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【本編完結・書籍第1巻発売中】本当の娘が帰ってきたので養女の私は消えることにしました  作者: 佐藤真白


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89/92

外伝 シャリーシャの物語 終幕

「本当の娘が帰ってきたので養女の私は消えることにしました 第1巻ー幸せな過去と結界の乙女ー」各サイト様にて発売中

「本当の娘が帰ってきたので養女の私は消えることにしました 第2巻ー初恋とデビュタントーコミックシーモア様より先行配信中となっております。


誤字脱字のご報告感謝申し上げます。

―再会は別れの序章―



私の心は浮き足だっていた。

今日は待ちに待った日だった。



此処は帝都でも、辺境伯領でもコロイド侯爵領でもない。


ホテルのバルコニーから望む眼下には遥か先まで青く伸びた水面。

潮騒が等間隔で押し寄せ、湿り気を帯びた風を運ぶ。


此処は親友が愛したエメンタールの地。


彼女が遥か昔に語って聞かせてくれたままの景色を私に見せてくれる。



私は早く親友に会いたいと願うと同時に、尊き御役目に参じる孫娘が、心配でならなかった。


まったく、年ばかり重ねても中身は昔のままな自分が情け無い。

そんな私を他所に、当の孫娘は鼻歌まじりに用意された食事を楽しんでいる。


友も…スピカもこんな風に眠りにつく前に食事をしたのでしょうか?もう誰も知る者のない大聖女の過去に想いを馳せる。きっと彼女はこんなにも幸せそうに食事をしてはいなかったのではないかしら…。少なくとも彼女が愛した家族と最後の食事を共にしていない事だけは分かっている。


胸がギュッと締め付けられるのを私は唇の端を噛む事で堪えた。


ホテルを出ると、エメンタール領都の大聖堂を目指しました。相変わらず孫娘は気持ちが昂っているらしく、緊張と高揚でソワソワしています。


馬車の中で私はそれを微笑ましく眺めます。

この子が大聖女の後任となりたいと言い出した時には心底驚いたものです。それまで、さして目標とするものも無く、与えられた日常を粛々と過ごすこの子の瞳に初めて強い光を感じた時には戸惑いと共に、神送の日のパールが重なりました。

希望する人は多くおりましたが、この子は諦めず、逃げ出さず投げ出さなかった。最有力と謳われた昔からの友の孫、大公家のご令嬢達すらも押しのけその座を掴み取った事は素直に誇らしかった。

何より、国を、家族を友を護りたいと願うこの子の心根が嬉しかった。


今の帝国では、友の時のように結界の乙女は忌避される死の眠りでは無く、輝かしい栄誉の眠りとされています。そこに選出されるだけでも少女達にとっては憧れであり、一族にとっては誉れ。御役目後に還俗すれば縁談などは引くて数多となる様な功績。

しかし、三年もの長き花の時を封じさせる事に変わりは無い。三年とは存外長いものです。年頃の友の結婚式に参列する事も、その間にあるやもしれぬ親族との永遠の別れも知る事なく無情に時は過ぎる。そんな恐怖もあるでしょうに、向かいに座る孫はそんな不安など微塵も見せないでいる。

その役目につける事を幸せだと思っている。その覚悟が胸に痛い。私はこの子が目覚めるその時まで生きていられるのかと不安だというのに…。


パールの最後の見送りは彼女の祖父母だったと聞いております。三年ですら不安な私とは違い、彼女の眠りは長い事を知っていた彼女の祖父母はどんな気持ちだったのか…それを想像するだけで胸が痛く、目頭が熱くなる。


それは友の痛みと同時に彼女の祖父母の痛み…

そっと目の端の涙を拭う。


「お祖母様、どうされたの?」


「なんでもないわ。ただ、貴女がとても立派になったなって思っていたのよ」


「そうかしら…軍揮盤ではまだまだお祖母様に勝てませんのに…」

そのすねた横顔に夫の顔が重なります。彼女の真っすぐさは夫にとても似ている。


「貴女にまで負けてしまったら戦乙女の軍師の名を返上しなければなりませんから、まだまだ負けられませんよ。貴女が屋敷に帰ったらまたお相手しましょう」


孫娘は少し嬉しげに「はーい」と間伸びした返事をした。

結界の乙女と未来の約束が出来ることの何と尊いことでしょう。彼女が叶わなかった事が当たり前となった事が何とも心苦しい。


「あとは、お勤めを終えたら婚礼衣装に一緒に刺繍をしましょうね」


そう言えば孫娘は顔を赤らめ破顔した。孫達との触れ合いは軍揮盤や鍛錬が多かった。刺繍を刺しながら語らった事は少ない。それがことの他孫娘には嬉しかったのかもしれないと思えば、少しばかり悪い事をしたかもしれないと思う。

多分私はこの約束を守れるだろう。いいえ、死んでも守って見せましょう。

この子の婚約者はこの子の幼馴染です。待っていてくれるか不安もあるけれど、名誉の眠りの後には輝かんばかりの幸せが待っていると信じている。信じられる事は素晴らしい。

パールはその幸せを夢見る事なく今の時を過ごしていると思えばチクリと心が痛む。でも、彼の…アーサー様の今を見たら何と思うのかしらと、楽しみでもあるのです。



そんな温かくも他愛も無い話をしながら私達は教会の門を潜りました。


出迎えて下さったのはパールの想い人で、かつては皇子であったアーサー様。今はエメンタール枢機卿猊下となられた尊き御仁です。


顔からは昔、鍛錬で共に剣を交えた時の精悍さは薄れ、柔和で朗らかな聖職者の顔を滲ませます。


「次代様、ようこそエメンタールまでお越しくださいました。我ら一同、心よりお待ち申し上げておりました。

コロイド前侯爵夫人もお変わりなく、この度はお喜び申し上げます」


「猊下もこの時がやっと訪れましたわね。共に長い時間でしたわね」


そう答えればアーサー様は「はい、その通りですね」と何処か憂いを湛えておっしゃいます。

孫娘は私達が旧知の仲とは知らなかったらしく驚きで目を瞬かせて見ていました。


教会の中、控室へと通されても、私も夫も大領地の家系ではなく、身近な乙女の選出も今回が初めてのため、手順や儀式に関しては全く分かりません。

その不安は孫も同じ様で、私達は手を繋ぎ最奥へと至る巡礼を致しました。

転移の間で親友の兄がエメンタールの当主代理として合流致しました。


彼も多くの苦悩と葛藤を抱えてこの場にいるのでしょう。互いに黙礼で挨拶を交わします。

彼女がこんな目隠しをされながら48年前にこの道を歩んだのか…そして目の前の男はその元凶となった人達の1人でしたが、その後悔の滲む顔に何もいう事は出来ませんでした。


そして共に進み見えてきたのは、四隅の灯りも心許ない程の静寂と清廉な聖域。

空気の澱みすらなく、私達を迎え入れる女神像と2台の寝所。


孫娘の不安そうな手を握り一歩、また一歩と奥へと足を進めれば、見えて来るのは別れた時のままの親友の姿…目元が隠されているのは2番目のお兄様へとその瞳を譲られたためでしょう。


ふと孫娘へと視線を落とせば彼女の顔は喜色に染まっている。

無理もない。生まれた時から寝る前の物語に聞かされる大聖女との対面なんですもの。それにこの子は彼女の後任となるべく厳しい選抜を勝ち抜いた。その憧れを目の前に言葉では表せない程の感情を滾らせているのでしょう。


「それでは、お祖母様、行って参ります!」

孫娘はくるりと私に向かうと、見事なカーテシーをして寝台へと歩みを進める。


「ええ、お気を付けて。光の先で貴女の帰りを待っていますよ」


振り向いた孫娘は笑っていた。


そのまま儀式は進みアーサー様と孫娘の祝詞の歌声が響きやがて静かな余韻を残して終わって行く。



呆気ない。そう思えるほどに神聖な儀式は終わってしまった。

でもこれがあの子の願いなのだと涙を拭う。



程なく、孫娘の眠る寝台とは別の寝台の人の口元が僅かに動いた。駆け寄ろうとした私より早くアーサー様が駆け寄る。

本当にこの方はパールの事が大好きなのね。

苦笑とも取れる笑みを浮かべたまま、私達外野は2人の久方振りの逢瀬を見守りました。


暫く見守りますと、私よりも先にパールのお兄様がその瞳を戻す為にと声を上げられました。


涙を見せてお兄様と呼ぶ彼女に私も、もう待って居られなくて抱きついてしまいました。孫娘には見せられない姿ですが、彼女は今見てはおりません。だから、今ならば良いでしょう。

久々に彼女の口から紡がれる私の名を呼ぶ声、包み込んだ彼女の体温と彼女の懐かしい花の様な香りに、待ち望んでいた心がギュッと切なくなりました。そのまま私は彼女を幼児をあやすように撫でました。彼女もそれに応えてくれる。


生きている…彼女の温もりが尊く涙が滲む。それは彼女も同じ様で、私の時も50年近くの時が巻き戻されたような錯覚をします。


その後、視力を戻す為のひと時で掻い摘んでこれまでを話せばまるでおとぎ話のエルフの里に招かれた旅人のように外界の時の流れに彼女は驚くのです。


そして乙女の在り方の変わりように、自分は叶わなかったというのに涙して喜んでいるのです。

本当に昔っからお人好しなんですから…



孫のお陰でこの目覚めの場にいる事を話せば彼女の笑みは一層深くなります。それが愛らしくて私もつい冗談混じりで話をしてしまうのです。


そして自分が大聖女と呼ばれている事を知った時の彼女の戸惑いは今まで見たことのないくらいの顔で、思わず吹き出すのを堪えてしまった程です。



しばらくの雑談の後、彼女のお兄様の手がゆっくりと彼女の目元から外されます。それをパールったら待ちきれなかったようで、一気に開いて瞬かせるのです。


私の事を見たら何と言うのかしら…楽しみ半分不安半分で待ち構えれば、大きな瞳が一層見開かれました。

どうやら彼女を驚かせる事に成功したのね


嬉しい気持ちで微笑むと、視線は私の後ろへと流れます。


それからはまた2人だけの時間…。

想い合う者達が揃って互いを労る姿が羨ましい。


そして目の前で繰り広げられる流れるようなプロポーズと結婚式。



御伽話のようなひと時の立会人になれた事はトムにいいお土産話になったと思うのです。



幸せそうな2人の時間が長くない事を私達は知っている。知っているからこそ美しい。有限であるからこそ、それは尊い。


私はそのまま幸せそうな新婚の友と聖域を後にした。




―終末の茶会―


あの白昼夢のような挙式から10日程過ぎました。


あの日から私はエメンタール家の領主邸でお世話になっています。

パールとアーサー様は教会内の私室を使っておりますが、日中はこちらの屋敷に来ることも御座います。



目覚めたばかりだというのにパールはとても忙しく、中々面会が叶いません。

毎日何かと都合を付けてくれるパールのおかげで少しは面会の時間が取れているのですけれど、忙しい彼女の少なくない時間を独り占めは出来ません。


毎日のように重なる面会依頼の手紙全てに目を通して返信を自分の手で行う様は素晴らしいとは思いますが、少しは身体を労って欲しいとも思うのです。


そんな彼女が今日、お茶会をしましょうと誘ってくれたのです。



私は落ち着いたドレスに袖を通します。彼女はどんな装いなのかしら…。未だに10代の瑞々しさを湛える彼女と、既に60の大台も半ばを過ぎた枯れ枝の自分とが並ぶ様を考えて苦笑してしまいました。

なんて馬鹿な事を考えているのでしょうね。見た目は変わろうと共に時間を過ごすのはかけがえの無い友に違いないのに。


そのまま私は私らしい装いで夏の庭を目指しました。

ガゼボの脇、淡いオレンジのバラを覗き込むように白の日傘を手にした人が既にそこには居ました。アイボリーの装いが彼女を優しく包んでいます。


その傍には優しくパールを見つめるアーサー様と、少し離れて見覚えのある侍女が控えています。


「お待たせしてしまいましたわね」


「いいえ、私が楽しみ過ぎて早く来てしまったの」


微笑み合い、そのままガゼボへと向かえば、アーサー様は当然のようにパールをエスコートしている。全く呆れてしまうくらいに彼女の側が離れ難いのね。


「アーサー様、ありがとうございます。でも、もう大丈夫ですわ。お仕事も溜まっていると侍従の方も言ってらしたではないですか?そろそろお戻りになった方がよろしいのではないですか?」


「スピカ…私は貴女ともう片時も離れたく無いと言うのに…そう誓ったではないですか」

パールは困ったように助けをこちらに求めて来ます。

全くしょうがないですわね。


「アーサー様、離れ難いお気持ちはよ〜く分かります。ですけれど、女性同士の茶会ですもの、殿方には聞かれたくない秘め事の一つや二つございましてよ?寝屋までは邪魔致しませんからパールを少しばかりお貸しくださいな」


「ちょっと!シャーシャ、なんて言う事を言うのです‼︎」

パールは耳まで真っ赤に染め上げて私へと抗議します。本当にまだまだ初心な少女の反応に少しばかり時の流れの残酷さを感じました。


「それであれば致し方御座いませんね…では後程迎えに来るよ、愛しい人」

流石年の功ですね。アーサー様は照れた様子もなくそう言ってパールへ接吻をすると庭から出る門の方へと足を向けられました。



席につきながらパールの顔は未だに火照っているのが分かります。

「もぉ、シャーシャったらなんて事を言うのです!私驚いてしまいましたわ!」


「あら、今は新婚さんなんですもの、今からかわなくていつからかへば良いというのです?それともまさか、寝台を共にしていないとでも言うのですか?」


意地悪く言い返せば、彼女の顔は益々赤くなります。


「…ご一緒しているわ…だって夫婦ですもの…昨夜も私を抱き寄せて眠って下さいましたのよ…」


自分で言って照れる様子は何とも初々しいものです。

積み重ねた年数で、恥じらいも無く床入りの話を振った自分を恥じました。流石に嫁や孫も居る私には生娘のような恥じらいは何処かへと置いて来てしまっていたようです。


「パール、それは2人だけの秘め事で良いのよ?流石にそこまでは聞かないから…」

私が少し困った顔で言えばパールは少しばかり頬を膨らませます。からかいの度が過ぎました。


「冗談はこのくらいで、此方の女性に見覚えがあるのだけれど?」


そう尋ねればパール後ろに控える女性を呼び、私へと紹介してくれます。

「紹介致しますわね。私の幼馴染で専任侍女であったアリッサです。今は私の身の回りを好意で世話してくださっている大切なお友達ですわ」


お仕着せの女性は薄い赤髪を揺らしながら私へと頭を下げます。


「ご紹介に預かりましたアリッサと申します。少し前まで前大公夫人にお世話になっておりました。以後お見知り置き下さい」


それはとても完璧で洗練された動きでした。


「パールのお友達ならば、私にとっても特別な人だわ。私はシャリーシャよ。コロイド前侯爵夫人ではなく、シャリーシャとお呼びになって?」


「勿体無いお言葉で御座います。前侯爵夫人。しかしながら私は貴族の籍も持たない平民で御座います。そのような栄誉を賜る訳には…」


その頑なな態度に私とパールは顔を見合わせました。

「大丈夫よ、不敬などとは言わないわ。実はね、貴女のことは貴女の前の主人であるシア様から聞いているの。

だから今は共にパールを待った仲間として一緒にお茶を楽しみましょう?私もだけれど、パールも貴女の話が聞きたいと思うの」


アリッサは少し目を開き、どうしたものかと助けを求めるように視線を彷徨わせます。


「私も是非、アリッサとお茶をしたいわ。此処には私の大切なお友達しか居ないのですもの。私の知らない帝国のお話を聞かせて頂戴な」


パールがそう言って私達の間の席を薦める。


しばらくの葛藤の後、アリッサは人数分のお茶を給仕して席についてくれた。


「何から話しましょうね…。アリッサさんも居ることだし先ずはシア様のお話からね。シア様は今、北の前大公夫人として北の大領地にいらっしゃるわ。彼女の長男の元に現皇帝陛下の姉君であるアリアーネ様が降嫁されたので、大公家は2代続けて大領地を治めていらっしゃるの」


「まぁ、だから此方に来るのが遅れると手紙にあったのですね…。大領地の貴族は制約がありますもの」


「はい、本当はスピカ様に直ぐにでもお会いになられたいはずですのに、あの方も大概に真面目でいらっしゃいますから…それに今は1番上のお孫様の御成婚の準備も重なっておいでなのです」


そんなふうにアリッサも補足と相槌を打ってくれます。そして彼女の知るシア様のお話に少しばかり耳を傾けました。殆ど初めてですのに、そうとは思えないくらいにアリッサの語りと会話は心地よいのです。


パールもアリッサの話を時折驚き、時折り頷き、微笑みながら聞いていました。


「もう少し落ち着いたら、此方へといらっしゃりたいとお手紙を頂いているの。その時は是非4人でお茶に致しましょうね!…あっ…でも、シャーシャはもう直ぐ帝都か領地へと戻ってしまうのかしら…?」


静かに私は首を振ります。

「領地は既に息子達に任せているわ。軍だって、席はあるけれど、今は顧問としてだから有事でもない限り呼び出しもないはずよ。それにパールのおかげで帝国は平和だし、私も騎士達を厳しく指導したつもり。パールさえよろしければもう少し此処に留まる事を許して欲しいの…トムのいない屋敷にいても寂しくてつまらないですしね」


「…ごめんなさい…辛い事を思い出させてしまったわね…」


「いいえ、私はパールのおかげであの人をベッドの上で見送れたの。軍人として戦でその命を散らす事も覚悟していたけれど、パールが護ってくれたおかげで、あの人の最期を看取れたの。感謝しているわ」


そう言うとパールもアリッサも沈んだ顔になります。

私は10年ほど前に夫のトーマス様とは死別しております。最後まで私を愛してくれた懐の深いお方でした。そして、先程も述べたように、5体満足の彼を私は柔らかなベッドの上で看取ることができました。それを軍人ならば恥ずべきことと罵る輩が居ることは知っています。しかし、私はそうは思わない。天寿を全うし、女神の元へと誘われる彼の無骨で大きな手を握れた事を私は誇りにさえ思うのですから。


「二人ともそんな顔なさらないで…今はトムへの、夫へのお土産話しや自慢話を集める時間と決めていますのよ。アリッサの方はご家族は?」


「私に家族はおりません。両親もとうの昔に亡くなりました。伴侶もおりませんし、親しい親族も居りません。仕事が楽しくてそれどころじゃなかったんです」


「アリッサ…」

小さくパールが声を漏らします。

それが偽りである事を私は知っています。シアからアリッサに言い寄る人がいた事も聞いていましたし、アリッサのお母様でパールを傷付けた当時の侍女長はとてもご高齢ながら存命で在らせられるのですから…

実の娘から存在を抹消され、身寄りも無く孤独に生きる事がアリッサの母に課された罰の形なのかも知れません。


「結婚をなさらなかったといえば、ユーナね!遊学から帰って来てからはご自身でブランドを立ち上げられて今では帝国でも随一の衣装店にしたのよ!」


「まぁ、そうでしたの?あのユーナが…でも、ご結婚されなかったなんて意外だわ。とても愛らしい方だったから男性にはよく花を頂いていたと記憶しているけれど」


「殆どの男性はユーナに家に入れ、女が仕事などするなと古い価値観の押し付けをなさる方々でしたのよ。彼女の才を見出して後押ししてくれるような男性は爵位が無かったと聞いています。今の帝国では聖力の有無に関わらず商業や産業、芸術分野で叙爵する者も増えてきましたのよ。そしてユーナはその先駆けで、自身の力で男爵位を手にした女傑ですわ。今日の私の装いも彼女の作品よ」


「まぁ、シャーシャによく似合うドレスだと思っていたら、ユーナの作でしたのね!デビュタントの時にみんなでシャーシャのドレスに意見を出し合ったのが懐かしいわ」


「本当ね…あの時のドレス、実は娘も着たのよ!」


「あれは大層話題になりましたね、シャリーシャ様。その後に高位貴族の間でも母から娘、孫へとデビューのドレスを譲るのが流行りました。シア様もお孫様がシア様のドレスを着たいとおっしゃられてとても喜んでおいででした」



「そんな事になっていたのね。懐かしいわ。アナ様からもお手紙が届きましたけれど、あちらは国を動かさなければならないからお会いできるか…」


アナ様は現在隣国の王太后としてご活躍されており、各国との外交をされているのは有名な話しです。とてもお忙しい方もパールに会うためにと必死なのかも知れないと思うと微笑ましい限りです。

そして残りの時間をパールも気にしている。間に合って欲しいと切に願うのです。


その後も和やかに私たちの茶会は続きました。





この年の年の瀬、パールは体調を崩しました。

もう永くない事は誰もが察していました。いえ、良くぞ此処までその時を紡いだとすら思うのです。

彼女の前年に勤めに入り目覚めた聖女リーリア様は目覚めの後一月程で誘われたと伝わりますもの…


教会の奥の間には彼女と交友のあった人々が日々列を成しておりました。さながら学園の同窓会のようで、パールも楽しんでいる様子でした。




年明け、やっとアナ様が此方へと到着されました。パールの従姉妹である隣国の大商会会長夫人を伴って来て下さいました。シアもそれを待ち、ユーナも手ずから仕上げたドレスを持参して駆け付けてくれました。


あの涙の別れから待ち侘びた私達の再会は、感涙と歓喜に包まれたものとなりました。



そして私達との再会を宿命とするようにパールは再会の翌日に女神の元へと誘われたのです。家族ではない私はその場には立ち会う事は叶いませんでしたが、彼女がどれほどに幸せであったのかはその冷たくなった顔に浮かぶ微笑みで見て取れました。そしてその隣には彼女の手を硬く握るアーサー様が横たわっていらっしゃいました。


毒や自害などで無く、時を違わず女神からのお誘いが静かにあったのだといわれれば、なんと羨ましいのだろうと、なんと愛されておいでなのだろうと、自然涙が溢れたのです。


私達は葬儀の始まる前に彼女達との最後の別れに呼ばれました。

彼女の幼馴染は最後の化粧を綺麗に施して下さいました。



未だに少女の様な可憐さと女神の如き慈愛を湛えた彼女に、私は最後の感謝の献花と共に別れを惜しみました。



私は、来世があるのであれば、彼女には苦などなく幸せであって欲しいと切に女神様へと乞い願う。


彼女は今やっと今世の数奇な運命から解き放たれ、愛する人と共に自由の空へと羽ばたいたのだから。




外伝 完


と言うわけで、シャーシャの物語も終幕となります。

データが飛んだ時には焦りましたし、やる気もなくなりかけましたけれど、なんとか形になりました!


次は主人公スピカの祖母の若かりし日の後悔を書きたいなと思っております。


書籍の第3巻の表紙はスピカとステラのツーショットとなります。間も無く皆様の目にも届くかと思いますので楽しみにお待ちください。

新作は亀の歩みでちょっとずつ進めております。



早いところではもう梅雨入りですね!気鬱になりやすい時期ですので頑張りましょう!



佐藤真白

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― 新着の感想 ―
いっきに読ませて頂きました ステラが登場してからは昔観た鬱映画「ダンサー・イン・ザ・ダーク」を思い出しながら読みました あの映画と違って最後に救いがあったのが凄く良かったです 何度も読み返すであろうと…
 データが飛んだのは終わりがない終わりをパソコンが望んだからかもしれない!
投稿ありがとうございます。 最後の眠りはふたりで。 本当は悲しむべきなのでしょうが、死すらふたりを分てなかったことが、そのシーンをこうして描き出して下さったことが、どうしようもなくうれしい。 デー…
感想一覧
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