村長宅にて
改めて話を聞くことにした俺達は、村長であるキツネの獣人の家でお茶を飲んでいた。その辺の雑草を炒って煮出したもので、この村では一番いい飲み物らしい。
ちなみにウサギの獣人の方は家に帰ってもらっている。話を聞くなら村長の方がいいと思ったからだ。
「それで、その冒険者って?」
対面に座る村長は静かに語り始める。
「数年前にひどい怪我をした冒険者がこの村にやってきたのです。助けてほしいと言うので、食料を渡して宿を提供したのですが……」
だんだんと声が震えだす。拳を握りしめた彼は顔を歪め、吐き捨てるように言った。
「怪我が治って村を出た彼は、仲間を引き連れて戻ってくると言ったのです。奴隷商に売り飛ばされたくなければ物資をよこせと……!」
「奴隷か……ヴァルテン帝国でしか聞いたことがないけど奴隷がいるのって帝国だけなのか?」
ちらりとレイスを見ると、彼は緩やかに首を振った。
「他国でも奴隷は存在している。ただ基本的には罪人が身を落とすものという認識だ」
「なるほど……」
でも、その冒険者の言い分なら罪人じゃなくても奴隷にできるってことだよな。やっぱり亜人だからなのか?
「それから度々やってきては物資を要求するようになり……限りなく少ない物資での生活を余儀なくされた我々は、逃げるどころか生きることすらままならなくなりました。それだけでは満足しなくなった彼らはミスリルを要求するようになったのです」
「ミスリルを……? それじゃあ、もしかして」
村長はゆっくりと頷く。
「我々はミスリルが採れる場所を知っています。正直に申し上げなかったのは……ようやく見つけたミスリルを持っていかれては次の取引に間に合わなくなると考えてのことでした。騙してしまい申し訳ない」
村長は机に額がつきそうなほど頭を下げる。
なるほどなあ。そういうことなら仕方ない。さすがに身の危険を承知で情報を渡せなんて言わないよ。
「気にしないでくれ。俺だって貴方達の立場なら、きっと同じように隠したと思うから」
「そうだよ、悪いのはイジワル冒険者! 村長悪くないよ!」
「ありがとうございます」
顔を上げた村長に、ふと疑問に思ったことを問いかける。
「あの女の人は冒険者のせいで怪我人が出たって言っていたけど、それは?」
「……ミスリルが採れる場所に魔物が住み着いたのです」
「魔物が?」
「はい。ミスリルを取りに行った者達が言うには、巨大なカタツムリの魔物だそうです」
カタツムリって、あのカタツムリ? よく雨の日に葉の上にいるやつ。
巨大カタツムリかあ……なんか簡単に倒せそうだけど、それで怪我人が出てるんだもんなあ。
「どんな被害が出たんだ?」
「主に打撲と骨折です。巨体に見合わない速度で体当たりしてくるらしく……」
素早い体当たりか……突進してくるカタツムリってあんまり想像つかないな。ゆっくりしてるイメージが強い。
「ヤツは採掘ポイントに居座っています。隠れて採掘することも試したのですが、一度も成功しておりません。命からがら逃げてきた者達の中には重傷を負ったものもおりまして」
「つまりそのカタツムリをどうにかしないとミスリルが手に入らないってことか」
「その通りでございます」
村長は目を閉じて少し俯いた。かなり疲れているみたいだなあ……それをどうにかしないと奴隷にされるっていうんだから無理もないか。次にその冒険者が来るのかは分からないけど、気が気じゃないんだろうなあ。ミスリルを手に入れたいのは俺達もだし、ここは協力した方がいいだろう。
この際、先程の火事については気にしないことにする。大したケガはなかったし……危険にさらされたことには変わりないし、リーファを苦しめたのは許せないけどさ。事を起こしたのはあのウサギの獣人一人みたいだし、それとこれとは話が別だもんな。なによりリーファ本人がもう怒っていないみたいだから。
「村長、俺から提案だ」
机に肘を立てて両手を組む。
「そのカタツムリを俺達で討伐してみるよ。その代わり、成功したらミスリルを分けてほしいんだ」
「それは……しかし……」
「全部をよこせってわけじゃない。俺達が欲しいのは自分達の武器にする分だけなんだ。俺の短剣とケイト……獣人の肉切り包丁の分さえ貰えればそれでいい。必要以上には取らないよ」
村長はしばし考え込む。眉間にシワを寄せ、口を引き結び、まるで運命の選択を迫られているかのような……彼らにとっては実際にそうなのだろう。
ゆっくりと決断を待つ。その採掘ポイントとやらから採掘できるミスリルがどれくらいかは分からないけど、そう悪い話じゃないと思うし。俺達を信頼してくれるといいんだけどな。
やがて村長は息を吐いて体の力を抜いた。その目には光が宿っている。
「分かりました。採掘ポイントまでの案内をつけます。多大なご迷惑をおかけした上で不躾な願いですが、どうか力をお貸しください」
「任せてくれ。これでも忘却ノ迷宮攻略を目指しているんだ。魔物の一体や二体、サクッと討伐してみせるさ」
サクッとは少し言い過ぎたかな? でもそれくらいの意気込みでいかなくちゃだよな。
村長はゆっくりと頭を下げた。俺達のためにも、そして彼らのためにも、今回の討伐は成功させないといけない。
ぐっと拳を握って決意を固めたところで、オリヴィエが胸に手を当てて口を開く。
「あの、怪我人のところまで案内していただけないでしょうか? わたくしは回復魔法が使えますので治せるかもしれません」
「本当ですか! なんとありがたい……」
村長は目に涙を浮かべる。
それから俺たちは怪我人がいる家をまわって回復魔法をかけていった。最初はみんな怯えていたけど、俺とケイト、そして村長が説明すると幾分か安心してくれたようで素直に回復魔法を受けてくれた。軽い打撲の人から手足を折った人まで様々で、どれだけ魔物が凶暴なのかを表しているかのようだ。
一通り回復させ終わったら、明日に備えて眠る。いろいろあったけど、まだ夜中だからな。今度の寝床は村長の家だ。ベッドから追い出すのは酷なので暖炉がある部屋に寝袋を敷いて寝た。
そういえば燃やされた家の主は大丈夫なんだろうか。いかにも誰か住んでますって感じの家だったし、ベッドの数的に三人家族だし。他の家に泊まらせてもらっているのかな。レイスのおかげで全焼はしなかったけど寝室あたりは焼けてそうだしなあ……直すの大変そうだ。
あっという間に朝が来て目を覚ます。パンとスープで朝食を済ませたら、いよいよ出発だ。案内役は出迎えに来ていた謎の獣人が任されたらしい。
「案内を務めます。よろしくお願いします」
ぺこりとお辞儀した獣人は小さな体で俺達の前を歩き始める。できるだけ早足で歩いているみたいだけど、それで丁度いいくらいの速度だ。ケイトより少し大きいくらいの体だからしょうがない。
それにしても……何の獣人なんだろう。真っ白で小さな体に小さな耳、先が黒く長い尻尾。ネズミとも違うよなあ……胴が長めだし、イタチ? うん、どっちかというとイタチに近いか。
そんなことを考えている間に村を出て、鉱山への道を進んでいく。
「カタツムリの魔物って体当たりしてくるんだろ? 足が速いのか?」
「聞いた話では殻に閉じこもってぶつかってくるそうです。殻はとても硬くて太刀打ちできなかったとか」
硬い殻かあ。巨大だっていうし、思ったより危険そうだな。気を引き締めないと。
鉱山には三十分も歩かない内に到着した。
「ここからまた少し歩きます。暗くなるので離れないようにお願いしますね」
ランプを手にした獣人は、やや入り組んだ暗い坑道を迷いなく進んでいく。すごいな、俺達だけだったら迷っていたかもしれない。
いくつかの分かれ道を進み、ごつごつとした足場になってきたところで獣人が足を止める。この先は広い空間に繋がっているようだ。
「あれが例の魔物です」
小さな声と共に獣人が指差した先には巨大なカタツムリがいた。二メトルはあるだろうな。キラキラと硬質の輝きをもつ殻を背負い、同じようにキラキラと輝く鉱石が露出した岩壁にくっついている。あの輝き……あれがミスリルか? というかカタツムリの殻もミスリルっぽいんだけど。そりゃ硬いだろうよ。
じっと見つめていてもカタツムリが動く気配はない。その場で体をうねうねと動かすばかりだ。何をしているんだ……? 首を傾げる俺の隣でレイスが囁く。
「ミスリルを餌としているようだな」
「えっ、あれ食べてるのか?」
「おそらくは。ミスリルを食し、己の鎧としているのだろう」
「間違っていないと思います。前に来た時よりミスリルの量が減っている気がしますから」
ということは放置しておくとミスリルを全部食べられてしまうってことか。厄介だな。でも、ここで倒してしまえば関係ないことだ。
「よし、行くぞ」
「うんっ」
「僕はここで待っています。ご武運を」
それぞれ武器を構えて広い空間に出る。カタツムリはまだ動こうとしない。余裕たっぷりという風に見えてくるな。
「カタツムリさん、お話を聞いてくださいませんか。貴方の食べているミスリルがわたくし達には必要で――」
オリヴィエが語りかけるがカタツムリは黙って食事を続けている。聞く耳を持たないな……文字通りの意味で。オリヴィエは残念そうに肩を落とした。
「お話はできそうにありませんね……」
「魔物だからな、仕方ないさ。ほら始めるぞ」
「はい。まずは支援を」
オリヴィエが杖を構えて呪文を唱える。体を温かいものが包んだ。これで防御力と攻撃力が上がったわけだ。その状態で最大限の魔力を込めた矢なら、きっと。
ギリリと引き絞った弦を離す。光り輝く矢は真っ直ぐに飛んでいき……殻に当たるなりガキンと音を立てて跳ね返った。
「おいおい嘘だろ、最大威力だぞ」
カタツムリはゆっくりと壁から下りると、殻の中に引っ込み始める。直後、凄まじい速度で回転し、車輪のように転がってきた!
ギュルギュルと音さえ聞こえそうな勢いだ。咄嗟に横に飛び退けば、俺がいた場所を巨大な殻が駆け抜けて壁にぶつかる。大きな音と共にめり込んだ殻に付着した岩壁の破片がパラパラと落ちていくのを見て、たらりと冷や汗が流れた。あんなものに轢かれたらただじゃ済まないだろう。
「思ったより強敵かもな……」
額に流れた汗を拭って、こちらへ体を向ける巨大なカタツムリを見据えた。




