実家
レイスの案内で宿に泊まった俺達は、ゆっくりと休んで次の日を迎えた。
帝都観光はなかなか順調にいっていた。様々な魔道具を展示している魔道具館なんて見ごたえばっちりだったし、展示物に添えられている説明文も読みごたえがあった。
帝都料理も美味しいもので、レイスに連れていかれたレストランでは本場のフリカデレを食べてきた。メインのジューシーな肉はもちろんのこと、付け合わせの野菜まで美味しかったな。店を出て早々にもう一度食べたくなるほどには。
さて、次はどこに行こう。有名な建物とかかな? そんな会話を交わしながら歩いているときだった。「そういえば」とリーファが人差し指を立ててくるくると回す。
「帝都ってレイスさんの故郷なんだよね?」
「ああ」
「じゃあじゃあ、レイスさんのお家もある?」
レイスは足を止め、リーファを見下ろす。その目には少しの戸惑いが見え隠れしていた。
「あるが……それがどうかしたのか」
「えっとね、どんなお家なのかなって気になっちゃったんだ〜」
リーファの隣でケイトが小さな手を挙げる。
「レイスの家に行ってみたいぞ!」
「あっ、アタシも!」
リーファも同じように手を挙げた。レイスはしばし目を泳がせた後、道の先を向く。
「……お前達がそう望むなら。そう面白いものでもないと思うがな」
こっちだと呟いたレイスが歩き始める。少しためらっていたように見えたのは気のせいか?
リーファとケイトは楽しみだと言わんばかりに足取りが軽い。おれはそっとレイスに近づいて耳打ちした。
「よかったのか?」
「何がだ」
「家に案内するの。なんかためらってるように見えたからさ」
レイスは少し黙りこむ。何を考えているのか、その表情からは読み取れない。ただ一つ分かるのは決して楽しいことではないということだけ。
「構わない。むしろ丁度良かった」
金色の目が伏せられる。続いた声はあまりにも平坦なものだった。
「ここに戻ってきた以上、一度は帰らなければならないと思っていたからな」
「……そっか」
本人がそう決めたのなら何も言わないでおこう。大人しくレイスの後に続いて歩いていく。
レイスの家は随分と落ち着いた場所にあるらしい。決して寂れているというわけではなく、なんというか……住人の層が違うというか。行き交う人々は誰も彼もが上品な服を着ていて、その振る舞いも服に見合ったものだ。子供が駆け回っているなんてこともないし、客引きをする店も見当たらない。
「……ここだ」
彼が立ち止まったのは周りと比べてこぢんまりとした、しかし真っ白な壁が美しい家の前だった。窓にかけられたカゴから青々とした葉と色鮮やかな花が生えている。丁寧に手入れがされているようだ。
「ここがレイスさんのお家なんだね! キレイなお花がいっぱい!」
「なんだかいい匂いがするぞ。お昼ご飯の時間だからかな」
すんすんと匂いをかいだケイトが何やら呟き始める。匂いからメニューを推測しているようだ。
レイスは扉の隣につけられた黒いボタンに手を伸ばす。一瞬引っ込めかけた指先でしっかりとボタンを押した。少しの後、花の模様が彫られた木製の扉が開く。
扉を開けたのはレイスと同じ水色の髪を一つに束ねた婦人だった。シワがある顔を驚きに染めた婦人は、金色の目を揺らす。
「レイス……? レイスなの……?」
「……ああ。帝都に来たから寄っただけだが……ただいま、母さん」
この人がレイスの母親か。彼女はレイスの右腕を見て小さな悲鳴を上げた。バッと右袖を手にとり、レイスの顔を見上げる。
「何があったのか……詳しく聞かせてちょうだい。ほら、中に入って」
そこでようやく母親と目が合う。俺達とレイスをなん度も見比べた彼女は戸惑っているようだ。そりゃ二十五年もあっていない息子が突然知らない人を連れ帰ってきたら驚くよなあ。
「そちらの方々は?」
「私の仲間だ。彼らも中に入れて構わないだろうか」
「ええ……そういうことなら」
レイスに続いて俺達も家に入る。玄関には何を描いているのか分からない絵が飾ってあった。そのままリビングに案内されたが、そこにも絵画が飾ってある。それからいくつもの賞状……その全てにレイスの名が書かれていた。もしかしてレイスって結構良いところの出なのか?
「さあ座ってちょうだい。コーヒーを淹れてくるわね」
みんなでソファに座る。四人ならギリギリ片方のソファに座れるな……母親側に座るのはちょっと気まずいし、ケイトは俺の膝にでも座ってもらうか。ぽんぽんと膝を叩くとケイトが近寄ってきたので抱き上げて座らせた。
暫くして母親がコーヒーを持って戻ってくる。一杯だけオレンジジュースなのは……ケイトの分かな。
「あら、そちらのソファにも座っていいのよ?」
「こちらの方が落ち着くらしい。気にしなくていいよ、母さん」
飲み物を用意している間に少し落ち着いたらしい。母親はテーブルに飲み物を並べて向かいのソファに座る。少しの静寂の後、彼女はレイスの顔を見つめて口を開いた。
「それで……この二十五年間、どうしていたの? 探させても見つからなかったわ。一体どこにいたの。そしてその腕は何があったの? 全て聞かせてちょうだい」
「まずは……何も言わずに家を出たことを謝らせてほしい。心配をかけたと思う」
レイスは静かに頭を下げた。母親は黙って見つめている。
「二十五年前に家を出てからはノーデン大森林に住居を構えていた。つい最近まではそこに」
「まあ、大森林に……!? 見つからないわけだわ。まさかその腕は魔物に……?」
「森ではなかったが魔族にやられてしまった。今のところ生活に支障はないから心配しないでほしい」
自分で言っていて無理があると思ったのだろう。言葉尻が少し小さくなった。
レイスの母親、最初見た時はキツそうな印象だったけどそうでもないな。レイスのことを心配してくれているし。
少し安心してコーヒーに口をつける。うん、香りはいいけどやっぱり苦いな。できればミルクと砂糖が欲しいところだ。
母親もコーヒーを一口飲むと、ほうっと息をついた。微笑みを浮かべ、温かな目でレイスを見つめる。
「でも……生きていてくれて良かったわ。とても心配したのよ? いい義手を探しに行きましょう。貴方なら今からでも良い職に就けるはず。私も探すのを手伝うわ」
あれ、もしかしてレイスがずっとここに残るっておもっているのか? レイスは少し言い出しづらそうだったが、やがて首を横に振った。
「すまないが、帰ってきたのは顔を見せにくるためだけで……数日内に帝都を出る予定になっている」
「えっ? どういうことなの?」
母親は笑顔のままだが戸惑いを隠せていない。
「彼らと森で出会ってからは共に旅をしている。今は冒険者としてダンジョンを巡っているところだ」
「冒険者……? 貴方は今、冒険者をしているの?」
母親は眉間にシワを寄せた。レイスはただ頷いたが、母親はあからさまに落胆した様子で首を横に振った。
「信じられない。まさか貴方がそんなお遊びに手を出していたなんて……」
……なんだって?




