取引
「ケイト、オリヴィエ、その男から妙な飴はもらっていないよな?」
「飴ですか? 貰っていませんよ」
「うん、オイラも貰ってないけど……」
よかった、こんな得体の知れない男の飴なんて危険なニオイしかしないからな。
そんな俺の思考を読んでか、男はぺらりとスケッチブックをめくる。
『あげていたら取引は決裂していただろう? そんな野暮なことはしないさ』
「……そうかい」
どうにも怪しいけど、こいつのおかげでリーファを助けることができたのは事実だ。取引通り、こいつをヴァルテン帝国まで連れて行かなくちゃいけない。
「あまりこの町に長居はできない。行くぞ」
急ぎ門に向かおうとすると腕を引っ張られる。なんだと振り返れば、男が俺の腕を掴んでいた。
「何?」
『馬鹿正直に正面の門から出るつもりかな? 門番も宿屋もみ〜んなグルだっていうのに』
「はあ? それどういうことだ?」
男はぐいぐいと俺の手を引く。説明は後ってことね。はいはい。
素直に四人で男の後についていく。本当に信用していいんだろうな、こいつのこと。
やたら人気のない道ばかりを通り、やがて門がない外壁にたどり着く。
「まさか登れなんて言わないよな……?」
男はしゃがみ込んで壁付近に置かれている荷物をどけて、下に敷かれていた木の板を持ち上げた。
そこには人一人は入れそうな深さの穴がある。それは外壁の下を通り抜け……って、おい。
「これ明らかにマズい道じゃないか……?」
『門番はお前達が来たことを記録していない。だからこっそり抜け出した方がいい』
「はー……それが本当かどうかは分からないけど、やるしかないんだな?」
男は頷く。仕方ないな、もう。すでに暴れ回っちゃったし、今更といえば今更か。
穴に潜り、壁の下を通り抜ける。うわ、体が土まみれ。仕方ないんだろうけどさ。
ついた土を落としながら声をかける。すると、今度はケイトが、次いでリーファが、そしてオリヴィエ、男の順で通り抜けてくる。
ケイトとリーファについた土を落としていると、男は辺りを見渡した。
『さあ、しっかりヴァルテン帝国まで連れて行っておくれ。ここまで手引きしたのだから』
「はいはい、分かったよ。とりあえず……その土、落としたら?」
男はパッパッと軽く土を落とした。
あーあ、とんでもない男と取引してしまった気がする。でも今更やっぱり無しっていうのはなあ……いくら相手が怪しいからって、助けてもらったことに変わりはないわけで。うーん。
ノーデン大森林がある方角へ向かいながら考える。うん、やっぱり約束は守らないとだよな。
「リーファ、どこ行ってたんだよ。心配したんだぞ」
「いやあ……その〜……食べられそうになってて」
「食べられそうに、ですか?」
うん、決めた。約束した以上は守ろう。なに、こいつをヴァルテン帝国に送り届けるだけだろ? 要するに護衛依頼だ。なら二回もやったことあるし、なんとかなるだろ。
「そうなんだよ〜。なんかね、みんなのお肉はダメだけどアタシはいいんだって。だから多分だけど、あのままあそこに居たら……アタシ、料理されて食べられてたのかもって思うんだ」
「人の肉を食べるなんて何考えてるんだ!? ありえない、冒涜だ!!」
「人の、肉……?」
とりあえずあいつの名前だけでも聞いておこうと振り返った時、オリヴィエの体がぐらついたところだった。
慌ててその細い体を支える。
「な、なんだ!?」
まずい、考え事をしていたせいで何も聞いてなかった。何がキッカケだ!? 何が……あっ。
視界に映った心配そうなリーファとケイトの顔を見て、全てが合致した。人の肉、料理、食べる。つまりそういうこと、か。
ああ……やってしまった。守るとか支えるとか言っておいてこれだ。早々にやらかしてるじゃないか。
「エスカくん、オリヴィエさんどうしちゃったの!?」
「あー……発作みたいなものだって。ひとまず寝かせてあげようか」
オリヴィエを近くに生えていた木の影に寝かせる。
心配を拭いきれない二人に、この際だからと彼女の話をすることにした。ちょっと余計なヤツもいるけど、仕方ない。
「えっ、オリヴィエさんって味分からないの!?」
「そうだったのか……それは、とても悲しいな」
しゅんとしたケイトは、ぶつぶつと何かを呟き始めた。耳を澄ませてみると、どうやら新レシピを考えているらしい。味が分からなくても見て美味しい、匂いで美味しい、食感で美味しい料理を作れたら……と、そういうことらしい。ケイトらしいな。
「感情も薄いってことは、楽しいや嬉しいも少ないってこと……? ねえエスカくん、このことオリヴィエさんには……」
「言わない方がいいだろうな。気を遣われてるって知ったら余計に気にかけちゃうだろ?」
「うーん……そうかも」
「そういうことだから、お前も言うんじゃないぞ。っていうかお前、名前は? なんて言うんだ?」
ちゃっかり隣に座って聞いていた男に尋ねる。キョトンとした男は、にっこりと笑ってスケッチブックを開いた。
『俺はカナヴィ・カラメラ。どうぞよろしく、追憶ノ探求者』
……こいつ、どこまで俺達のこと調べてるんだ? なんだかちょっと……いや、かなり気味が悪いぞ。
じとりと見ている俺の視線に、カナヴィは肩をすくめてスケッチブックをめくる。
『チャンスを確実にモノにしたいなら、情報収集は大事だろう?』
「まあそれはそうだろうけど……っていうか喋らないのはなんでなんだ? その糸は外せないのか?」
この質問には黙り込んでしまった。ニコニコと笑ってはいるが……ノーコメントってことか。
なんとも奇妙な男だが、俺達のパーティに臨時メンバーが加わった。正直信用ならないから、さっさと送り届けてお別れしたい。正直なところ、取引のためにリーファの誘拐すら手引きしたって言われても納得できるぞ。
そういえば、どうしてリーファは攫われたんだろう? どういう方法で?
それを尋ねてみれば、案外簡単に答えが返ってきた。
『門番は見定める役割。良さそうな食材がいたらあの宿屋……クロッシュに泊まらせ、食材を自ら洗わせてよく眠れる薬を盛る。後はぐっすり眠っている間に連れていけば完了』
「……よく知ってるな?」
『観察は得意さ』
やっぱり怪しいぞこの男!!




