灼熱を這う怪蟲
スライム時々カマキリを倒しながら進んでいく。度々分かれ道があるが、ケイトの案内のおかげで迷うことなく進めているはずだ。
もしケイトがいなかったら道に迷いに迷って、またあの形容しがたい味の耐熱薬を口にすることになっていたかもしれない。
「にしてもよく覚えてたな?」
「最近も一回潜ってたからなー。資金調達によく来るんだ。あの屋台、実のところ赤字でさ」
赤字? あんなに美味しい料理を出しておいて、客が来ないなんてことあるのか?
リーファも驚いているようで、目を丸くしている。
「えっ!? どうしてどうしてっ? すっごく料理おいしかったよ?」
「へへっ、ありがとな、リーファ。実は一人でも多く冒険者に来てもらうために、値段を安くしてるんだ。姉ちゃんの情報が入ってこないかなって思って……」
ふと屋台の値段を思い出す。たしかに異様に安かった気がするな……そうか、情報のために赤字営業してたのか。
そんなにお姉さんのことを大切に思ってるんだな。情報を集めるために少し寄り道することも考えておくか。いくら俺の記憶のための旅とはいえ、仲間の事情にももっと寄り添うべきだよな。
「そっかあ……お姉さん、見つかるといいね。アタシも探すよ」
「うん……ありがとう」
「……あ、階段だ」
ゴツゴツとした岩の地面に、不自然なほど滑らかな灰色の階段が設置されている。うーん、ダンジョンっぽい。
「よし、行くか!」
「待て、エスカ。その前に耐熱薬! そろそろ効果きれるんじゃねーか?」
「……ねえケイトちゃん、どうしても飲まなきゃダメ?」
「ダメだ。ここの本当の暑さ、忘れたのかー? 耐熱薬がないと蒸し焼きになって終わりだぞ」
仕方ない、嫌だけど……非ッ常〜に嫌だけど、飲むか。
蓋を開ける。独特の香りだけで拒絶反応が出そうだ。目をぎゅっと瞑って、一気に飲む。うう、ドロドロしてる。ニガ酸っぱ甘い。うええ。
「うう、もう飲みたくないよ〜。なんでケイトちゃんはそんなに平気そうなの?」
「オイラだって舌がバカになりそうだからあまり飲みたくないんだぞー。平気なのは……うん、慣れだな」
「慣れかあ……」
あの味をくらってもケイトはケロッとしている。コレに慣れるほどここに来てるのか。すごいな。
でも俺としては慣れる前にオサラバしたいところだ。ぐいっと口元を拭って、階段を見下ろす。
「さあ、行くぞ!」
「「おー!」」
階段を降りた先は、耐熱薬を飲んでいても熱気を感じるほどだった。
黒い岩に囲まれた部屋の端は、壁から真っ赤な溶岩が流れ落ちて池を作っている。緩く隆起した中央だけが動ける範囲だ。
万が一あの溶岩池に落ちたら終わりだろうな。二つ目のダンジョンにして、殺意が高くないか。
「ここが最終フロアか。暑いなー」
「何もいないよー?」
リーファとケイトがキョロキョロと辺りを見渡しながら中央へ歩いていく。たしかに何もいないように見える。だが……ここには間違いなく何かが居る。直感がそう告げていた。
「……警戒は怠るなよ」
そう口にした途端、溶岩の池がポコリと持ち上がる。溶岩の中から現れたのは、十メトルはありそうな蟲だった。
赤い外殻をまとった細長い体に無数の脚。牙をカチカチと鳴らした怪蟲から発せられたガラスを引っ掻くような鳴き声が耳を劈いた。
「来るぞ!」
体をうねらせて向かってくる怪蟲の頭目掛けて魔力を込めた矢を放つ。軌跡を描いたそれは怪蟲の頭を覆う鎧にヒビを入れて突き刺さったが、あまり効いていないように見えた。
「ファイアー!!」
炎をまとった杖が怪蟲の胴体を殴打する。しかし効いているように見えない。溶岩の中から現れただけあって、炎には強いってことか。
「おりゃあっ!」
飛びかかったケイトは背をしならせて肉切り包丁を振り下ろす。その一撃は怪蟲の外殻にヒビを入れるに終わった。
怪蟲はギィギィと嫌な声を発しながら体をうねらせる。長い体が近くに寄っていたリーファを払い飛ばした。
「うわぁっ!?」
「ッ、危ねぇッ!!」
吹き飛ばされた体は溶岩の池へ落ちていく。まるで時がゆっくりと流れているかのように、その光景が遅く見えた。
足に魔力を集める。急加速し、その細い腕へ手を伸ばす。
「届け……ッ」
がっしりと掴んだ腕を引っ張る。反動でぐらりと体が傾く。
目の前に広がる赤い池に落ちそうになったが、なんとか踏みとどまった。
「リーファ、大丈夫か!?」
「だ、大丈夫。ありがとう、エスカくん」
振り返ると地面を転がったらしい彼女が体を起こそうとしていた。あちこちについた擦り傷が痛々しいが、灼熱の池に落ちるよりは遥かにマシだ。
こうしてる間にもケイトが怪蟲の外殻を削ってくれている。
「これでどうだっ!」
肉切り包丁が体の真ん中あたりを叩く。ヒビが入っていた硬い鎧がパキパキと音を立てて割れた。
「よっしゃ、割れた!」
「ナイス、ケイト!」
矢をつがえる。狙うは露わになった柔い肉だ。
身体中の熱を矢にこめる。光を放つ矢は直線を描き、ピンク色の肉に突き刺さった。
ギィイイイイ!!!!
思わず耳を塞ぐ。頭が痛くなりそうな声だ。
でも、間違いなくダメージは入ってる。
「おおおっ!!」
ケイトがもう一度包丁を振り下ろす。肉の半分ほどまで刺さった時、再び鳴き声をあげた怪蟲が身を捩った。その巨体に振り解かれたケイトが包丁から手を離す。
包丁が刺さったまま、怪蟲は口を大きくあけた。その奥に揺れる炎。
とっさに横へ飛び、転がる。俺がいた場所を燃え盛る炎が通り抜けていった。
熱気が肌を焼く。もしあれが直撃してたら……? 嫌な汗が額をつたい、すぐに蒸発した。
「アタシだって……!」
リーファが怪蟲の隣を走り抜け、杖を振るう。杖で叩かれた包丁は肉により食い込んだ。
「リーファ、そのままぶった斬ってやれ!」
「うんっ!!」
怪蟲がそっちへ意識を向けないよう、矢を放ち妨害する。溶岩が煮えたつ音と、怪蟲の脚が地面を叩く音、リーファの杖が包丁を沈ませる音が重なる。
「これでっ最後!」
リーファが杖を振り抜いた時、バツンと音を立てて怪蟲の体が切断された。地に落ちた包丁がガランと音を立てる。急いでそれを拾い上げたケイトが、リーファに親指を立てた。
「ナイス!」
真っ二つにされた体から赤い体液が吹き出す。体を持ち上げて暴れる怪蟲は、なりふり構わずこちらへ突進してきた。コイツ、まだ動くのか!?
腰から短剣を抜く。矢ができるなら、こっちだってできるはずだ。握りしめた短剣に魔力を集める。
「エスカくんっ!」
リーファの叫びが聞こえる。大丈夫、なんとかなる……いや、なんとかするんだ。
狙うは外殻の隙間。目と目の境だ。脳を貫いてやれば、きっと終わるはず。
「いけえええええっ!!」
水平にした刃を、隙間目掛けて突き出す。それはわずかな抵抗感の後、ずぐりと差し込まれた。
同時に怪蟲の牙が俺の脇腹を抉る。
くそっ、痛え。焼けるように熱い。でもここで止めるわけにはいかないんだ。
歯を食いしばり、柄を握る手に力を込める。柄が埋まるほど深く押し込んだ時、ようやく怪蟲は動きを止めて地面に伏した。
「っは……はぁ……お、終わったのか……?」
痛む腹を押さえると、ぬるりとした感触が手を伝った。




