外伝 シシィの物語 番外編
「本当の娘が帰ってきたので養女の私は消えることにしました 第1巻ー幸せな過去と結界の乙女ー」
「第2巻ー初恋とデビュタントー」各サイト様にて発売中
「本当の娘が帰ってきたので養女の私は消えることにしました 第3巻ー新しい家族と悲劇の始まりー」
コミックシーモア様より6月25日先行配信となりました。
誤字脱字のご報告感謝申し上げます。
「母上は私の事を疎んじていらっしゃるのですか?」
寂し気に、悲し気にそう言ったのは、まだ幼さの残る第一皇子でした。
皇家の特徴を色濃く宿した赤の瞳は真実を射抜くかのように私を捕らえます。
「皇子、いきなりどうしたのです?私は其方を疎んじてなどおりませんよ」
私は努めて冷静に皇子を見返します。心の動揺を見抜かれぬように、貴族の最上級の微笑みを息子へと向けます。
私の笑みに皇子の勢いはなくなり、少しばかり躊躇いがちに口が開かれます。
「では、なぜ母上は私の事を弟達のように抱きしめて下さらないのですか?どうして私にばかり厳しくし、触れようとされないのですか⁉︎」
最後は少しばかり声が震えておりました。子供は親が思うよりもよく見ているものなのですね。
「それは皇子が、未来の皇帝だからです。厳しく接するのも、他の兄弟達とも違う接し方になるのは道理ではありませんか?貴方は1人でこの国を背負う者なのですから」
私は昔から用意していた回答を致しました。
皇子は期待をされて嬉しいはずなのに寂しいと言わんばかりに床をに視線を貼り付けています。
「はい…ありがとうございます…ですが私も遊びたいですし、母上に抱きしめていただきたいのです。それでは立派な、父上のような皇帝にはなれないのでしょうか…」
幼いながらに必死に言葉を紡ぐ皇子が私はとても痛々しく憐れになり、両手を広げました。
「随分と大きくなったと思っていましたが、まだまだ子供だったようですわね。そんな事はありませんから、おいでなさい」
皇子は戸惑いながらも「よろしいのですか…」と言いながら飛び込んできました。
私はこの子を確かに愛している。柔らかな銀の髪も赤い瞳も夫である皇帝陛下そっくりで、私の可愛い息子…腹を痛めて産んだわけではない…私の大切な人の忘れ形見…。
「母上、私は叔父上と母上の不義の子などではありませんよね?」
腕の中で涙を溜めて息子が問いかける。
あぁ、余計な事を言った愚か者がいたのだと納得してしまう。
「ええ、勿論よ。貴方は陛下の、間違いなく父上の子です」
そう、貴方は皇帝と私の大切なカテリーナが愛し合った確かな証なのですから。告げられない言葉を私は胸の内で呟いたのです。
私には生まれた時からずっと一緒に育った従姉妹、カテリーナがおりました。生まれた月も同じで、互いの母が姉妹。良く似た2人から其々に同じ特徴の髪色や目の色を受け継いだ私達は従姉妹というよりも姉妹と間違われるほどでした。
幼少の頃よりどこへ行くにも何をするにも一緒の私達は本当に姉妹も同然だったのです。
そして私達は今の皇太后のお気に入りでした。
事あるごとに幼き頃より皇子殿下と共に遊び、交流を重ね、いつしかそれは恋心となりました。それはカテリーナも同じでした。口にせずともわかる程に私達の距離は近かったのです。
「お互い選ばれれば恨みっこ無しよ」と約束を交わしたものです。
そこには私の嫉妬と打算が含まれていましたが、カテリーナがそれに気付いていたのかまではわかりません。
彼女は私よりも少しずつ秀でていました。私よりも少し高い身長に私よりも少しだけ高く通った鼻筋、私よりも少しだけ優秀な頭脳…較べれば大差では無いそれが私には悔しくて妬ましかったのです。
このままでは皇子殿下の隣の席をカテリーナに取られてしまうのでは無いかと思った事も一度ではありません。しかし、私と彼女で決定的に違うものがありました。それは家格です。彼女は子爵家で私は侯爵家。順当に話が来るならば私の方が先に選ばれるはずと内心思っておりました。
彼女に優っているのが自身の研鑽で得たものではなく、出生の際の運だけというのが私を随分と苦しめたものですけれど。
それでも、私は殿下と共にありたいと願い、それは運良く叶いました。勿論それに見合うだけの努力も致しました。カテリーナも私を支えるべくし女官としての道を歩みました。私が殿下の元に嫁いでからは一番側で私を手伝い、支えてくれたのはカテリーナでした。
成婚後、殿下も筒井筒で気心もしれた私をとても大切にして下さいました。
慣れぬ皇族としての生活もこの2人が居たからこそ頑張れたのです。
しかし慣れぬしきたり、行事に作法、一挙手一投足に至るまで他人の目に晒される生活のストレスは私の心ばかりか身体までをも蝕みました。
月のものが止まってしまったのです。
このままでは世継ぎの問題もあります。皇太子妃失格の烙印を押されてしまう…そんな恐怖は更なるストレスとなり、長く不順の時を過ごしてしまったのです。
薬や回復魔法、東国の針治療などあらゆるものに手を出しましたが、疲れ切った身体に効果はありませんでした。
焦りばかりが募るなか、寄り添い最も親身になってくれたのはカテリーナでした。婦人系の病によく効く茶があるときけば私の為に自分の名で取り寄せ、私に飲ませてくれました。毎夜寝る前には全身を揉みほぐし、ツボを押してもくれました。
私はそんな彼女の努力に感謝すると同時に、彼女を押し除けてまで嫁入りしたはずなのにと情け無くなっておりました。そんな気持ちを汲んで、カテリーナはなんでも無い事のように仕えてくれていました。
そんな葛藤と奮闘の日々が半年程続いたある晩の事でした。皇后陛下に呼び出されたカテリーナはその晩帰ってくる事はありませんでした。
次の日の朝、帰ってきたカテリーナを見て私は直ぐに察しました。彼女が昨晩誰と何をしていたのかを…。
忠臣と信じた人、最愛の夫、敬愛していた義母全てに裏切られたような気持ちでした。自分の存在価値を否定されたような酷く虚しい気持ち…。
私は暫く荒れました。皇族の命でカテリーナに拒否など出来なかった事も頭では理解していました。殿下も夫婦の寝室にまさか私以外の女人が居るなどと思わずに事に及んだとの説明と謝罪を受け、今後はそのような事にならないようにするとお約束下さいました。
皇族の約束は重い契約で御座いますので果たされるでしょう。
もっとも、カテリーナと私はとても良く似ています。暗がりで私だと信じていた殿下はお酒の力も相まって意図的に勘違いをさせれたのでしょう。この度は不意打ちでしたので、次からは警戒をするとの事です。
しかし、何度謝罪を受けようと、私の心は惨めにひび割れたままでした。このままカテリーナに皇太子妃の立場まで奪われるのではと疑心暗鬼になり、彼女を遠ざける事までしました。彼女は言い訳一つせずに私に頭を下げ続けたのです。
それでも彼女は、私を支えてくれていた…
その後のお義母様からの同衾の命は、全て床を共にする事も無かったそうです。
でも運命とはとても皮肉なものです。
ただ一度…その一度でカテリーナは妊娠いたしました。
私が喉から手が出るほどに焦がれたそれを、難なく手に入れた彼女が憎らしかった…それと同時に羨ましくて嫉ましくて…それなのにとても心配で…。
表向きは私の懐妊と発表され、私達は其々離宮へと移されました。
私の名で懐妊発表があったとなれば、カテリーナは子を取り上げられる予定なのでしょう…。それを思うと今度は不憫に思たものです。本当に勝手なものですけれどね。
カテリーナは私にとって家族以上に身近な人であり、腹心であり、妹であり心許せる数少ない戦友でした。
だからこそ祝いたい…でも祝えないその葛藤に苦しめられました。
彼女も苦しんだ事でしょう。皇帝という同じ人に心惹かれつつも私を支える道を進まざるを得なかった悔しさ。人に命じられて焦がれる人に偽りのままに抱かれた無念。そして私に対する罪悪感…。
想像出来ないし、想像をしたく無い。それ程までの思いを私はしたくなどない…。でも今現実にその想いと向き合っているであろうカテリーナが強く、そして不憫でならなかった。私は確かに彼女を憎らしく思ったし、嫉妬もいたしました。しかしそれ以上に私にとってかけがえの無い大切な人なのです。苦しんでなどもらいたくなかった。心底幸せになってもらいたかったのに…。
季節が巡り、カテリーナは皇子を出産しました。
銀糸の髪にルビーの瞳。目鼻立ちはカテリーナのそれ…。
彼女は我が子を一度も抱く事なくこの世を去ってしまった。
ただ一夜、想い人との逢瀬を胸に…。
私への忠誠とともに…。
その後私は彼女の遺言の通り皇子を我が子として育てました。幸いにも私も子を授かる事が出来、家族は増えました。
少しして皇太后の後ろ盾で第二妃が輿入れをしました。
なぜカテリーナの時にこのように手順を踏んでくれなかったのかと憤りもありました。
この事もあり私は皇太后との政治的対立を決めました。私に出来る最大限の反抗と抗議の形として、そして国を統べる為政者としての判断です。
さて、子供達に罪はありません。分け隔てなく接していたつもりでも、何処かで綻びがあったのでしょう。なにせ我が子よりも優秀で人を統べる素質があるのは認めたくない事実で少しばかり苦い気持ちになります。
やはり腹を痛めた我が子はかわいいものです。しかし、愛する夫と大好きな彼女の忘れ形見である皇子もかわいいものです…。私はこの矛盾と生涯付き合うのでしょう。
皇子に不安を抱かせてしまうとは親として不甲斐ない…。
私は今一度、腕の中の皇子を抱き締める。
この後もきっと私は数多の選択を強いられるでしょう。この子も抗えぬ運命があるでしょう。それをそれぞれが、しっかりと受け止められるようにとの願いを込めて。
それにしても皇太后は間違えている。私はこの子を廃したいなどとは考えていない。確かに苦くはあるが、この子も私の大切な人の子なのですもの。実子にはより良くとは思うけれど、それが絶対的に帝席ではない。ゴヴァネは皇帝になるには直情的過ぎる。それでは国は成り行かない。私は皇后としてその答えには辿り着いているのです。それよりも恐ろしいのは第三皇子の方…。
この子にはその代わりに国を導いてもらいましょう。
そうすればきっと彼女も許してくれるでしょう。自分を押し除けてまで皇后になる事を選んだ私を…。
神の楽園にいるカテリーナが微笑んでくれる事を信じて。
「皇子、貴方は私達の掛け替えのない宝ですのよ」
少年は年相応の笑顔を母へと向けた。
おかげさまで、本日書籍の第3巻が発売されました。
これも単に皆様のお陰で御座います。
感謝申し上げます。
誤字脱字の御指南もありがとうございます!この場をお借りしてお礼申し上げます。
佐藤真白




