雪原
村を離れた俺達はレイスを先頭に雪原を歩いていた。いろいろあったけどミスリルは手に入ったことだし、あとは腕のいい鍛冶屋に素材を渡して作ってもらうだけだ。
「それで、次の行き先は?」
「帝都グリュックだ」
お、帝都に行くのか。一度見てみたかったんだよな。いろいろと心配ではあるけど、しっかり着込んでおけば大丈夫っぽいしバレずにいけるだろ。
「念の為に首輪をしておけよ」
「……はーい」
ケイトと一緒にふにゃっとした返事をする。しなきゃダメか? ダメかぁ。もしバレたときを考えたらそうだよな。窮屈だけど我慢するしかない。レイスの奴隷だってことにしておけば最悪の事態は避けられるもんなあ。
「そういえば、あの冒険者達はどうなるんだろうな」
「村の人達のためにたくさん働けばいいと思う!」
「そうですね、今まで奪ってきた分を償っていただけることでしょう。そうすれば彼らも許されるはず……」
「みんな、なに言ってるんだ?」
うんうんと頷く俺達をケイトが不思議そうに見る。そして、さっぱり分からないといった声色で続けた。
「あんなヤツら、殺すに決まってるぞ」
「……え?」
とてもケイトの口から出たとは思いたくない言葉が聞こえ、思わずすっとんきょうな声を上げた。リーファもオリヴィエも目を丸くしている。レイスだけは何も言わずに平然とした顔で振り返った。
「だってあんな酷いことやったんだ。恩を仇で返されたどころか、ずっとずっと苦しめられてきたんだから、報復するのは当然の権利だと思うぞ」
「だからって殺すまでいくのは……」
ちょっとやりすぎなんじゃないのか? そう続ける前にレイスが淡々と言う。
「獣人の価値観はそういうものだ。受けた恩義には礼を尽くすが、ひとたび恨みを抱けば必ず清算する。イノセンスの社会には不適合だが、その分かりやすさは好ましいとさえ思える」
「そういうもの、なのか……?」
「その点、獣王国はよくやっていると言える。私刑を取り締まり、彼らなりの法で裁いているからな」
獣人には獣人の文化がある。それは理解しているつもりだったが、ここまで価値観が違うとは思わなかった。たしかに殺したいほど恨んでいるのは当然だと思うが、だからって行動に移すなんて。
「あの村の存在は帝国も認知していないだろう。そこに法だの何だのを持ち込むことは不可能に近い。仮に帝国の法を適用させようとしたところで――」
「帝国の法なんて信用できないじゃないか。帝国の中で亜人が殺されたって何の罪にもならないんだろ?」
「と、こういった反応が返ってくるだけだな。ちなみに殺した亜人が他人の所有物だった場合、あるいは殺した場所が公共の場や他人の土地だった場合は一応罪状がつくぞ。器物損壊としてだがな」
帝国の法じゃ亜人は物としてしか扱われないのか。なんとも気分が悪くなる話だ。
とにかく、獣人の価値観については理解した。あの冒険者については、それを知らず村側に処分を任せた俺の落ち度だけど、そもそもあいつらがあんなことをしなければ済んだ話だし……俺も恨みはあるし。うん……うん、気にしないことにしよう。俺は悪くない、よな? 少しもやもやしたものを抱えながらも歩き続けた。
暫し歩き続けたところで腹がくうと鳴る。あ、そういえば昼を食べないまま村を出てきたんだった。
「オイラお腹すいたぞ」
「アタシも! ねえ、お昼にしようよ」
「賛成。俺も腹減ってきた」
「わたくしもそろそろ空腹で……」
満場一致で昼食をとることになった。雪が降る中で作るのは、具材たっぷりのスープと焼いた肉、そして炙ったパンだ。とにかく早く帝都に着きたいってことで、あまり凝った料理はしないことにしたらしい。
それでもスパイスと野菜のうまみが溶け出したスープは絶品だし、少し硬くなったパンを浸すとこれまた美味い。ハーブをすりこんだ肉の焼き加減も丁度良くて噛めば噛むほど肉汁があふれ出す。湯気をたてる料理は体を芯からじんわりと温めてくれた。
それにしてもケイトの料理は飽きがこないな。いくらでも食べられそうだ。あっという間にカラになった食器を片手に、満足感を乗せた息をつく。
「ふう、おいしかった!」
「おかわりあるぞー。いる人ー?」
「いるー!」
リーファはスープをおかわりしている。俺ももう少しもらおうかな。
食事を終えたら、再び目的地を目指して歩き続ける。帝都まであとどれくらいあるんだろう? 地図を取り出して確認してみる。うーん、今日中には着きそうにないな。また雪の中で野宿かあ。早々に暖かい暖炉が恋しくなる。
「帝都グリュック……どのような場所なのでしょう?」
「特徴をあげるとすれば魔導工学は外せないだろう」
オリヴィエの疑問に答えたのはレイスだった。先を歩きながらすらすらと説明を述べる。
「この大陸の国々を巡って確信したが、間違いなく最も発展した街だ。魔力伝導率の高いミスリルが多く採れることで魔導工学の研究が進んだのだろうな」
「まどーこーがくってなになに?」
「……魔道具を作る学問だとでも思えばいい」
「なるほど〜!」
その説明で納得したらしいリーファは雪をさくさくと踏んで遊んでいる。その隣を歩くケイトの足跡も並んでいるが……サイズの差がはっきり分かるな。続く足跡をじっと眺めていたら、雪に足をとられてしまった。転びかけたところをギリギリ踏みとどまった俺をレイスが呆れたように見ていた。
「何をしているんだ」
「いやあ、ちょっと気を取られて……ははっ」
「まったく、気をつけろ」
ため息をついたレイスは先に進む。俺の隣に来たケイトが手を伸ばし、ぽんと背中を叩いた。
「大丈夫だぞ、エスカ。オイラも転びかけたことあるからな」
「慰めをありがとう……っていうかケイトのあれは転びかけたっていうよりもう転んでただろ?」
雪にくっきりはっきり跡までつけていたの、しっかり見ていたからな。ケイトは頬を赤くして、ふいっと顔を逸らす。
「あ、あれは……きれいなちょうちょが飛んでたから……」
そう、不思議なことにこんな雪の中でも時々蝶が飛んでいるんだよな。日の光を浴びてキラキラときらめく真っ白な羽のキレイな蝶だった……レイス曰く凍死した動物の体液をすすって生きるという、とんでもない虫らしいが。
とにかく、その蝶に気を取られたケイトは盛大に転んだわけだ。恥ずかしさからか寒さからか、ぷるぷると震えていたから誰も何も言わなかったけど全員が目撃していた。
「オイラのことはいいから! 早く行くぞ!」
「あっ、そんなに走ったらまた――」
ずべしゃ! 蝶の時とは比にならないほど勢いよく転んだケイトは、両の拳を握ってぷるぷると震えながら顔を上げた。全員がケイトを見下ろしている。そうなるよね、またやったんだな、って感じの生ぬるい視線だ。
「う……うわーん!! そんな目で見るなよぉ!!」
ずびっと鼻をすすったケイトは、ぽすっと雪に顔をうずめた。そんなことしたら冷えすぎて痛くなっちゃいそうだけど、いいのかな。
……かわいいって言ったら怒るか? 怒るだろうなあ。うっかりこぼさないように口はしっかり閉じておこう。




