帝都グリュック
それから暫く歩いた俺達は、重厚な壁に囲まれた大都市を見上げていた。
「ここが帝都グリュック……」
壁の上部には穴が相手いて、壁の上には黒い筒のような物がいくつも置かれている。帝国の他の町でも見かけたな、あの筒。くいっとレイスの袖を引いたケイトが壁の上を指差した。
「なあなあレイス、あの黒いのってなんだ?」
「ああ、砲台だな。魔物に対する防衛手段だと国は言っていた……以前見た時より数が増えているな」
「へえ、ってことは武器なのか。何をどうするのか見当つかないけど」
「あの筒に鉛玉を入れて飛ばす。いくつかは鉛玉の代わりに魔法を飛ばす魔道具も混ざっているらしい」
「鉛玉かあ」
あの砲台とやらが稼働しているところを想像してみる。遅い来る魔物の群れに無数の鉛玉が飛び、落ちた鉛玉が雪を吹き飛ばしながら魔物を押し潰した。次々と倒れていく魔物達、次の玉を放つ砲台……なんかかっこいいかも?
「じゃあじゃあ、壁に穴があいているのはどうして?」
「あの隙間から矢や魔法を放つ。砲台で倒しきれなかった敵を確実に仕留めるためのものだ」
「へえ〜! すごいねえ……わわっ」
壁を見上げすぎたリーファが後ろによろけたのを支える。
「気をつけないとダメだろ?」
「はぁい。ありがとね、エスカくん」
体勢を立て直した彼女はえへへと笑った。
しっかり首輪もつけたことだし、早速帝都に入るか。門にはほとんど人がいない。いくつかの馬車があるばかりだ。あんまり行き来する人はいないのかな?
門番にギルド証を差し出す。ギルド証には種族名が書かれていないから助かる。もし書かれていたらどんなに隠そうとしたところでバレるし。
順番にギルド証を確認していく門番だったが、レイスのギルド証を見たところで動きが止まる。彼はしばしレイスの顔を凝視したが、特に何を言われるでもなく通された。何だったんだ?
疑問に思いつつも頑丈そうな鉄の門をくぐると、見たこともない景色が飛び込んできた。
並び立つ家々は他の町でも見たようなものだ。ただ、町のいたるところを金属製の人形が歩いている。それも人と大差ない大きさの人形だ。金色のボディが日の光を跳ね返し、キラリと光った。
「なあ、あの金属の人形みたいなのは何なんだ? どうやって動いてるんだ?」
思わず指差してレイスに尋ねる。
「ああ、自動人形だな。魔力を元に動く魔道具のようなものだ。私が帝都を出た時に比べて随分と普及したようだが……どうやって動力源を確保しているのやら」
「えっ、レイスって帝都出身なのか?」
「ああ。言っていなかっただろうか」
「初めて聞いた……じゃあ腕利きの鍛冶屋にも心当たりがあるのか?」
「二十五年前の情報が元だがな」
レイスは迷いなく道を歩いていく。すれ違う自動人形に少しビビりながらも後に続いた。自動人形って遠くからじゃ分からないけど、近づくとガシャンガシャンと音が聞こえてきて威圧感がすごい。得体の知れなさが少し怖いな。
さっきからケイトがぴったりと俺の背中にくっついているのもそのせいだろう。ぴるぴると震えてかわいそうに。
一方、リーファは興味津々といった風に辺りを見渡している。自動人形に触れようと伸ばした手をそっと下ろさせた。何が起こるか分からないんだから迂闊に触ろうとするんじゃないよ。
どんどん街中へと入っていくにつれて人通りも多くなる。もし亜人だとバレたら……そんな可能性が頭をよぎり、帽子をより深く被った。
「まだかー?」
「もう少しだ」
ケイトは少し自動人形に慣れてきたようで、体の震えは止まっている。それでも俺の背中からは離れないが。
更に暫く歩いた先、レイスが足を止めたのは古びた建物の前だった。
「ここだ」
「……なんかボロっちぃぞ」
俺の背中から顔を覗かせたケイトが呟く。色が剥がれた看板といい、色褪せた壁といい……本当に大丈夫なのか?
「私の記憶では、かつて帝王の依頼も請け負っていた老舗だ。魔導工学に重きを置いた今では依頼が来ているかどうか定かではないが」
「へえ、すごいお店なんだね」
扉を開ければカランカランとベルの音が鳴った。埃っぽい外観とは打って変わって、中はとても清掃が行き届いているようだ。店のあちこちに様々な剣や鎧が置かれている。なるほど、腕は良い……のだろうか? 今まで見てきた武器屋のものとは何かが違う気がする。気がするだけかもしれないけど。
レイスは低いカウンターに向かうと呼び鈴を鳴らした。澄んだ音が響き、奥から小柄なおじさんが出てくる。立派なヒゲで口元が見えず、目つきも悪いせいでとても無愛想に見えた。
「……何か」
「依頼だ。武器用に短剣と肉切り包丁を一本ずつ、ミスリルで作ってもらいたい」
レイスの言葉を聞いたおじさんは深いため息をつき、カウンターを指先でトントンと叩く。
「置いてある品をみれば分かるだろう。ミスリルなんぞウチにはない」
「ああ、言い忘れていた。素材持ち込みで依頼したい」
「……ミスリルを持っていると?」
レイスが俺をちらりと見る。出せってことね、了解。
カウンターに近づいた俺は収納鞄の中から巨大カタツムリの殻を取り出した。五等分した内の一本だ。カウンターに置いたそれをまじまじと見つめたおじさんは、ほうと恍惚の息をもらした。
「こいつは随分な上物だ……どこから持ってきた?」
「南東の鉱山からだよ。そこに住み着いた魔物がミスリルを食べて殻にする巨大カタツムリでさ。これはその殻なんだ」
「ミスリルシュネッケか。中々見かけない魔物だ。相当な豪運だったようだな」
うんうんと頷いたおじさんは鋭い目で俺達を見つめる。不機嫌とかじゃなくて単に目つきが悪いだけなのかな、この人。
「それで、どいつがどれを使うんだ」
「俺が短剣、この子が肉切り包丁だ」
後ろにくっついていたケイトを前に出す。おじさんは訝しげに眉をひそめた。
「子供? 子供にミスリル製の武器を持たせるたあ随分と……」
「オイラは子供じゃ、もごっ」
「身体強化が使える。小さいながらも重要な戦力だ」
ケイトの口を塞いだレイスが言葉を被せる。数秒黙ったおじさんは納得したように頷いて、くいっと顎を上げた。
「刃渡りはいくらがいいんだ」
「使い慣れたサイズがいいよな。俺のはこれくらいで」
短剣を差し出すと、おじさんはとても深いため息をついた。ますます目つきが鋭くなっている。
「なんだこのザマは」
「あー……そのミスリルシュネッケ? を倒す時に刃こぼれしちゃってさ」
「まさか殻をそのまま切ろうとしたのか? こうなって当然だろうに」
「ごもっともで……」
今更ながらもう少し慎重になるべきだったなあ。反省反省。レイスに口を塞がれたままだったケイトが両手で手を剥がしてカウンターの前に立つ。
「オイラのはこんな感じだ」
ずっしりと重たい肉切り包丁を出す。ミスリルがべっとりとくっついたままだ。おじさんはまた顔をしかめたが今度は何も言わなかった。
「そのサイズを扱えるというなら何も言うまい」
「柄はマスタートレントの枝で作ってもらいたい」
またレイスに合図されたのでマスタートレントの枝も出す。カウンターの上はほぼ埋め尽くされた。
「ミスリルにマスタートレントねえ。こんな上物の素材は久しいな」
ふー、と息をはいたおじさんはバンッとカウンターを叩く。ケイトの肩がビクッと跳ねた。
「よし、任せろ。最高の二振りを用意してやる」
「代金はいくらになる」
「これだけの上物を扱わせてもらうんだ、タダでいい」
えっ、タダ? いいのか? ケイトと顔を見合わせる。いくら持ち込みとはいえ結構かかると思ったのに、いいのかな。
レイスは眉を寄せて首を横に振った。
「それは困る。武器は己の命を預ける物だ。相応の対価を取ってもらわねば安心できない」
「貴重な機会をくれるんだ、タダでも安いくらいなんだがね」
レイスとおじさんが何やら言い合っている。俺はケイトのほっぺをむにむにしながら待った。こういうのはレイスに任せておけば問題ない気がする。タダならタダでラッキーだと思うんだけど、レイスには譲れないものがあるようだ。
「そこまで言うなら……そうだな、魔石を二つもらおうか。無属性のものが好ましい」
「魔核でもいいだろうか? ドラゴンの魔核なら持ち合わせている」
「はあ、ドラゴンねえ。もう驚きやしねえよ。ほら、さっさと出しな」
レイスは収納鞄から二つの透明な球を取り出すとおじさんに渡した。おじさんは魔核をいろんな角度から眺めては、カウンターに置いてあった細い棒を手に取って魔核に向ける。あれは……光を出す魔道具みたいだ。光で照らしながら真剣な眼差しで見つめたおじさんは光を消すとカウンターに魔核を置いた。
「ドラゴンのものかは分からんが最上級の魔核ではあるようだな。わかった、これで請け負うとしよう」
「何日で仕上がる」
「三日後に取りに来い。仕上げておく」
「ああ」
これでやり取りは終わったようで、レイスが店の外へ出る。俺達もその後に続いた。冷たい風が頬を撫でる。おー、寒い寒い。
「三日後か。それまでどうするんだ? 観光?」
「お前達がそうしたいならそれでいい。特にやることもないからな」
レイスは次の行き先をもう決めているようで、すたすたと進んでいく。
観光かー、いろいろ見て回りたいけど……やっぱりここで暮らしていたレイスに案内してもらおうかな。
「レイスさん、どこに向かってるの?」
「宿だ。路上で寝るわけにはいかないだろう」
そりゃそうだ。




