バッドコミュニケーション
目を覚ますと、リーファが俺の顔を覗き込んでいた。パッと驚いた顔に変わった彼女は、今度はポンッと笑顔になって誰かに声をかけている。相変わらず表情がころころ変わるなあ。
視界の端から、今度はカナヴィが顔を出す。あ、お前目が覚めたんだ。
「調子はどう?」
体を起こして問い掛ければ、彼は目を伏せて視線を逸らす。なんだよ、まだ不調ってことか?
「あの紫の煙、毒だったみたいでさ。一応、お前が寝てる間に解毒薬打ち込んでもらったから、暫く安静にしてれば楽になるぞ。多分な」
カナヴィはスケッチブックを開くと書き込み始めた。先を読んでいるかのように文章を用意してくるコイツだけど、流石にあのドラゴンの登場までは読めなかったみたいだ。あれ、最早災害だもんな。あの青い男はパパッと凍らせてしまったけど。
そういや、結局あの氷漬けドラゴンはどうなるんだろう。放置して溶けたりしないのか? あの大きさだと溶けるのもゆっくりなのかな。
『お前は霧の外に逃げていたと聞いた。なぜわざわざ入ってきた』
「は?」
間髪入れず口に出してしまったのは許してほしい。それだけ呆れてしまったんだ。何言ってるんだ、こいつは。
「そんなの、お前を助けるために決まってるだろ」
オレンジのタレ目が僅かに見開かれる。
いやいや、そんな驚いた顔されてもさ。それ以外の理由でわざわざ飛び込むかって話だろ、まったく。
「お前はリーファの情報をくれた、いわば恩人だ。それに取引もしただろ? そう簡単に見捨てられるかよ」
驚いた顔はだんだん怪訝そうな顔へと変わっていく。なんだよ、その目は。この言葉は本心だぞ。
でも、一つ付け加えるなら……そうだな。
「あのまま見殺しにしてたら寝覚が悪い。だろ?」
カナヴィはフッと小さく息をはくように笑い、スケッチブックにペンを滑らせる。
『馬鹿だろ、お前』
「誰が馬鹿だ誰が」
こいつ……そこはもっと、こう……ありがとうとか何とかあっただろ。結局俺達そろって助けられたわけだから、礼を貰う立場じゃないけどさあ。
まったく、気に食わないヤツだ。でもずっと漂ってた胡散臭さが少しなりを潜めている。どこか違和感を感じていた笑顔が今は自然なものに思えた。
なんだよ、もしかして嬉しいのか? なんて言ったらまた馬鹿にされそうだから言わないけど。
「目覚めたか」
ガチャリと音がしたと思ったら、玄関の方から青髪の男が歩いてきた。
よくよく見てみると、中々いい身なりをしている。水色の長髪は伸ばしっぱなしって感じだけど顔はちゃんと見えるように括られているし。青い布を被せた藍色のケープを留めている菱形の飾りはピカピカに磨かれて明かりを反射し、金色に煌めいている。落ち着いた暗い青紫のローブは重厚感ある生地だ。
それにしても……随分と色白だな。不健康そうな肌の色だ。ずっとこの暗い森に住んでるんだろうか? だとしたら納得だな。
「どこに行ってたんだ? あのドラゴンの所?」
「……お前には関係ない」
「うーん、一応襲われてた身だし関係ないとは言えないんじゃないかな〜とか思ったり思わなかったり……」
じとりと睨まれ、言葉尻が窄まる。そんな目しなくたっていいじゃんか。
男はスッと部屋を横切った。あ、教えてはくれないんだ? そっかあ。
「後処理を行っていた。主に解体と素材の剥ぎ取りだ」
あれ、教えてくれた。そっか、やっぱりあのドラゴンの所に行ってたのか。よかった、溶けてまた大暴れなんてことにはならないんだな。よかった。
ふう、と息をついてソファに背を預ける。ドラゴンに襲われた時は生きた心地がしなかったけど、こうして強い魔術師に助けてもらえるなんて運が良かったなあ。ドラゴンに遭遇した時点で不運な気もしなくはない。
「そろそろ回復しただろう。出ていくといい」
……まあ、その恩人は言葉が冷たいけど。でもなんだかんだ質問に答えてくれたり、ああして助けてくれたわけで、悪い人ではなさそうなんだよな。何より俺達に変な目を向けてこないし。
「なあ、お前ってずっとここで暮らしてるの?」
「……なんだ、急に」
「ちょっと気になってさ。どうなの?」
キッチンで湯を沸かし始めた男は、心底面倒くさそうに口を開いた。今、すっと小さな炎を出してたな。複数の属性が使えるのか、すごいなあ。
「そうだ」
「何して暮らしてるんだ?」
「魔法の研究」
「研究者かあ、すごそうだな! それであんなに凄い魔法が使えたのか」
ふかふかの絨毯の上で転がって大人しくしていたリーファがガバッと体を起こす。
「すっごい魔法だった! おっきなドラゴン、あっというまにカチコチになっちゃったよ〜!」
笑顔だった彼女の顔に、少しの影が落ちる。
「アタシももっと凄い魔法が使えたらなあ……」
「リーファは充分すごいぞ、もっと自信持てって!」
ケイトがリーファの肩をポンと叩く。リーファは「うん……」と小さく頷いたが、自信を持てそうには見えない。
あんなすごい魔法を見せられたら無理もないか。研究をしてるっていうくらいだ、相当の腕の魔術師みたいだし。
「……あ、そうだ」
ふと思いついた俺は、収納鞄から本を取り出した。魔導論学・中級だ。
立ち上がった俺は、男に近づいて本を見せる。
「なあ、これって知ってるか?」
「……馬鹿にしているのか? 基礎中の基礎だろう、それは」
「ははあ〜、さすが研究者。俺なんてちんぷんかんぷんだったのに」
もう全部読み込むのは半ば諦めているくらいだ。ダンジョンで手に入れたものなんだと伝えれば、男は深い溜息をついてメガネを押さえた。
「魔法論学及び類似書籍は遠い昔から世に出回っている。ダンジョンから出た該当書籍がある他、今となっては複製もされているからな」
言外にそんなことも知らなかったのかと言われた気がして、むっと口をつぐむ。ええ、ええ。知らなかったですとも。仕方ないだろ、こちとら記憶年齢十歳だぞ。
男はちらりとこちらを見ると、暫しの沈黙の後に目を伏せて小鍋へと視線を戻した。ぽこぽこと湯が沸騰し始める。
男は窓際に置いてある鉢植えから葉を摘み取ると細かくちぎって小鍋に入れた。あれってマギア草だよな? ポーションでも作るのか?
「それ、マギア草だよな? ポーション作るのか?」
男は少し見開いた目でこっちを見た。なんだ、その信じられないみたいな顔は。
「おーい?」
「……ああ、いや。ポーションを作るわけではない。これは煮出して飲む」
「お茶ってことか? マギア草ってそんな使い方もできるんだな」
今度試してみようかな。少し気になる。
そう思っていると、男は「やめておけ」と呟いた。
「え、なんでだ?」
「……それくらい自分で考えろ」
男はそれっきり黙った。なんとも話しがしづらい人だな。ずっと一人でいるからか?
そんなやや失礼なことを考えながら、理由を考える。うーん、つまりどういうことだ?




