外伝 シャリーシャの物語3 ー出会いと別れとそれからとー
本日5月25日からコミックシーモア様から「本当の娘が帰ってきたので養女の私は帰ることにしました 第2巻ー初恋とデビュタントー」が先行配信となりました。今後ともよろしくお願い致します。
マール辺境伯領ので暮らしていた私が帝都に来たのは片手で数える程度しかありませんでした。
大きくなれば帝都の学園に通うのだとは知っていても、それは現実味のない夢物語の様に感じながら帝都のタウンハウスへと私は引っ越したのです。
そこでは貴族令嬢としてのおさらいをお母様にしていただきながら、デビューに向けた準備や人脈作りなどもしなければならないと言われ、私は内心不安でしょうがありませんでした。
ダンスなどは剣舞と通じるところがあったので頑張れました。でも、パートナーを伴ってというのには慣れません。何度となく婚約者となられたトーマス様が練習のお相手として屋敷に足を運んで下さったものの、その足を何度踏んでしまったのかは恥ずかしくて思い出したくもありません。
それに、マナーに関しては今まで蔑ろにしてきたツケが回ったようで、私は毎日自分の不出来さに枕を濡らしたほどです。
そんな帝都生活から少しして、私も初めてお茶会へと招待を受けました。お母様と共に向かったのは大兄様の婚約者であるリュシュエーラ様のお屋敷です。来年の秋にはリュシュエーラ様は大兄様とご結婚のご予定です。お相手であるリュシュエーラ様は侯爵家の高位貴族ご令嬢で、私の7つ上の方です。お会いするのは婚約式以来となる為如何してもドキドキしてしまいました。
「マール辺境伯夫人、シャリーシャ様、ようこそ帝都へ。そして我が家へ。お二人を歓迎いたしますわ。私の事はどうぞリュシーとお呼び下さいませ。お二人を歓迎する為に私のお母様も、私もお友達をお呼びしましたのよ」
「ええ、ありがと御座います。私達もリュシー嬢とお会い出来るのを楽しみにしておりましたのよ」
和やかに挨拶を交わす2人を私はお母様の陰から緊張で何も言えずに見ておりました。
お会いしたら何を話そうかと考えていたのに、緊張で頭が真っ白になってしまったのです。
「まったくこの子ったら…家では社交の機会が少なかったものだから緊張しているみたいだわ。リュシー嬢、娘をお頼みしても大丈夫かしら…?」
「勿論ですわ、辺境伯夫人」
「来年には娘になるんですもの、お義母様でも良いですわよ」
「はい、ではお義母様」
情け無くもそんな風に2人の話は私を置き去りです。いいえ、私が輪に入れなかっただけなのですけれど…
そこからはお母様はリュシー様のお母様や、そのご友人達との社交の茶会へ、私とリュシー様は少女達だけの茶会へと別れました。
案内された先は華やかな調度品の並ぶ一室で、既に他のお客様方は席に着いておられました。目の前には下は10歳程から上は成人を迎えた頃位の年齢の綺麗なご令嬢方が15人ほどいらっしゃいました。
全ての人の目が私の方へと向いていることに足がすくみます。
これが一対多勢の模擬戦ならばここまで緊張もしなかったでしょう。
「皆様、お待たせいたしました。来年から私の大切な家族となる方をご紹介させて下さいませ。マール辺境伯領のシャリーシャ様ですわ。来年から学園へと通う為に最近帝都へといらっしゃったばかりなので、皆様お力になってあげて頂きたいわ」
そう言ってリュシー様は私の背を押して下さいました。
緊張しながらも私は自己紹介をいたします。
「えっと…リュシー様よりご紹介いただきました、マール辺境伯爵が娘、シャリーシャと申します。どうぞよろしくお願いします」
皆様笑顔で「よろしく」と返してくださいました。
その後それぞれのお名前やお家を紹介されました。
1番家格が上なのは私の一つ年上だというミッツバーグ公爵家のパトリシア様、他にも大領地アイエンベルン侯爵家のイザベラ様、同じく大領地エメンタール伯爵家のスピカ様に、宰相閣下の御令孫であるオリビア様と錚々たる御家のご令嬢方に私は萎縮してしまいました。
そんな私に皆様優しくお声がけ下さるのですがなかなか上手く私はお応え出来ません。
「マール辺境伯領ではどのようなお茶を好まれますの?」
「えっと、マールではマンテ草を乾燥させて作るマンテ茶が好まれます」
「まぁ、草を乾燥させてお茶にするのですね!」
私はお茶の茶葉の種類が分からず、帝都ではマンテ茶の様な草茶は無いのかと恥ずかしくなりました。まるで「田舎では茶を知らないのね。田舎者は草を煎じて呑むのかしら」と言われた様な恥ずかしさを感じてしまいました。思わず俯く私に場の空気は一瞬重くなります。
「シャリーシャ様のお召しのドレスは帝都で見慣れないデザインが施されておりますわね。辺境では流行なのかしら?」
流れを変える様に公爵令嬢から声をかけられました。
「えっ…いえ、これは祖母が刺繍をして下さったのです。母方の祖母の一族に伝わる柄なのだそうです」
「まぁ、代々伝わる図案だなんて素敵ね。一族という事はお祖母様は結界の外の部族のご出身なのね」
私は「はい」と答えながらも帝都には少数部族の出身は少ない事を思い出しました。もしかしたら部族の血が入っているのだと蔑まれたのかも知れないと勘繰りました。私は部族の血が入っている事を誇りに思っていたはずですのに…。
「シャリーシャ様は何がお得意なの?私は刺繍と音楽を少々嗜んでおりますのよ。もし興味があれば是非私のサロンでご一緒しませんこと?」
またも答えに詰まる私に別のご令嬢が声を掛けて下さいます。
「あの、お誘いありがとう御座います。刺繍でしたら、ご一緒させて下さい。私は家では遠駆けや護身術などを嗜んでおりました。後は軍揮盤を少々…皆様は何か武芸などはされておりますの?」
「まぁ、それでは今度招待状をお送りしますわね。私も乗馬は少々嗜んでおりますが、シャリーシャ様もだなんて嬉しいですわ。武芸程ではありませんけれど、護身術程度でしたら少し習ったことが御座いますわ」
「えぇ、私達の家は高位貴族ですから、誘拐事件などに備えて縄抜けや伴侶の盾となるべく人の急所と言うのは教わりますわね」
「それにしても、シャリーシャ様は軍揮盤を指せるのですね。あれは男性の嗜みでしょう?私には難しくて、お父様やお兄様が遊んでいるのを見ていても如何なっているのか理解するのがやっとですわ」
キャッキャと笑い合う皆様を横目に私は曖昧に笑います。本当は毎日鍛錬に明け暮れていたなどとはなんだか恥ずかしくて言えませんでした。ティーカップを握る彼女達の手は傷どころか日焼けの痕すらなく、話を聞く限りでも剣など握った事もなさそうだったのですもの…。それに面と向かって男の嗜みをやるのかと非難された心地でした。
「それにしてもシャリーシャ様は背が高くあられるのね。私は小さくて婚約者の方との釣り合いが取れないから羨ましいですわ」
「両親が長身ですので…」
「たしかに、お兄様方も長身でいらしましたものね。リュシー様の婚約者のエドゥアルト様は学園の士官科でも1、2を競う人気でしたわね」
この時の私は随分と物事を卑屈に考えておりました。
皆様の洗練された雰囲気にのまれ、自分が田舎者であることが恥ずかしかった。
帝都の事も貴族の事も何も知らないのだと小さくなるばかりで、知ろうとすらしていなかった。
貴族令嬢として何一つ満足に出来ていない事も恥ずかしくて、後ろ向きな気持ちになっていたのです。
「まぁ、皆様、少し落ち着きましょう?シャリーシャ様が困ってしまわれているわ。まだ時間はあるのですし、ゆっくりお話をお聞きいたしましょう?」
斜向かいに座るヘーゼルカラーの髪が美しい令嬢が気遣ってか助け舟を出してくださいました。
私はありがたいと同時に申し訳なくて、そしてご令嬢の名前が思い出せず口を空いては音を出せずにおりますと、ご令嬢はニコリとその榛色の瞳を細められました。
「エメンタール伯爵家のスピカと申します。私も来年から学園へ入学ですの。どうぞよろしくお願いしますわ」
「まぁ、そうなのですね。ご丁寧に、ありがとう御座います…」
恥ずかしさで消え入りそうになりながら答えれば、スピカ様は優しく微笑んで下さいました。
これがスピカ様との初めての会話となりました。
よくよく考えてみれば辺境から来た私を皆様気遣って下さっていたのにその優しさに気付く余裕はこの時の私にはありませんでした。
本来辺境伯領から来たばかりの私を歓迎し、顔繋ぎの場としてお義姉様が用意して下さった折角の機会を私は少しばかり苦い気持ちのままに退席いたしました。
あの茶会から貴族令嬢としての教育不足の不安は元来の私の引っ込み思案な性格に拍車をかけました。
同年代の女性としてはやや高めの身長も、今までは剣や槍の取り回しがしやすいと喜んでいたのに何だか恥ずかしくなって背は丸めて歩くようになりました。
だって、結界内の貴族令嬢方は皆さん人形のように愛らしく、とても動きづらいドレスも着こなされるし、私のように身長ばかりあってメリハリのない身体付きのご婦人は少なくて…私は自分が貧相に見えているのではないかと思えてしまったのですもの…。
それにお茶をご一緒した令嬢方の中で剣や槍を嗜んでいた方はいらっしゃいませんでした。自分の常識が常識で無かった事から、私は自分に自信がもてない、不安定な心持ちのまま、遅れに遅れた貴族女性の教育を詰め込んだのです。
しかし、元々ハキハキと喋る事も苦手な私はその後に呼ばれた茶会などが場違いに思えて、オドオドと対応してしまいました。
そうすれば、皇室からデビューの話がかかっていると知っている方たちからは失笑が漏れ聞こえてきて、私は一層小さくなってしまいました。
そんな私を救って下さったのは同じデビューの仲間でした。
アナ殿下には自信を、シア公女様からは気品を、パールからはマナーを、ユーナからは癒しを貰いながら切磋琢磨したあの時は本当に私の宝物で、掛け替えのない時間でした。
婚約者となったコロイド卿との距離も近づきました。彼は私が馬に乗る事も、武具を握る事も許して下さいました。時には軍揮盤までお相手して下さいました。
「貴女は貴女のまま、貴女のしたい事をされれば良い。私はそれを支えたい」
そう言ってありのままを受け入れてもらえる事で私は少しずつ自分を取り戻して行ったのかも知れません。
デビューの同期の中ででは同級生であるパールとは親友と呼べるほどの仲になりました。彼女から学ぶ事は多かったし、支えられる事も支える事もありました。私が帝国貴族とし見えているのならその基礎は彼女から教わったと言って良い程に彼女は完璧な令嬢でした。
帝国貴族令嬢としては珍しく軍揮盤を嗜んでいた事も私には嬉しいとこでした。彼女は「お忘れかも知れませんけれど、我が家も軍がありましてよ?もっぱら軍揮盤は海の地形のボードでしたけれどね」と微笑まれた事にも救われたのです。そこに国を護る一族の誇りが見えたんですもの。
だから…彼女があんなにも大好きだった家族から蔑ろにされ、傷付き涙する様が痛々しかった。何故こんなにも彼女を苦しめるのかと、憤った夜が何度あった事か…。
そして私には何も出来ぬうちに彼女は彼女の行く末を決めてしまった。
その話を聞いた夜は2人で朝まで泣きながら語らったものです。
彼女の最後の社交は彼女を守るべく、彼女の傍におりました。
パールの心の何と気高く崇高な事…。彼女が眩しくて、美しくて、それと同時に憐れで。
共に流した涙の絆は一生忘れ得ぬ楔となりました。
それと同時に私の幼き日の夢も思い出させてくれたのです。
深く己と向き合う事を教えてくれたのです。
彼女の旅立ちの翌日には彼女の家から彼女の行方を知らないかとの手紙が届きました。私は今さらと思いつつ、我が家には彼女は居ない事実のみを繰り返しお伝えしました。それと時を同じくして、婚約者のトーマス様と話を致しました。
「トーマス様、とても勝手なのは承知しております。ですが、どうか私との婚約を破棄して頂けませんか?」
彼は驚きつつ理由を尋ねられました。
「何故ですが?私が貴女の大切な友人の尊厳を守れなかったからですか⁈それとも私に至らぬ点があったのですか⁈」
私は首を横に振ります。
「いいえ、トーマス様がパールの名誉を守るために尽力していた事は私が誰より知っております。私にはトーマス様は勿体無いほどの殿方です。私は今からでもパールのように国を護る者になりたいと思ったのです」
「まさか君まで結界の乙女になる気なのか⁉︎」
ガタリと椅子を倒さんばかりに立ち上がる彼に私は落ち着いて下さいと手で制し、言葉を紡ぎました。
「いぇ、違うのです!私は、今から軍を目指そうと思うのです。軍を目指し、国を護る御役目に就きたいと、幼い頃の夢を叶えようと思ったのです。そんな風変わりな女はトーマス様には相応しくありません…ですから…」
そう言い切る前に私はトーマス様に両手を握り込まれておりました。
「良いじゃないか!私は全面的に協力する!君の才能を今こそ示すべきだ‼︎」
私は婚約者からの思っても見ない応援に背中を押される形で軍役を目指す事になったのです。
それは平坦な道な道のりではありませんでした。
驚いた事に、あまりにも突飛な申し出だったにも関わらず、実家からは応援するとの知らせがありました。
私は新学期に合わせて、先ずは長く動かしていなかった体を慣らすことから始めした。
その後、夏休みが終わり次第、私は騎士科と士官科を選択し編入致しました。最終学年でまさかの二学科同時受講は教師陣でさえ大丈夫かとお声がけくださる程に異例でした。実技は感を取り戻すのに2週間もかかってしまいましたが、基礎はどちらも同じでしたから座学では最終学年でもトップの成績を前期には納めました。
そのやっかみで演習では集団戦なども挑まれましたが、技量と戦術で黙らせました。案外私は強かったのだと気付いたのはこの辺りでしょう。よく考えれば猛者揃いの辺境領で腕試しを挑まれていたのですから、弱いはずなどなかったのです。実技は実家の演習の方が実践的な分学園の生徒との体験は児戯のようにも感じた為、途中からは軍直轄の予備隊へと志願し、休日はそちらで武者修行を重ねました。
僅か一年で全ての学園での騎士科と士官科の課程を修めたものの、様々な方面から前例が無いと言われてしまいました。更には学園での習業時間の短さから上級士官ではなく下級士官からのスタートとなりました。学園主席での卒業でその扱いは異例の事でしたが、私という存在自体が異例だったので仕方ないと私は納得していたのです。しかし、それは異例ではなく異常だとトーマス様が憤って下さったのが私はことの他嬉しいことでした。
パールの結界の乙女就任から軍の在り方も変転の時を迎えました。
結界の書き換えによって国全土が覆われた事で多くの賊が討伐され、辺境の地も安全に行き来できる土台が整いました。
それとは反対に国境沿いは以前よりも強い緊張状態となったのです。
特に多くの間者を入れていた南部の国境は間者を討伐された挙句に侵略されるのではないかとの疑心暗鬼から一触即発の緊急事態となっていたのです。
まぁ、結界に内包された辺境は一様に侵略される事はないとの安堵に包まれており、その温度差がよりこの問題をまた難しいものとしていたのですけれど…。
その頃からでしょう。軍の中では力と共に知略が一層重要視され始めたのは…。
私はといえば、最初のやっかみなどもありましたが近衛の女性騎士団に配属され、第二皇女殿下の護衛を仰せつかりました。
そして暫くして私は軍の中で定期的に開催される軍揮盤の大会の常連となっていました。
そこで私は元帥閣下に目を掛けてもらい、参謀本部就きとなる躍進を遂げたのです。しかし大きな功績もない私がその地位につく事を良しとしない方々は多く、色々揉めました。
しかしそれを旦那様となったトーマス様や私を目に掛けてくださる元帥閣下は庇って下さいました。
「軍揮盤でも実戦形式の模擬戦でもよい。一度でもシャリーシャ少佐を負かしてから物は言うのだな」
元帥閣下はそんな風に鼻で笑われていました。
私が子を身籠った時にはこれだから女はなどと言う輩もおりましたが、トーマス様がしっかりと締め上げて下さっていました。
「男は出産の痛みにすら耐えられずに死ぬと聞く。そのような闘いも知らぬ者が神秘を冒涜するなど嘆かわしい。更には貴殿が馬鹿にした女性こそこの国結界の要ぞ?まさか忘れたわけでもあるまいに。妻に不満があるのならば私が妻の分、子の分と併せて3人分働こう。それで貴殿らも文句もあるまい」
そう言えば相手は二の句が告げなかったそうです。
子供を育ててつつ私は軍人として、一家の女主人として精一杯に生きました。
それが叶わない親友の分まで私は一生懸命に…。
そのうちに帝国の考え方が少しずつ変わりました。私の立場も変わって行きました。
ドレスよりも軍服が馴染み、軍揮盤でこの国で私と対等に競える者はない程に私の腕が上がった頃、私は帝国陸軍の参謀本部で初めての女性騎士団長となりました。それはこの国の軍師となった事を意味するものです。巷では戦乙女の軍師と呼ばれ、恥ずかしながらに歌劇の題材にまでなってしまいました。
子供達も成長し、家庭を持ちました。孫にも恵まれました。
長男には才覚があるので軍揮盤でくらい負けないようにと必死です。
私は自分のやりたかったこと、夢に描いた事を何一つ取りこぼす事なく叶えることが出来ました。
ただ一つの心残りは親友とその時を歩めなかった事…。
でも、私には希望があります。
最後の彼女とのひと時、その時にこそ私の紡いだ私の物語を彼女に話て聞かせるのです。彼女の守ってくれた私の物語を。
皆様、お読みいただきありがとう御座います。
物語として区切りが良い感じですが、残り2話投稿予定です^ ^
次回はシャーシャの夫であるトーマスの視点でお送りいたします。
そして前書きでも書きました通り、電子書籍の第2巻がコミックシーモア様より先行配信となりました。
また、登場人物の紹介を投稿致しました。
久々に読まれる方や初めての方はどうぞご参考にして下さい。
これも皆様のおかげで御座います。ありがとう御座います。
誤字脱字のご報告も大変有難く、感謝申し上げます。
最近は寒暖差が本当に暴力的ですね…皆様も謎の風邪に負けずに頑張りましょう!




