外伝 シャリーシャの物語 ー支える者ー
「本当の娘が帰ってきたので養女の私は消えることにしました 第1巻ー幸せな過去と結界の乙女ー」各サイト様にて発売中
「本当の娘が帰ってきたので養女の私は消えることにしました 第2巻ー初恋とデビュタントーコミックシーモア様より先行配信中となっております。
誤字脱字のご報告感謝申し上げます。
―コロイド卿の恋慕―
私はコロイド侯爵家当主である。家督を継いだのは私が18…成人になった年だ。
我が家は代々武人の家門だ。
先代である伯父は武に生きる余り、伯母上を蔑ろにして武者修行に明け暮れ子を設けなかった。
そんなんだから腕っぷしや武人として尊敬は出来ても貴族家当主として、男としては微妙な人だった。
私がそんな伯父上の後継として指名を受けたのは 12歳の時だった。
幼い私は伯父上の武人の面しか見ておらず、憧れの伯父から認められた事が嬉しくて、一層自分の技量を磨かねばと励んだ。
更には伯父上にならって、強いと評判の武人の元へと稽古をつけてもらうべく道場破りのような事を学園時代は繰り返し行っていた。
15歳の夏に辺境伯の子供が神童らしいとの話が伯父から流れてきた。何でも剣術や杖術、馬術に弓術までを僅か五歳で修め大人でも苦戦する軍揮盤では自在に盤上を翻弄するのだと伯父からは鼻息荒く語られた。実に惜しい人材だと嘆いていた。
取り立てて中央軍役をにでも就かせれば良いのにと思っていたが、伯父は会えば分かると意味深だった。
私は伯父の言っている意味が解らぬままに夏の休暇を利用してマール辺境伯領へと向かった。どれ程の強者かと胸を躍らせながら長い馬旅をした。
期待の中マール辺境伯領に着いて、神童と剣を交えたいと言えば、辺境伯には手を抜くなよとニヤリと意味深に笑われた。
そして修練場で渡された赤い腕輪をはめ、得意の大剣を手入れしながらまてば、現れたのは少しばかり泣きっ面の少女だった。
亜麻色の髪を一つに纏めて、防具は辺境伯領の軍で使われている物をより簡素にしたような胸当てと膝当てに額当てと、帝国の正規軍よりもかなり軽装だ。腰には身長に合わせた長剣と短剣がさげられている。
模擬戦とはいえ本気の試合を望んで来た私は金属製の重鎧だった。
馬鹿にされている訳ではないだろう。
よく見れば彼女の目鼻立ちは先ほど面会した辺境伯や学園で共に学ぶ辺境伯令息と近しいものを感じる。
きっと彼女は伯の身内で伝令か何かだと思って私は声を掛けた。
「お嬢さん、私はここで人を待っているのだが、何か御用ですか?」
「はい…えっと…マール辺境伯が娘、シャリーシャと申します。本日は父よりトーマス様とお手合わせを仰せつかって参りました。どうぞお胸をお貸しください」
そう言って礼儀正しく頭を下げる彼女に、私は正直戸惑った。
私は軍職を目指す青年だ。身長も大人と変わらないし、技量も腕力にも、自信がある。対して目の前の少女は身長こそ多分同年代ではお大きい方だろうが私からすれば小さくて細い。薙ぎ払えば吹き飛んでしまいそうな不安さえあるというのに。
少女は私の不安などいつもの事のように、勝負の勝敗について語り始める。
「あのっ…勝負は一本勝負でよろしいでしょうか?その場合、使用の武具は刃を潰したものであれば飛道具以外の全てが認められています。相手が参ったと言うか急所に2発以上の寸止めが認められた場合、または背中全面が地面についた場合となりますが…いかがでしょうか?」
私は戸惑いながらも了承し構えた。どう手加減すれば良いかと思いながら始まった試合は10秒で決着がついていた。
誘うように大きく振りかぶった私の懐に一瞬で少女は入り込み切り上げる刃の切先を私はギリギリで回避した。そして私の足に重い足払いがかけられる。
いきなり体勢が崩れたが踏み止まる。その隙に私の喉元には切先が鋭く当てられていた。
「…参った…」
私は素直に剣から手を離し手を挙げた。
年端もゆかぬ少女の剣とは思えぬ程の練度の剣技に私は手も足も出なかったのだ。剣を振るった彼女は猛禽類のように瞳孔鋭く、肉食獣のようにしなやかで、彼女の剣筋は蝶が舞うように美しかった。
私はこの可憐な少女に戦乙女を重ねた。彼女の背中には翼があるに違いない。彼女の戦功の後に残った魂はヴァルハラに運ばれるのではないかと思い、高揚した。負けたというのにこんな気持ちになるのは初めてだった。
そんなんで惚けている私に彼女は考察試合をしてきた。考察試合とは模擬戦の内容についてのディベートのようなものだ。
「ありがとうございました。トーマス様の剣術は帝国剣術のコロイド派ですか?私本流のコロイド派の剣技は初めてなので、本で読んだ知識で間違っていたらごめんなさい。でも、本でもあったのですが、大きな振りかぶりは相手を威嚇するのには十分ですね!でも、手加減されたにしてもトーマス様の動きは単調で大きすぎます。あまり一対多勢の試合をされていないのではないでしょうか?動きに無駄な間があったように思ったのですが…もしかしてそれはコロイド派の得意とする隙の間というものでしょうか?」
私は一太刀振りかぶっただけなのに流派や癖まで読まれていた事には驚いた。しかしそれと同時に同じ熱量で武芸を語れる喜びがあった。少し面食らって反応が遅れた私に彼女はその後恥ずかしくなったのか顔を真っ赤にして「不躾で申し訳ございません」と小さくなったのだが、その様と先程までの武人としてのギャップには自然と笑みが溢れた。
その後私は何度も彼女に挑んだ!最初の油断もなく挑んだが全ていなされた。
長剣も短剣も弓も棍も杖も軍揮盤も全て綺麗に負かされた。
腹も立たないほど清々しく彼女の才に感服した。
人を負かして悦に浸る事も彼女はなく、謙虚に相手の怪我がないかなどを聞いてくる優しい心根にさらに心惹かれた。
普段の彼女は修練場のそれとは全く違って警戒心の強い草食獣…一角兎や月夜鼠のようだった。どちらかと言えば彼女の本質はこちらなのだろうと好ましく見ていた。
その夏は長いはずの休暇はあっという間に過ぎ去っていた。
翌年も私はマール辺境伯領を目指した。
そして去年よりもしなやかさを増した彼女に打ち負かされた。
そして決心した。私はこの少女と生涯を共にありたい。彼女の最も近くで彼女の才能を支えたい。彼女の強さに、美しさに私は恋焦がれ求婚を決意した。
最初の年はマール辺境伯本人から「儂を倒せぬような輩に大事な娘はやらん」と突っぱねられた。模擬戦ではあと一歩及ばなかった。
だが力は示せたのか、手紙のやり取りの許可はおりた。
私は慣れぬ筆を必死に動かし、彼女の心を射止めようと必死になった。
私が成人目前、翌年に家督を継ぐことが決まった年にやっとマール辺境伯に一太刀入れる事が出来た。
更に翌年、私の家督相続を期にやっと婚約の許可をもぎ取った。しかし、彼女は自分の才能に蓋をしてしまった後だった。何と勿体無い…彼女程の才ならば後は大将か軍師にもなり得ただろうに…。
若干の寂しさはあった。しかし、それでも良いから彼女の傍に私はありたかった。対外的には政略結婚と見られるかもしれない。歳の差もあるし、家門が家門だ。それは甘んじて受けよう。ロリコンの誹りも致し方ない。しかし彼女の強き美しさに惚れた弱みだ。
彼女は立派な淑女となるべく、剣を置き励んだ。そして美しい女性へと成長していった。デビューは皇室主催で皇女殿下とも親しく、皇室へ望まれる令嬢方とも交友が深い。しかし彼女達は我が婚約者の本当の美しさを知らないのだろう。それは残念だが、その反面優越感があった。
彼女が学生としての青春を謳歌する際には、差し出口で彼女の交友関係にまで首を突っ込んでしまった。彼女のためと言いつつ、その本質を見抜けずにいた自分が情け無い。
彼女の方が何倍も人を見ていた事を失念していた自分を恥じた。
彼女は自分の近くには自分の信じた人しか置かない程に慎重であった。何よりも、私に逢えない程に学生生活が楽しそうだった事に嫉妬していたのかもしれぬ。
そんな狭心の私を導いてくれたのは、やはり彼女とその親友だった。我が主人と仰ぐ王子殿下までもが彼女に力を貸した。全く見事な差配で私はやはり彼女には敵わぬのだと破顔した。
彼女が成人の年、転機が訪れた。彼女の親友である令嬢が結界の乙女として比類なき偉業を成し遂げたのだ。それに感化されたように我が婚約者も動き始めた。まるで今まで自分で作った殻から出る事を躊躇っていた蛹の如くその変化は凄まじかった。
本来六年掛かる勉学も一年で修めてみせた。剣技も以前と変わらぬか、更に鋭さを増した。
思慮深さと心理戦も学び軍揮盤では同年代に勝てる者はあっという間にいなくなった。
馬鹿げた軍職のお偉い殿に横槍を入れられて最初は実力よりも低い配属となってしまっていたが腐る事なく職務をこなしていた。
彼女が成人を迎えて三年後に我々は入籍した。やっと彼女が自分の腕におさまってくれた事が本当に嬉しかった。だが、それ以上に今の彼女が伸び伸びと仕事に励んでいる事が嬉しかった。
彼女は力では男に敵わないと言っているが、彼女はそれを技術とセンスで打ち負かす。何より彼女の頭の中では何手先までの軍術がよまれているのかわからない。
私は彼女のための鉾であろうと思う。それと同時に一生を守る盾であろうとも思う。
輝き出した彼女の才が今一度曇らないように。
―老師と軍揮盤の乙女―
「5-9弩弓成で投石機、5-10 4-10 駒消しです。そして6-10井戸潰しです」
ふむ…これは面白い。相も変わらず中々に見所がある手を打つ若人よな…。
盤上には無数の駒が点在する。
その一つ一つは何の因果性も見えないように見えて無数に細い糸で繋がっておる。
儂は静かに自陣の駒を動かす。
相手である令嬢は長考に入る。
静かながらに熱い戦いが盤では繰り広げられている。
彼女の白い指が思わぬ駒を弾く。
ふむ…誘っておる。彼女の手は堅実ながら時折好戦的だ。だがそれも良い。守りに徹するだけでなく攻撃も防御の構えと理解しての事。実に好ましい。
しかし、詰めが甘い。
儂が切り札の駒をきる。
数手先、彼女の手が止まる。
一瞬彼女の瞳が見開かれ、そして静かに閉じられる。
「参りました。元帥閣下にはまだまだ敵いませんね。精進致します」
実に悔しそうに彼女は苦笑する。
単に年の功。年寄りの悪知恵と意地ではあっても今日も白星を拾えたことに密かにホッと胸を撫で下ろす。
この潔さも好ましい。そして数手先までしっかりと読みきる力が素晴らしい。
婚約者が決まっていなければ儂の孫を紹介したいと何度思った事か。
もっとも孫は「女だてらに剣を握るような女は嫌です!」などと馬鹿げた事を抜かしておった。そのような奴には全くもって彼女は勿体無い。儂があと50年若ければと何度思った事か。
我が孫とは思いたくない程に周りも先も見透す力の弱さには呆れ果てる。孫の頑なさの原因が彼女に軍揮盤でも学園の実習でも負けた事が根底にあるそうだが、何と小さい器の男に育ってしまったのだ…そればっかりは儂でも読みきることはできなんだ。
彼女こと、シャリーシャ中佐は真に天賦の才溢れる才女である。儂も幼き頃の彼女の噂を聞き付け、一戦手合わせを願い出た。まだまだデビュー前の子供に当時ですら軍師としての職を預かる儂が綱渡りの戦を強いられた。それ程までに彼女の才は光っておった。侮って駒落ちで勝負したのがそもそもの間違いじゃった。
その力を国の為と軍職に志願してくれたのは国にとっても両手をあげて歓迎すべき事のはずじゃった。
しかし国の…いや軍の者達の頭の固い事固い事…。彼女の才は素晴らしいと誰もが認めている。だと言うのに女性であるというただ一点でそれらを全て否定しようとする。世界の半数は女性である。才能など、男にばかりあるはずも無かろうに、全くもって愚かしい者達ばかりだ。
そんな者達でも軍の要職にあるので、この中だけでは発言権があるのが何ともバカバカしい。
全く、今彼女を重用するなと言っている奴らのうちの何人が彼女を負かすことができるのかと言ってやりたくなる。
いや、実際に彼女の婚約者と一緒になって言ってやった事もある。
大概そんなつもりは無かっただの、女性に剣を向けるなど騎士道に反するだのと言い訳て逃げるような奴らであったのが尚情け無い。
そんな奴らに比べれば彼女の婚約者…あと1週間もしたら夫へと変わる、コロイド卿の懐の深さよ…
剣技の腕もたつ彼ですら彼女には敵わないと笑って見せる。自身の親戚筋に当たる彼が彼女を見初めた事は一族の誇りだと思える程に素晴らしい。
全く2人の爪の垢を煎じて馬鹿孫や血筋だけで軍属についている頭の硬い古参貴族共に飲ませてやりたいもんだわ。
昔程今の帝国で軍は重要視されてはおらん。元々結界の護りによって平和を甘受していた国柄か、剣技も実戦より型を重視する風潮があった。そして大聖女様の業績のおかげもあって辺境の地は安定し、軍はその力が今大きく削がれたに等しい。軍を必要としないのは本来尊きことだが、そう綺麗事では国は成り立たぬ。治安維持や要人の警護、有事の際の人員として一定数は必ず確保しなければならないし、我らが居るからこそ回る経済の流れもあるのだ。
それを過信してか昔からの馬鹿共は、既得権益に胡座をかき、昔からある今がこの先も続くと信じておる。
この先帝国の軍は縮小していくだろう。平和な世にあっては軍など巨大な胃袋…飯喰らいの金食い虫でしかなくなる。そうなれば減らされるのは人員となるのは必然だ。そんな事も判らぬ愚か者共をまとめ上げるのは中々に骨が折れる。
人員が減らされる未来が見えているのならば優秀な人材を囲い込むのもまた必然。
それに今後は女性騎士も増えていくだろう。結界の中は比較的安全である。そうであれば要人警護が主軸となる。要人も男女それぞれいるが、同性の騎士を望まれる事も多い。今よりも多くの女性騎士を登用する事になるはずだ。
その時にこそシャリーシャ中佐の様な者が先達として先陣を切っていて欲しい。
儂はそう思う。その先の未来が明るい物であって欲しい。国にとっても、彼女にとっても。
そんな思いで儂は彼女を重用し、庇い続けよう。
もっとも儂の羽の下から彼女ならばすぐに巣立ってじまうじゃろうがな。
一時でも儂の羽の下にいた事を儂は誇りに思いながら残りの人生を過ごすのだろう。
そのためにも今は碌でもない連中の口を噤ませる事から始めよう。それが儂の軍師としての最後の改革となるだろう。そして彼女を鍛えよう。あと数手先を読む力と搦手の使い方、意地の悪い戦術まで儂の伝えられる物は全て譲ろう。
この一手の先の未来が見れんのが残念じゃが、そう読み違えもあるまいよ。
白い豊かな髭を蓄えた老師は目の前の乙女の未来を思い目を細めた。
お読みいただきありがとうございます。
コロイド卿と元帥のこぼれ話となりました。
コロイド卿は何となくジルとの対比のつもりで書いてみました。
自分の心を捧げたいと思える相手を支えて正面から守ろうとするコロイド卿と、自身の心を捧げるために相手を裏から堕として穢そうとするジル的なイメージです。
結果何方が幸せかなんて言うまでもありませんよね。
次週、シャリーシャとスピカの再会の話を書いて外伝は一度終了の予定です。
その後皇后のこぼれ話やサブロザ夫人の過去話を投稿したいなと考えております。
あとは別な物語もとぼちぼち書き始めたいなとは思っております。
今後とも宜しくお願いします。




