スクロール
ザアア。音を立てて呼吸もできない程の風が吹き荒ぶ。咄嗟に腕を顔の前で交差させる。
何だ? 何が起きている? さっきの声はなんだ?
「他者を救うために死にに行く者がいるとはな」
風が止み、おそるおそる目を開ける。ぼやけた視界の中、青髪の人影が見えた。
何度か瞬きすれば、視界が明瞭になる。長い青髪をポニーテールにしたローブの男が俺達を見下ろしていた。その手には塵になっていく羊皮紙。メガネを指で押さえた彼は、冷ややかな金色の視線を俺達からドラゴンへと向ける。
「性懲りも無く荒らしに来たか、子竜。お前も痛い目を見なければ学ばない愚者というわけだ。竜が聡明な種と呼ばれたのも遥か昔……いやはや、嘆かわしいことだな」
彼は腰の小さな鞄から一枚の丸められた羊皮紙を取り出す。あれは……スクロール、か?
留めていたロープをしゅるりと解く姿は余裕に満ち溢れていて、まるで勝利を確信しているかのようだった。
「一度は見逃してやったというのに、お前の残念な頭脳では人の言葉すら解せなかったか。氷の中で己の運命を悔いるといい――」
広げられたスクロールに描かれた陣が青く輝く。瞬間、急激に辺りの気温が下がった。肌が凍てつく感覚に体が震える。
「アブソリュート・ゼロ」
終わりはあまりにも呆気ないものだった。足を上げたまま白く凍てついたドラゴンは、精巧な氷像のように完全に動きを止める。
「これで終いだ」
ぽつりと呟いた彼は塵となった羊皮紙を払い、一仕事終えたとばかりに立ち去ろうとする。ど、どうしよう。このまま立ち去らせるのはなんだか良くない気がする!
「ま、待ってくれ!」
声をかけると、男は足を止めた。完全に振り返ることはなかったが、僅かに顔をこちらへ向ける。
「あの……その……あ、ありがとう。正直、助かったよ。お前がいなかったら俺達、死んでたかも――」
「最早可能性の話ではない。間違いなくお前達は土の染みになっていたことだろう」
「お、おおう……ハッキリ言うなあ。うん、その通りなんだけどさ」
ぐったりとしているカナヴィに肩を貸す。あ、これダメだ、完全に意識失ってる……ダメ元で頼んでみるか?
「その〜……休める場所って、あるか? こいつを休ませてやりたいんだけど」
「……お前もだ」
「え?」
振り向いた彼は、呆れたように黄色い目を細めている。
「お前も休むべきだと言っている。毒霧を吸い込んでいるのだろう? 自身の体のことだ、把握しておけ馬鹿者」
男は「ついて来い」とだけ言って歩いていく。えっと、休ませてくれるってこと……でいいんだよな? カナヴィをしっかり背負い、彼の後についていく。
リーファ達が心配そうに駆け寄ってきた。
「エスカくん、大丈夫? 代わりにカナヴィさん運ぶよ?」
「いや、大丈夫」
代わりに運ぶって言ってもさあ、こいつ俺より身長高いし俺以外運べないと思うんだよな。そういうわけでお断りだ。
「あの、さ。あのドラゴンってどうなるんだ? ずっとあのまま? っていうか、なんであんなタイミングよく来たんだ?」
「自分が置かれた状況を理解していないようだな」
「えっ、俺ってかなりまずい……?」
男は深い、それはもう深いため息をついた。えっ何? そんな可哀想なものを前にしたかのような反応。
「精々急ぐことだな」
男はさっさと進んでしまう。おい、こっち男一人運んでるんだが?
それでも必死についていくと、大きめの小屋が見えた。土を固めて作ったような見た目だ。あそこがこの人の家なのか? もしかしなくてもこんな森で暮らしてるってこと?
「入れ」
「お、おじゃましまーす……」
小屋の中に入ると、中はとても暖かかった。暖炉で炎がパチパチと踊っている。
リーファとケイトがキョロキョロする中で、オリヴィエが俺達の様子を見てくれようとする。
「並の回復魔法では無駄になるだけだ」
ぴしゃりと言い切られ、オリヴィエは杖を持つ手を引っ込めた。あれだけの技量がある魔術師だ、一旦彼の言葉は信用するべきだろう。それに、俺達のこと助けてくれたし……なんだかんだ言って家まで入れてくれたし。
「丁度、以前作った専用の解毒剤がある。量は……二人分なら足りるだろう。己の運命を喜ぶといい」
男はカチャカチャとよく分からない器具を触っている。あの黄緑色の液体が解毒剤か? 先端に針がついた筒に解毒剤を入れた彼は、蓋をして持ってくると俺の腕を掴んだ。
「動くな」
「え、待って、もしかしてそれ……刺すとか言わない? 言わないよな?」
「喚くな、耳障りだ」
無慈悲にも、針はぶすりと俺の腕に突き刺さった。
「い゛ッ……てぇ!!!!」
「喧しい」
眉をひそめながらも手は止めない。痛い痛い痛い、ぶっすり刺さってる! 刺さってるって!
蓋を押し込むと解毒剤が針を通って腕へと流れ込んでいく。これ、本当に解毒剤なんだよな? 少し不安になってきた。いや、ああまでして助けてくれた彼が今更騙すとは思わないけどさ。
俺の方が終わると、カナヴィにも同じように針をぶっ刺していた。意識ない方が痛くなくてよかったかもな。不幸中の幸いじゃないか? カナヴィよ。
「これで処置は終了だ。一日安静にしていろ、それで終わる」
「おお……どうもありがとう。おかげで助かった」
「休みたければこの部屋を好きに使え。だが、明日には出ていけ。長居されては困る」
男はそう言うと部屋を出ていった。えっ、この部屋好きに使っていいの? かなり広いけど。なんか申し訳ないな。
でも体が怠いのも事実。お言葉に甘えてゆっくり休ませてもらおう。
ソファに横になる。まあ、好きに使えって言ってたし……。
カナヴィが目を覚ますまで、俺も少し眠っておこう。




