特攻
――言ってしまえば、勢いに任せてやってしまった。この一言に尽きる。
犯罪になるんじゃないかとか、手加減できなかったらどうするんだとか、そんな思考は遥か彼方に飛んでいっていた。
バンッと開いた扉の先は、何の変哲もない普通のレストランだった。清掃が行き届いていて……この時間帯で客が一人もいないことに違和感を覚えるくらいに。
でも、俺を見た従業員がまるで異様な怯え方をしていた。だから分かった。
ああ、当たりだ。
そこからは早かった。他の客はいなかったから、従業員の胸ぐらを掴んで短剣を突きつけた。
「地下へ案内しろ」
なりふり構っていられなかった。早く助けにいかないと。それしか頭に残っていなかったから。
リーファは……彼女は、初めて俺と仲間になりたいと言ってくれた人だった。エルフの俺を奇異の目で見ず、ありのままを受け入れてくれた人だった。
そんな彼女を、奪おうだなんて。
従業員は怯えた顔でこくりと頷いた。背中に刃を突きつけたまま歩かせる。「違和感がないように案内しろ」「声を出したら分かってるな?」そう付け加えることも忘れない。
こくこくと頷いた従業員は、静かに階段へと向かい、降りていった。
異様だった。
薄暗い中で、誰も彼もが白い布を頭から被って、純白のテーブルクロスがかけられた席についていた。白い布を被ったまま、テーブルに置かれた蝋燭を頼りに、何かの肉料理を口にしている。
まるで何かから隠れているかのように。
「失礼ですが、店主」
客の一人が手を挙げる。勿論、白い布を被ったままだ。
「メインディッシュはいつ来るのでしょう? この贅沢な一品も私の舌を楽しませてくれますが、そろそろ前菜は終わりにしませんか」
「ええ、少々お待ちくださいませ。もうすぐ調理に入りますので」
やり取りをする客の後ろを通り過ぎる。薄暗いこの空間は、突きつけた刃を隠すにはもってこいだった。
「そちらのお客様は?」
「……ええと」
つん、と刃の先を当てる。
「と、特別コースをご所望のようで」
「ほう……随分と肝のすわったお客様だ。調理場へご案内しなさい」
「はいっ」
一体なぜリーファはこんなところに捕まっているんだ?
特別コースだの、調理場だの……文字通りここはレストランだから、そりゃそういうのはあるんだろうけど。
……一つ、嫌な予想が浮かんだ。いや、まさかな。さすがにないだろ? なあ。
従業員は会場の奥にあった扉を開くと、中へ案内した。
「赤毛の女の子」
耳元へ口を寄せて小声で囁くと、従業員はびくりと硬直する。
「やッ、やっぱり貴方はあの食材の……!」
食材? 食材って言ったか? 今。
何を……いや、誰を。食材って、言った?
「……案内してもらおうか。その食材とやらのところまで」
短剣の腹でそっと背を撫でる。すっかり怯えた従業員は震えた声を絞り出した。
「か、鍵はコックが持ってます。それがないと、開きません」
「鍵を取ったらどこを開ければいい?」
震える指が指し示す先を見て、再び従業員の耳元に口を寄せる。
「コックの元まで案内しろ。そうしたらお前だけは見逃してやる」
従業員はカチコチに固まった体を動かして廊下を進んだ。その先には真っ白なキッチンが広がっている。
中で慌ただしく調理の準備をしていた何人かのコックが、こちらを向いた。
「おい、何勝手に……ッ!?」
流石にここは明るいからバレるだろうな。従業員の肩を掴んで後ろへ引っ張る。あいつはいい。後は逃げるなり何なり好きにすればいいさ。
短剣を構え、脚に魔力を集め――加速する。一気に距離を詰め、一番帽子が長いコックの喉笛に刃を突きつけた。
「鍵を渡せ。分かるだろ?」
コックは息を飲み、震える手で鍵を差し出す。後ろに迫っていた二人のコックの腹を蹴り飛ばした。吹っ飛んだコック達は皿やら何やらを巻き込んで盛大にぶつかった。割れた皿を飛び越え、そのまま廊下を突っ走る。
「そいつをとめろ!!」
「くそっ、なんでここがバレたんだ!?」
後ろからコック達が追いかけてくる。くそ、こりゃ先にのした方がいいな。
「……かかってこいよ」
こんな奴ら、短剣を使うまでもない。
全身に魔力を循環させる。お前らなんて、この拳一つで充分だ。
駆けてきたコックの腹に拳を叩き込む。バキッと何かが折れる音が聞こえたが、知らない。こいつらの自業自得だ。
怯んだ別のコックの頭を掴んで、壁に叩きつける。残る一人は顎に拳を打ちつけてやった。
扉にいくつもかけられた錠前を外す。くそ、こんな厳重にしやがって。全ての錠前を落として、やっとのことで扉に手をかける。
ギィと音を立てて扉が開く。その先、暗闇の中に……手足を縛られて転がされたリーファの姿があった。
「リーファ!」
彼女の元に駆け寄る。口を塞いでいた布を外せば、何度か咳き込んだ。
「大丈夫か?」
「だ、だいじょうぶだよ。ありがとう、エスカくん」
「礼なら脱出してからにしてくれ。逃げるぞ」
縛っていた縄を短剣で切り、彼女の手をとって立たせる。
「走れるか?」
「うんっ!」
廊下に倒れ込んだシェフの隙間を縫って会場へ戻る。何も知らない客達は呑気に食事を楽しんでいた。どうやら扉も壁も分厚いおかげであの騒ぎは聞こえなかったらしい。それか姿を隠してまで食べたい至高の料理の虜になっているのか……どちらでもいいことだ。
「おや、お客様。特別コースはもういいのですか?」
「ああ、もう充分だ」
「それはそれ、は……? おい、お前」
まずい、バレたみたいだ。リーファの手を掴んで走り出す。
「食材が逃げたぞ!! 誰かそいつをとめろ!!」
ガタンッとあちこちの席から客が立ち上がる。布を被ったまま、何人もの客達がこちらへ手を伸ばしてくる。
「誰が捕まるかよ……!」
彼女を抱き抱え、テーブルの上を飛び越える。逃げてしまえばこっちのものだ。まさかこいつらも、人を食べようとしたら逃げられましたなんてことは言えないだろうからな。
上までの道は覚えている。迫り来る手を叩き払い、時に押し退け、時に踏みつけて会場を横断する。
「コックは何をしているんだ!」
コック達は今頃夢の中だ。多分な。
バンッと上階への扉を開き、階段を駆け上る。光の中を駆け、外への扉を開いた。
「エ、エスカくんっ、そろそろ下ろしてっ」
「まだダメだ、近すぎる」
「う、うう〜」
そのまま適当な路地に逃げ込んだ。暫く走って、走って、走ったところで……あの顔を見つけ、足を止める。
「リーファ、多分ここなら安全だ」
「ほ、ほんと?」
震える体を下ろすと、彼女はへなへなと一気に脱力した。
「こ、こわかったよ〜!」
「待たせてごめんな。無事でよかった。はい、杖」
収納鞄の中に入れていた杖を渡す。彼女はとても大事そうに杖を抱きしめた。
「……で、俺達が逃げる方向も分かってたわけだな?」
くすりと笑ったピンク髪の男は、またスケッチブックをめくった。
『お前が逃げるなら方向はあの宿屋。残した仲間を回収しようと動くはず。簡単な推測さ』
「ふうん……で? そこまで予測して動いてたお前は、もう一歩先に踏み込んだわけだ」
『ご明察』
男の後ろには心底安心した顔のケイトと、相変わらずの微笑みを浮かべたオリヴィエが立っていた。




