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一筋の光

 ガチャリ。重たい金属の音で意識が持ち上がる。

 ここは……? アタシ、宿で寝ていたはずなのに。ここは一体どこ?

 床が硬くて冷たい。寒い。目を開ける。真っ暗で何も見えない。

 杖……杖はどこ? 手を伸ばそうとしたところで、ようやく体が動かないことに気づいた。アタシ、縛られてるの?

 口を塞がれているせいで声も出せない。何? 一体何が起きてるの!? 分からない。何も分からない。分からなくて、怖い。


 怖い。怖い。怖い――この真っ暗な空間が、冷たい床が、杖を持たないアタシが。


 ……ダメ、落ち着かなくちゃ。アタシは頭がよくないんだから。焦ってちゃ、分かるものも分からない。だから落ち着かなくちゃ。

 深く息を吸って、吐く。段々と呼吸が落ち着いていく。大丈夫だよ、アタシは大丈夫。


 落ち着いてくると、今度はかすかな声が聞こえ始めた。部屋の外で誰かが話してるみたい。よく耳を澄ましてみる。少しだけ、言葉が聞き取れた。


「……一人だけ……」

「男はダメだ、肉が硬くて――」

「獣……毛の処理……肉が臭い」

「あのシスターは――」

「アレは若いとは言い難い。やはり若い肉が一番……」


 何? 何の話をしてるの? お肉の、話?

 分からない。分からないよ。でも落ち着かなくちゃ。落ち着いて、考えなくちゃ。今のアタシにできるのはそれだけなんだから。


 一人だけっていうのは、なに? 男はダメ? 獣……シスターは、オリヴィエさんのこと? それじゃあ、獣はケイトちゃんで……男はエスカくん?

 なら、一人だけっていうのはアタシのことだ。きっと、そうだ。


 誰が誰かっていうのはわかった。じゃあ、次はお肉の話だよね。

 男……つまりエスカくんは硬くてダメ。ケイトちゃんは毛の処理と、肉が臭くて……多分ダメ。オリヴィエさんは若くないからダメ? アタシはオリヴィエさんのこと、若いと思うけどなあ。ダメなんだ。

 ……あれ? じゃあ、アタシは?


 アタシの、お肉。ダメじゃないお肉は……どうするの?


 ぞっと、背中が凍るみたいだった。ぞわぞわと虫が這うような感覚。言葉にできない気持ち悪さが身体中を走り回る。

 アタシ、食べられちゃう、の? そんな、いやだ。いやだよ。こんなのって、ないよ。おかしいよ!


 呼吸が荒くなる。誰か助けて。誰か、誰か!! 叫ぼうとしても声が出せない。体も動かない。何もできない。何も、何も。


 冷たい床。冷たい空気。小さく折り畳まれた体。出せない声。

 それはまるで、お家の倉庫にいた時のような感覚で。

 一生懸命倉庫の小さな隙間に入って、息をとめて……お母さんの用事が終わるのを待っていたあの頃。


 燃える赤。お母さんと男の人の悲鳴。焼ける肌。浴びせかけられた水。頭を下げるお母さん。お母さんの手がアタシの頭を押し下げる。男の人の怒鳴り声。お母さんの怯える瞳。

 冷たい食事と、誰もいない部屋。いつも一人で食べるごはんは、しょっぱい味がしたのを覚えている。


 アタシが何もできなかったから。上手に待てなかったから。上手にお母さん達がしていることが何なのか考えられなかったから。上手に魔法を使えなかったから。

 だから、お母さんは『楽になった』んだ。宙ぶらりんの体、変なにおい、暗い暗い瞳がアタシを映して――


 ――バケモノ。

 ――母親殺しの、バケモノ。


 そうだよ。アタシ、バケモノだった。何もできない、何も分からない、頭の悪いバケモノ。

 でも……そんなアタシでも、やっと見つけたんだ。アタシがいてもいいんだって、そう思える場所を。


 ねえ、お願い。アタシ、やっと誰かの役に立てるようになったんだよ? やっと誰かと一緒にいられるようになったんだ。だから。

 こんなところで終わるなんて、そんなの、いやだよ。


 もっとエスカくんと一緒にいたい。もっとケイトちゃんが作ったごはんが食べたい。もっとオリヴィエさんとお話しがしたい。

 もっともっと、みんなと一緒に旅がしたいよ。


 一生懸命やってるのに、それでも失敗ばかりのアタシを、仕方ないなって笑いながら一緒にいてくれるみんなと。心からの笑顔でいられる、あの場所で。


 冷たい雫が頬を伝う。

 ああ、アタシ……怖いんだ。食べられちゃうことじゃない。みんなともう会えないかもしれないってことが、怖いんだ。


 どうしよう。うれしいな。

 こんなにみんなのこと、大好きになっちゃったことが……うれしくて、こわいな。

 体の震えはいつの間にか止まっていた。すうっと、頭の中を涼しい平原の風が通り抜けていくみたい。

 考えなくちゃ。どうやったら、またみんなに会えるのか。


 できないだらけのアタシでも、みんなの役に立てたみたいに。

 頑張れば、きっと道を見つけられるはずだから――


 考える。考える。考える。ここがどこなのか。

 カチャカチャ音がする。アタシ、この音しってるよ。ナイフとフォークを動かす音。それがたくさんある。

 じゃあ、ここはきっと料理屋さんだ。料理屋さんにある、暗い部屋。音は上から聞こえるから、きっと……地下?


 でも、場所がわかったってどうすればいいんだろう。みんなに伝えることもできないのに。助けをよぶことなんてできないのに。

 ……そうだ。アタシを食べるつもりなら、アタシを料理するために誰かが来るはずだよね。

 その時に魔法を使っちゃえばいいんだ。


 ……本当に?


 また、失敗したらどうしよう。たくさんの人を燃やしちゃったら。お店を燃やしちゃったら。たくさんのお金をエスカくんたちが払わなくちゃいけなくなって、苦しくなって、『楽になった』りしたら。

 そしたら、アタシ、どうすればいいの?


 また目の前が真っ暗になった気がした。ずっと目の前は真っ暗なのに、それよりもずっとずっと暗くなる感覚。

 アタシ、やっぱりダメなのかな。アタシじゃ何もできないのかな。

 このまま、たべられちゃうのかな。みんなに会えないまま。


 上が、騒がしくなる。ドタンバタン、すごい音。ガシャンガシャンって音がする。アタシ、その音のこと知ってるよ。お皿が割れる音。お母さんが泣いて怒ったときの音。

 一体何が起こってるの? わからない。なにもわからないけど。

 騒がしい音は近づいてくる。バタバタって、たくさんの足音がする。


「そいつをとめろ!!」

「くそっ、なんでここがバレたんだ!?」


 いろんな男の人の声。怒ってる。

 バキッ、ドカッ、って。いろんな音がする。静かになったと思ったらガチャガチャって音がして、真っ暗な中に光が差し込んだ。


「リーファ!」


 光の中に立つシルエットは、アタシがよく知ってるもので。

 アタシを呼ぶ声が、とてもあったかくて。


 ああ。やっぱりエスカくんはすごいや。

 いつだってアタシを暗闇から連れ出してくれる。

 まるで、暗い夜を照らしてくれるお月様みたい――

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