グッドコミュニケーション
「というわけで、マギア草のお茶を飲まない方がいい理由選手権をします」
ソファに座った俺は、円になるように座った皆を見た。キッチンの方から何をやっているんだと言わんばかりの視線が届いていることには目をつぶろう。
まっさきに手を挙げたのはリーファだった。
「はーい!」
「はい、リーファさんどうぞ」
「すっごく苦いから!」
バッと振り返る。男は怪訝そうな顔をしている。
「正解? 不正解?」
「……不正解だ」
「だそうでーす」
まだ続けるのかという視線が背中に刺さる。やり始めちゃったからには仕方ないよな。こういうのはノリが大事なんだ、ノリが。
「はいっ!」
「はい、ケイトさん」
「好みが分かれる味だから!」
振り返る。男はため息をついて小さく首を横に振った。不正解か〜。
次はオリヴィエ……じゃなく、カナヴィが手を挙げた。参加するのか。まあいいけど。
「どうぞ、カナヴィさん」
『魔力酔いを起こすから』
振り返る。男は眉をひそめていた。あ、そうか、そこからは見えないよな。
「答えは魔力酔いを起こすから?」
「……そうだ。この程度、少し考えれば分かるだろう」
答えを聞いてからだと確かに分かる。マギア草はポーションの元になるけど、それってマギア草に含まれてる魔力量がすっごく濃いからだ。それが他の効能ある薬草やらなんやらと反応して……相乗効果がどうたらこうたら……。
それはつまり、そのまま煮出してお茶になんてしようものなら魔物の肉を食べた時みたいに魔力酔いを起こすってことだ。なるほどなあ。
「あれ? でもそれをお茶にして飲もうとしてるんだよな? なんで?」
「……それを聞いてどうする」
「どうもしないぞ? ただ気になっただけだ」
男は火を止めると、カップに注ぎ始めた。
「日常的に摂取することで、体内に貯蔵しておける魔力量が増える」
「一度にたくさん魔力を使えるようになるってこと?」
「ああ」
リーファの問いかけに淡々と答えた男は、マギア茶を一口飲んだ。もしかしてずっと飲んでるのか? あんなすごい魔法を使えるのに。それとも研究の一環かな? 相当熱心に取り組んでるみたいだ。
「わたくしもそのお茶を飲めば、より皆さんのお役に立てるでしょうか」
「死ぬ気がないならやめておけ」
死ぬって、んな物騒な。そう思ったけど彼の顔を見る限り冗談ではなさそうだ。え、その方法って死にかねないの? じゃあ平然とした顔で飲んでるお前は何なんだ。
「……死ぬかもしれないものを飲んでるのか?」
「だったら何だ」
「いやいや、何だじゃなくって……え、ツッコミ待ちとかじゃないよな」
男はカップに視線を落としながら呟く。
「許容量を超えて摂取すると最悪の場合死ぬというだけだ。私は日々のルーティンに組み込んでいる。慣れればどうということはない」
「慣れとかの問題なのか……なんかすごいな」
なんというか……うん、プロって感じだ。魔法のことに全力なんだなあ。すごいや。
あ、そうだ。マギア草のお茶に意識を持って行かれたけど、そもそもの目的は魔導論学だ。
できれば……そう、できれば魔法のエキスパートっぽいこの人に分かりやすく教えてもらえないかな〜なんて……思ったりするわけで。
すすすっと近づいた俺を男は訝しげに見てくる。なんかこの人の中で変人認定された気がするのは気のせいか?
「その〜、この魔導論学なんだけど……分からないところがあって……」
無言が痛い。でも、こんな貴重な機会を逃すわけにはいかないしなあ。
「なぜそれを読んでいる?」
「え? えっと、魔法を使いたいから……?」
男は一口お茶を飲んで呟く。
「ならば教えたところで利が薄い。ただ魔法を使いたいのであれば、論理を理解するよりも感覚で覚えた方が容易いからな」
「へえ〜……たしかに読んでて、これ魔法使うために覚えるのはなんか違う気がするなとは思ってた」
なんだ、じゃあこれ読まなくていいのか。途中までだけど一生懸命読んだのになあ。少し肩を落とす。
「……既にお前のパーティには魔法使いがいるように見えるが?」
「アタシ?」
「他に誰がいるというんだ」
きょとんとしていたリーファは苦笑いして頭を掻く。
「アタシはたしかに魔法使いだけど……その、ファイアとすっごく頑張ったファイアとファイアボールっぽい何かしか使えなくて」
「初級を読んで練習してファイアボールみたいなものは使えるようになったんだけど、まだ課題が山積みでさ。どうしようかなって思ってたところで中級を手に入れて、これでまた進めるって思ってたんだけどなあ」
どうしたものかなと思いながら本の背表紙をなぞる。これがいいキッカケになると思ったんだけど、アテが外れちゃったな。
何か、何かいい方法は……うん?
「どうでもいいが、回復したならさっさと出ていけ」
ふと思いついたところで、お茶を飲み終えた男が別の部屋に行こうとした。思わずその背中にしがみつく。
「ッ、おい」
「頼む! 俺達の仲間になってくれないか!?」
男の眉間に皺が寄る。金色の目がかすかに揺れていた。しがみついた俺を振り払おうとしていた手が止まる。
「……何を言っているんだ、お前は」
「いやあ、あのですねえ……俺達、現状じゃちょっと心許なくてさ」
「私が参加する理由が見当たらない。私は世界の理を紐解くことで忙しいんだ」
「頼む、話だけでも聞いてくれ! 忘却ノ迷宮を攻略するのが最終目標なんだ」
ぴくりと男の眉が動く。なんとか承諾してくれないかな。俺達を変な目で見ない、しかもこんなに強くて一人でいる人なんてそうそういない。
正直、今のままじゃ忘却ノ迷宮をクリアできるとは思えない。そのためにはもっと戦力を増強する必要がある。だけど、俺達だけの力じゃどうしたって行き詰まってしまう。
「だから仲間になってくれたらすごく心強いな〜って。もちろん頼りきりになるんじゃなくて、俺達も魔法を使えるように努力する」
「そうそう! アタシたちも頑張るよ!」
「オイラもオイラも!」
「わたくしも尽力いたします」
仲間達が頷きながら続く。どうやらこの男を仲間に入れたいという俺の考えには同意してくれているようだ。いきなり突っ走っちゃったからどうなるかと思ったけど、少なくとも皆は好感触っぽい。カナヴィは正気かコイツって顔してるけど。
男はそっと俺の手を外し、見下ろした。
「忘却ノ迷宮と言ったな。資格はあるのか」
「えっと今は三つのダンジョンをクリアしてヴァルテン帝国にあるダンジョン……極寒ノ淵境を目指しているところなんだ。ランクの方はまだ足りてないけど、極寒ノ淵境を攻略したらランク上げに勤しむつもり」
男は深いため息をつく。ダメか? ダメなのか?
「まだまだだな」
「うっ……残念だけど仕方ないな。資格を得たら改めて来るよ……」
「……その意気は認めてやる。お前達に同行しよう」
「えっ、本当か!?」
男はふいっと顔を背ける。奥に続く部屋の扉を開け、わずかにこちらを振り向いて言葉を紡いだ。
「だが、私とて無駄にできる時間はない。お前達に見込みがないことが明らかになった時……或いはその意思が揺らいだ時には抜けさせてもらう」
「充分だ! ありがとう、本当にありがとう! えっと……名前は?」
「……レイス・クロウス。好きに呼ぶといい」
レイスは扉の向こうへと去っていった。
じわじわと高揚感が湧き上がる。ダメ元で頼んでみたけど、まさか条件付きとはいえ承諾されるとは思わなかった。バッと皆を振り返る。
「やったぞー!!」
「わーい! 仲間が増えたよ!」
「あいつは何が好きなんだろう? 歓迎の印に好きな料理を作ってやらなきゃな!」
「仲良くしていきたいものですね。わたくしの支援魔法にも助言をいただけるでしょうか……?」
各々が新たな仲間への心境を口にする。一人、カナヴィは冷めた目で俺達を見ていた。




