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シュテルン

 三日ほどかけて森を抜けたら、そう遠くないところにその町はあった。

 小さな町だけど、外壁はしっかりしてるな。まあそれはどこの町も同じだけどさ。ただ、ここの外壁はなんというか……上の方によく分からない黒い何かが設置してあるんだよな。筒のような……なんだあれ?


「あれがシュテルンって町だね!」

「ついにヴァルテン帝国かあ。どんな料理があるか楽しみだな」


 リーファとケイトがどんな料理があるか想像している。レシピ本買いたいけど、懐の余裕あるかな。どうだろう。ちょっと心許ないな。


「ヴァルテン帝国……大丈夫でしょうか」

「ん?」

「イノセンス至上主義の国ですから……エスカさんとケイトさんに何かよくないことが起きるのではないかと思いまして」


 んな不穏なこと言わないでほしいけど、でも確かに怖いよなあ。大丈夫かな。

 ……その不安はすぐに考えすぎではないことが実証される。いつも通り門番にギルド証を差し出した時、それは起きた。

 門番は俺とケイトを指差すと、手を差し出す。


「お前と、お前。合わせて銀貨二十枚だ」

「え?」

「聞こえなかったのか? 銀貨二十枚。さっさと出せ」


 え……っと。どういうことだ? ギルド証があれば通行料はいらないんじゃなかったのか? それともこの町は違う? いや、そもそも俺とケイトだけっていうのが……あ。


「出せないなら失せな。人間様の町に入ろうなんて早いんだよ」


 ……なるほど、イノセンス至上主義ってこういうことか。とことん亜人から搾り取ろうってことだよなあ。出すしかないのか?

 渋々収納鞄に手を伸ばそうとした時、レイスが門番に近づいた。


「勝手なことはやめてもらおうか」

「あ? ……ああ、なるほどね。首輪くらい付けておけよ、紛らわしい」

「通らせてもらうぞ」

「ああ、さっさと行きな」


 何やら理解したらしい門番は、しっしっと手で払った。何だったんだ?

 町の中に入ると、赤やオレンジ屋根の建物が立ち並んでいた。ピュルテ皇国とはまた違った雰囲気だな。

 レイスは俺とケイトを見ると静かに口を開く。


「痛い目を見たくなければ私から離れるな」

「お、おお。なんだったんだ、今の」

「……エスカ、ケイト。ここではお前達二人は私の奴隷ということにさせてもらう」


 ドレイ? ってつまり、なんだ? なんだっけ、なんか聞いたことが……ああ、奴隷? ……奴隷!?


「はあ? なんで俺が……」

「イノセンスの所有物ではない亜人は殺される可能性がある」

「は……」


 なんだよ、それ。そんな酷いことがあっていいのかよ。

 ケイトもリーファも唖然としている。


「首輪を買いに行くぞ。それがあれば殺されることはない。粗相でもしない限りはな」


 レイスはさっさと歩いていく。慌ててついていくと、小ぢんまりした店に入っていった。

 並んでいた首輪から適当に赤い首輪を二つ選び、店員に渡している。


「二百ピアです」


 さっと払ったレイスは、そのまま俺に首輪をつけた。ううん、違和感しかない。

 ケイトにも同じように首輪をつけた彼は、さっさと店を出て行った。隣に並ぶと「一歩後ろを歩け」と注意された。細かいな。


「これで一先ずは安全なはずだ」

「おお……ありがとう」


 やっぱりこんな国、さっさとダンジョンだけクリアして逃げよう。長居してもいいことなんかないって。

 溜息をつきそうになった時、ダダダッと強い足音が聞こえた。振り向いた瞬間、ドッと腹に衝撃を受ける。


「い゛ッ……」


 吹き飛ばされ、背中を打ち付ける。一体何が起きたんだ? 体を起こすと、同じように起き上がる緑髪の女が目の前にいた。

 ぶつかった? いや、ぶつかったなんてものじゃなかった。え、飛び蹴り? 飛び蹴りされたの、俺? なんで?

 この首輪つけてれば安心なんじゃなかったのかよ。そんな思いをこめてレイスを見上げる。彼は少し驚いているように見えた。想定外だったのか?


「わ、悪口言った! 言っただろ!!」


 緑の長髪をポニーテールにしている女は黒い手袋に包まれた手で俺を指差して叫んだ。

 なに……? こわ……。


「聞いたからな、言った、嘘つきだって言っただろ!! あ、あたしのこと嘘つきだって!!」


 いや、マジで怖いんだけど。なんなのこの人。左の額には黒い稲妻マークのタトゥーが入ってるし、首筋にも黒い縦線のタトゥーが何本も入ってるし、耳はピアスばちばちに開けてるし、目は四白眼だし。

 女は両手で頭を抱えて「嘘じゃない嘘じゃない」とブツブツ繰り返している。ほらもう様子がおかしすぎて通行人も距離取ってるって。


「なんなんだ、こいつ……」


 立ちあがろうとしたところを押さえ込まれる。これ、押し返したりしたら……まずいんだろうなあ。ここでの亜人の立場がどれだけ低いのか、まだなんとなくしか分かってないけど。それでもまずい気がするんだよ。


「それは野良じゃない。首輪がついているのが見えないのか?」


 見かねたレイスが女に近づく。女はぐりんと首を回してレイスを見た。だから怖いって。


「お、おお、お前もあたしに消えてほしいんだろ、そうなんだろ!? なあ、そうなんだろ!?」

「……話が通じないな」


 レイスはメガネを指先で押さえてため息をついた。あ〜、誰かどうにかしてくれないかな。指が肩に食い込んで痛いんだけど。力入れすぎだろ。


 ケイトとリーファがオロオロしている中、オリヴィエが一歩前に出る。そのまま近づこうとしたところを、カナヴィが手で制した。

 カナヴィは俺に近づくと、俺の腰からするりと短剣を抜く。おいおいおい、それはさすがにマズイって!!


「おい、カナヴィ――」


 彼はそれを女に向けることはせず、自分の口元へ寄せた。口を縫い付けているピンクの糸を、ぷつりぷつりと切っていく。全ての糸を切り終えた彼の口は、いつものように笑ってはいなかった。


「ジェーン」


 少し掠れた、低い声が響く。女はバッとカナヴィを見ると、小さな黒い瞳を揺らした。


「……カミサマ?」

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