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鏡の間を抜けて

「誰だ……?」


 ぺたりと鏡に手を伸ばす。すると、鏡に映る男も同じように手を伸ばした。あれは……俺?

 よく見れば髪型がよく似ている。着ている服はまるでちがう、黒いローブのような服だけど。よくよく見てみれば顔立ちもよく似ていた。違うのは瞳が黒いことと、耳が丸いことだ。

 俺とよく似た、イノセンスの男。それが鏡に映し出されている。


「うーん……なんなんだ?」


 ひらひらと手を振れば鏡の男も同じように手を振る。足を上げれば同じように上げる。うん、別人だけど一応鏡に映った俺ってことになってるみたいだな。だから何だって話だけど。

 それに背景は何だ? どこかの屋敷か? いくつものシャンデリアに燭台が並び、赤い立派な椅子が奥に置かれている。まるで王様が座っていそうな椅子だ。

 なんだか……なんだか、この鏡を見ていると頭が痛む。見つめるほどにズキズキと痛みが増し、思わず頭を押さえた。


「くそ、なんだよこれ……よく分からないだけで変な景色じゃないのに、なんでこんなに頭が痛むんだ?」


 まだ出口も見つかっていないのに、何なんだ。ああ、頭が痛い。イライラしてきたな。

 この部屋にはデカい鏡しかない。天井も壁も床も奇妙なところは一つもなかった。この鏡に何かあるのか?

 そっと鏡に触れると、指が奥へとすり抜けた。


「は?」


 おそるおそる引き抜く。指には何の異変もない。この鏡を通り抜けろってことか……?

 今度はもっと奥まで手を突っ込む。鏡の中の自分と腕が交わっていくみたいに見える。気味が悪いけど仕方ない、こうなったら飛び込むしかないだろ。

 思い切って鏡の奥へと飛び込む。顔に鏡がぶつかりそうな瞬間、思わず目をつぶった。


「……通り抜けた、のか?」


 目を開けてみれば、あの赤い転移ノ紋があった部屋と似た広い部屋に出ていた。どうやら鏡まみれのフロアはクリアしたらしい。

 ここにくるまで一度も階段を見かけていないが、まだ一階層目なのだろうか? それともここが三階層目?


「そうだ、オリヴィエはどこだ? おーい、オリヴィエ! リーファ! ケイトー!!」


 叫んでみるも返事はない。虚しく通路の奥へ響いただけだった。

 まさかまだあの鏡のフロアに閉じ込められているんだろうか? まさかこのまま先に進んでいるとは思えないし、暫く待ってみるか。きっとそれがいい。


 壁際で座って、ぼんやりと誰かが来るのを待つ。

 それにしてもあのフロアは何だったんだろう。奇妙な鏡が映し出した光景に何か意味はあるんだろうか? 分からない。

 ただわかるのは、あの白い部屋と最後に見た自分によく似たイノセンスのことを考えると頭が痛くなってくるということだけだ。それが一体何を示しているのか、俺にはさっぱり分からない。

 うんうんと唸りながら考えていると、壁から細い手がにゅっと生えてきた。思わず体が跳ねる。び、びっくりした。

 細い手はにゅっと引っ込んだ。暫くして、ぎゅっと目をつぶったリーファの顔が壁から生える。

 おそるおそる目を開けた彼女は、俺をみるとホッと安心した顔をした。


「あっ、エスカくん……」


 どこか元気がない彼女が壁から出てくる。こっち側から見るとあんな風になるのか……随分と気持ち悪い出方をするんだな。


「リーファ、あの転移ノ紋に乗った後どこに飛ばされた?」

「えっと、鏡がいっぱいある部屋だよ。エスカくんは?」

「俺も同じだ」


 俺の隣に少し距離をあけて座ったリーファは、膝を抱き込むように丸くなった。

 少し体が震えている。一体何があったんだ?


「奇妙な鏡があっただろ? 白い部屋とか映し出す鏡」

「白い部屋……? アタシは見てないよ」

「えっ? じゃあ何を見たんだ?」


 彼女は少し言葉を詰まらせてから、ぽつりと呟く。


「小さい頃の家」

「それって……」


 リーファから聞いた話を思い出す。

 小さい頃、母親が客に酷いことをされていると思って炎の魔法を暴発させた話。家は焼けて、多額の金を支払う羽目になったって話を。


「燃える家と、怯えるお母さんがね、見えたの」

「リーファ……」


 ぎゅっと自分の膝を抱き抱えた彼女の顔は俯いていて見えない。

 その肩にそっと手を伸ばすと、ぴくりと彼女の体が跳ねた。


「……それに」


 震える声が絞り出される。ようやく上げられた顔はオレンジの瞳に涙が滲んでいた。


「みんなが、燃えてるところ」


 ぽろりと頬を伝って雫が落ちる。どう声をかけたらいいのか分からなかった。

 俺達が燃えている……? そんな光景を、あの鏡は見せたのか? 炎の魔法を制御できなかったことを悔やんでいる彼女に?


「あ、アタシ、こわくって……ッ」

「……大丈夫だ、俺はここにいるよ。ほら、燃えてない。な?」


 震える彼女を抱きしめる。可哀想に、こんなに怖がって……随分と趣味の悪いダンジョンだな。


「エスカ……? リーファ……?」


 ケイトの声が聞こえ、顔を向ける。通り抜けてきたケイトもまた、ぽろぽろと涙をこぼしていた。


「うっ……エスカ! リーファ!!」


 わっと泣き出したケイトが俺達に抱きつく。小さい手をめいっぱいに開いて、俺達の体を抱き込んだ。

 ぐすぐすと鼻を鳴らすケイトの頭を撫でる。この子も嫌な光景を見たんだろうか? だとしたら、一体何を?


「よ、よかったぁ……! 生きてる……!!」


 えぐえぐと涙をこぼしながら震える声で言う。まさか俺達が死ぬ光景でも見させられたのだろうか?

 泣きじゃくる二人をよしよしと撫でながら考える。

 二人とも嫌な光景を……それこそトラウマを掘り返すような光景を鏡に見せられたらしい。だとしたら俺が見た光景は一体何なんだ?

 白い部屋と気味の悪い赤い空、俺によく似たイノセンス。それが俺にとってトラウマになるような何かだってことか?

 ズキッと痛みが走る。くそ、少し考えるだけでこうだ。もしかして俺が失った記憶と何か関係があるのか……?

 一度考えるのはやめて、二人を慰める。ようやく二人が泣き止んだ頃、どさりと重たい音が響いた。


「な、何の音?」


 振り向いたリーファにつられて俺も音の元を見る。

 オリヴィエが倒れていた。下半身は壁の向こうに残されたままだ。


「オリヴィエ!」


 立ち上がった俺達は慌てて彼女の元へ駆け寄る。リーファが彼女を引っ張って、全身を壁のこっち側へと引きずり出した。


「大丈夫か? 外傷は……ないようだけど」

「まさかまた腹をすかせて……?」


 首を傾げるケイトに首を振って返す。

 気を失っている彼女の目元は濡れていた。彼女もまた、嫌な光景を見せられたのだろう。だとすればそれが原因で意識を失った可能性が高い。


「ここは安全そうだから、目を覚ますまで寝かせておこう」

「そうだね、それがいいと思う」


 オリヴィエを壁の近くまで運んで、そっと寝かせる。

 気を失うほどのものだなんて、一体何を見たんだ……?

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