は半年前から月の障りがなく、医者に薬を処方されても、回復魔法を使用しても効果が無いと報告を受けました。
彼女がこんなにも心の弱い人だとは思いませんでしたわ。
そんな中でも皇太子妃としての政務はこなしておりましたけれど、一番の仕事が出来ないだなんて…。息子と同衾していても月の障りが無いのでは懐妊も遠いと、私は焦り始めた頃に思い出したのです。もう1人、良い駒がいるでは無いかと。
私は部下に命じて調べさせ、最も可能性の高そうな日を割り出しました。そして彼女を呼んだのです。
「カテリーナ嬢、何故ここに呼ばれたかは理解していて?」
目の前で野兎の様になっている彼女は自分が置かれた状況など解ってはいない事など明白でした。
「いえ、皇后陛下…。覚えが無く…。出来ましたらご説明願えれば幸いで御座います」
震えを隠して彼女は私に説明を求めました。良いでしょう。私は国を憂い支える一臣民として口角を上げ、説明を致します。
「貴女にはこの後、シャルロッテ様の代わりにフリードと同衾してもらいます」
彼女の瞳が大きく見開かれ、困惑に彩られるのが見えました。ですが私は彼女が口を開く前に重ねたのです。
「カテリーナ嬢、貴女に選択権などなくってよ?貴女の口からのお返事は『はい』か『御役目頂戴します』のどちらかのはずよ?それ以外の異論は認めなくてよ?」
蛇に睨まれたカエルとはこう言う時の言葉なのかしらね。本物の蛇もカエルも見た事はありませんけれど。
彼女はそれでも一度だけ反論をいたしました。
「皇后陛下、どうか今一度お考え直し下さいませんか!」
「カテリーナ嬢、三度は申しません。お返事は?」
流石に皇后である私にこれ以上の反抗は出来ないと悟ったのでしょう。彼女は「謹んで御役目頂戴致します」と返事を返してくれました。
私は満足気に笑み、女官達に彼女を磨かせて皇太子の寝室に彼女を送らせました。
次の日、息子である皇太子からは酷く怒られ、この様な不意打ちは二度としてくれるなと叱られました。しかし、事は済んだとの報告に私の心は満足していました。
その後何度かカテリーナ様に同衾を申し渡しましたが息子経由で断りを入れられました。それはそれで残念でしたが、程なくカテリーナ様の懐妊が判って私はホッといたしました。
表向き、側妃として召された訳ではないカテリーナ様の懐妊は皇太子妃の懐妊として公表しました。これでシャルロッテ様も石女などと影で言われる事もないでしょう。その間にシャルロッテ様には体調を整えてもらい、それから2人の子を考えるだけの猶予はあるはずです。
公式には悪阻が重く公務に出る事を医者が禁じたとし、シャルロッテ様には離宮にしばし隠れてもらいました。
そして、翌年に待望の世継ぎとなる皇子が誕生したのです。しかし皇子を出産後、その無事を見届けたカテリーナ様は自決なさいました。
遺書もありました。
「お父様、お母様、シャルロッテ様、皇太子殿下
先立つ不幸をお許し下さい。
皇后様の命とはいえ、シャルロッテ様を裏切る事になった私をどうか許さないで下さい。
私はあの時、初恋の君である殿下に身を任せたのです。人違いで、囁く愛が私へ向けられたもので無くとも私は一瞬でも幸せだと思ってしまったのです。
私の罪は私だけのもので御座います。どうか私の粗末な命と引き換えに産まれたばかりの皇子には御慈悲をお与え下さい。この子は何も知らぬ私の罪の子で御座います。罪は私が持って参ります。何卒罪なき皇子を宜しく御頼み申します」
なんと勿体無い事でしょう…。まだ子を宿せたやも知れない娘は、息子の為にと死を選びました。
シャルロッテ様も彼女の遺志を汲み、皇子を自分の子として育てました。
私はこうなってからやっとフランチェスカの困惑を思い出したのです。
彼女達は確かに同じ未来の皇帝の母になったのです。
産みの母、カテリーナ
育ての母、シャルロッテ
どちらも母に違いなし…。本当にフランチェスカの直感は当たってしまったのね。その時になってやっと自分の愚かしさに気付くなんてなんて滑稽なのでしょうね。
しかし、いくら愚かでも、滑稽でも私は国を繋げる使命がありました。その大義名分は彼女達に到底許せることではないでしょう。その混沌すら飲み込めぬようでは皇后など務まるはずもなく…。
綺麗事で言い訳てもしっかりと因果が巡ると知らしめられるのは後の話で御座います。
この一件以来、シャルロッテ様と私の仲は対立するものとなりました。
国策にしても、貴族派閥にしても…
あの一件から少し後、シャルロッテの懐妊の知らせを聞いて直ぐにに私は国の為にと縁戚で他国の王族の血もある娘を皇妃として入城させました。
そちらの国との貿易の問題に対する対処の一環でありましたが、これもシャルロッテ様にとっては面白くないものだったでしょう。
幸いにも、その後シャルロッテは第二皇子、第一皇女、第二皇女をもうけました。しかしその孫達とは最低限の付き合いしか無く…。
縁戚で後見でもある私に皇妃の方がよく孫を見せに来てくれていたくらいです。
数年後に私も我が君の崩御に伴い、皇后の位を退位し皇太后と呼ばれるようになりました。
それに伴い私の子飼い達数名を残して、それ以外の機構の者達の権限をシャルロッテ様に譲渡しました。
今や皇太子となったカテリーナの息子である皇子の位を守るのが精一杯な程度の力しかありません。
もっとも、皇太子はここ数代の中でも稀有な聖力の量と聡明さで臣民に慕われております。このまま行けば安泰でしょう。
しかしながら私が彼の婚約者について口を出す事は皇后によって阻まれました。当然でしょうね。私が彼女に…彼女達にした仕打ちを考えれば…。
判ってはいるのです。でも頭の中で理解が追いつかないのです。国の為にはあれが最善だと信じて下した決断でした。なのに私はなぜ今こんなにも寂しさに耐えているのか…。
ですがそれは私の業の…業に対する因果因縁の果ての贖罪へ、その入り口でしか無かったのです。
それを知るのは今暫く後の話。
皇后と皇太后の確執は国を思う思想から。
正義の対義語はまた別な正義だと思っております。
明日、25日に書籍3巻が先行配信されます。
そちらもどうぞよろしくお願いします。
佐藤真白




