火の海
ごうごうと燃え盛る炎の中、呆然と目を見開く。どうしてこんなことになっているんだ? いや、今はそんなことを考えている場合じゃない!
隣で眠るケイトを揺さぶる。
「ケイト、ケイト! 起きろ!」
「んん……なんだよう、まだご飯の時間じゃ……」
「寝言を言ってる場合じゃない! 火事が起きてる!!」
「かじ……火事? ええっ!?」
飛び起きたケイトは惨状を見て目を丸くする。どうしよう、どうするべきだ? とにかく外に出るべきだよな? ベッド横に置いていた俺とケイトの収納鞄を引っ掴む。
「逃げるぞ!」
「お、おお!」
扉よりも窓から出た方が早いか? 木製の窓を急いで開けようとしたが、どんなに力を込めても開かない。ええい、方法なんて選んでいる余裕はない! 魔力を込めた拳を叩きつければバキッと音を立てて割れた。もう一度殴れば窓が外れる。収納鞄を外に投げ、ケイトを抱き上げて窓から逃した。
「エスカ、早く!」
窓に足をかけて潜り抜ける。割れた木片が腕を切り裂き、赤い線が引かれた。
「ぐっ……」
「エスカ、大丈夫か!?」
「俺は大丈夫。それよりみんなを助けないと!!」
残りの三人は両隣の部屋にいるはずだ。言葉を交わすより先に二手に分かれて窓を開けようとsたが、外から木の板で塞がれていて開けられそうにない。内側から開けようとしているようで、ガチャガチャと音が鳴って窓が揺れている。
「下がってろ!」
魔力を込めた拳で叩き割る。ケイトの方からも割れる音が聞こえたから、向こうは大丈夫だろう。
「ありがとうございます、助かりました」
この部屋にいたのはオリヴィエとリーファだった。オリヴィエがリーファを連れてきて窓から逃す。
どうもリーファの様子がおかしい。怖がっているにしても変だ。
「大丈夫か、リーファ」
「エ、エスカくん……アタシ……」
カタカタと震える彼女の顔色は酷いものだった。彼女の体を支え、窓から出てきたオリヴィエと三人で家から離れる。ケイトも走ってきて、その奥でレイスは杖を振っていた。バシャンと音を立てて大量の水が家に降り注ぐ。火の勢いは弱まったが、まだ燻っている。
「一度では鎮火できないか」
「レイス、無事でよかった」
「そちらもな」
彼は再び杖を振り、また大量の水が降り注ぐ。今度こそ完全に鎮火できたようだ。これで一息つけるな。
それにしても一体何があったんだ? 首を捻っているとリーファが膝をついた。オリヴィエが彼女の丸まった背中をさすっている。
「ア、アタシがやったの……? アタシのせい……?」
震える両手で顔を覆った彼女の前にしゃがみこむ。リーファのせい? そんなはずがない。今まで彼女は一度だって眠っている時に魔法を暴発させたことなんてなかった。制御だって上手くなったんだ、そんなこと起こりえない。
「……外から火を放たれたようだな」
「何か見つけたのか?」
「ああ、見てみろ」
いつの間に出したのか、レイスの隣に光の球が浮いている。おかげで辺りがよく見えるな。
レイスが指差す先を見ると、一本の木の棒が落ちていた。先端には真っ黒に焦げた布が巻かれている。これで火をつけたのか……何のために?
「大丈夫ですよ、リーファさん。リーファさんのせいではありませんから」
「うぅ……本当……?」
「ええ、本当です。どうか泣かないで」
オリヴィエは優しくリーファを抱きしめた。ぎゅっと抱きしめ返したリーファがぐすぐすと泣きじゃくる。その頭をそっと撫でてから立ち上がった。
「……犯人は誰だ」
「そこまでは分からない。だが……探す手間は省けそうだな」
レイスが振り向いた先には、二人の獣人がいた。片方はこの家に案内してくれたキツネの男。もう一人は出迎えた中にいたウサギの女だ。俯く女の手を引いて早足でこちらへ向かってくる男の顔は酷く焦燥しているように見える。
「冒険者様方」
震える口で声を絞り出した男は女の頭に手を置くと頭を下げる。女は男の手に強く押さえつけられ、強制的に頭を下げさせられていた。
「此度の騒動はこの者が起こしました。どうかこの者一人でお怒りをお収めください」
……このウサギの獣人が犯人か。いろいろと疑問は尽きないけど、順番に聞いていくとしよう。
「どうして言いに来たんだ?」
「この者から事の次第を聞き、放っておけず連れてきました」
答えたのは男の方だ。聞いたっていうけど、どうやって? グルってわけでもなさそうだし。
「どうやって聞いたんだ?」
「冒険者様方が避難されたところを見て狼狽えたようで……どうすればいいかと訪ねてきたのです」
「どうして火を放った?」
女は黙っている。男が彼女の背を強く叩いた。そして彼女の耳に口を寄せる。
「お待たせするんじゃない、早く言え……!」
「……だって」
俯いていた女はバッと顔を上げる。
「だってしょうがないじゃない!! こうするしかなかったの!!」
「なっ、何を言い出すんだお前は!!」
女はキッとこちらを睨みつけて叫ぶ。しょうがない? 何がしょうがないって?
青ざめた男が口を塞ごうとするが、女はその手を払いのけて言葉を続けた。
「これ以外どうしろっていうの!? ただでさえあの冒険者のせいで何人も怪我人が出ているっていうのに、二組目の冒険者?」
「おい、黙ってくれ」
「これ以上何も差し出せないわ。だったら殺すしかないじゃない!! もし村の存在をバラされたら私達――」
「黙れと言っているじゃないか!!」
無理矢理女を押さえ込んだ男は、汗を垂らしながら頭を下げる。
「無礼な物言い、大変申し訳ありません。この者は好きにしていただいて構いませんから、どうか他の者達には……」
「村長だって理解できるでしょう!? 子供達が売り飛ばされてもいいっていうの!?」
「黙らないか!! もはやお前一人の問題じゃないんだぞ!!」
だんだんとヒートアップしていく二人を前に、俺はただ困惑していた。やられたことへの怒りとか、動機についての疑問とか、そんなものはまだまだ残っている。残っているけど……どうも大きな事情がありそうで切羽詰まった様子だから、どうすればいいか分からなくなってしまった。
その事情と俺達は関係ない。そう言ってしまえばそれまでのことなんだけどさ、女の方なんて泣き出しているし……なんだかなあ。
どうしたものかと考えていると、ケイトがすっと前に出た。
「オマエ達に何があったのか、オイラには分からないけど……オイラ達、あやうく死ぬところだったんだぞ」
「……獣人?」
ぽつりと男が呟くと、女は更に目つきを鋭くさせた。
「やっぱりイノセンスって最低……! 奴隷にするばかりか、こんなところまで連れ回すだなんて!!」
「何を勘違いしてるんだよ、オイラ達はパーティを組んだ仲間だぞ。奴隷なんかじゃないやい!」
腰に両手を当てたケイトは呆れたようにため息をつく。女は信じられないと言わんばかりに目を見開いた。
「仲間……? 獣人とイノセンスが……?」
「あ、言い損ねたけど俺はエルフだ。ほら、この耳が証拠。ちなみに俺がリーダーだから」
「う、うそ……」
「本当だぞ。オイラ達は旅を共にする仲間なんだ」
女はすっかり意気消沈している。
さて、これでひとまず落ち着いたわけだけど……どうするべきかなあ。




