小さな村
ノーデン大森林を抜けてヴァルテン帝国に入った俺達は、雪が降る中を突き進んでいた。
みんな防寒具を着ている。コートに帽子にと完全装備だ。森を越えると急に寒さが強まるんだよな。コートの下で震える体をさすった。
「またハーピーだ!」
「よしっ、任せて! ファイアストームッ!!」
飛びかかってくる半人半鳥の魔物へとリーファが杖を振る。黄色を帯びた赤い炎がハーピーを包み込み、こんがりと焼き上げた。
新しい杖になってから、リーファの魔法は更に威力を増している。精度も上がったし、もう立派な魔法使いだ。彼女は宣言通りどんな魔物が来ても一掃している。頼りになるなあ。
「ふうっ、倒せたよ!」
「ナイスだ、リーファ」
地面に落ちた黒焦げの死体を短剣でつつく。すぐに崩れた体の中から魔核が出てきた。よしよし、今度は割れてないな。
リーファの火力が上がったのはいいんだけど、火力が高すぎて魔核まで割れてしまうことが多々あった。今は少し手加減してもらって、丁度いい塩梅を探してもらっているところだ。
「うん、それくらいの加減でやってくれたら良さそうだ」
「はーい!」
熱された魔核をパッと拾い上げて収納鞄に入れる。あまり長く持ってると火傷しそうだ。
目的地はまだまだ先。これだけ何もない平原だと方向が分からなくなりそうで少し不安になる。雪も降っているから尚更だ。実際は目的地の山が見えているから迷うことはないんだけどさ。
「う〜、寒いぞ……」
「だよねだよね、寒いよね。ぎゅってしていい?」
「おう、いいぞ」
ケイトはリーファにぴったりとくっつき、リーファはケイトをぎゅっと抱きしめた。
俺も寒い。いくらコートを着ているとはいえ、その下はいつも通りの服なわけで。動きやすさ重視の軽装だからなあ……他のみんなと比べて布地も少ないしさ。
「ほらほら、エスカくんもおいでよー」
「そうだぞ、エスカが一番寒いだろ」
「それじゃ少しだけ……おー、あったかいな」
三人でむぎゅっと抱き合う。ケイトが一番体温高いな。子供体温ってやつか?
「あらあら、わたくしも参加しましょうか」
「……何をしてるんだ、さっさと行くぞ」
近づこうとしたオリヴィエをレイスが引きとめる。こんなにくっついていると歩こうにも歩けないしな。少しの名残惜しさを感じながら離れた。
「ケイトちゃん、手をつなごうよ。少しはあったかいかも!」
「おー、そうだな」
リーファとケイトが繋いだ手を振りながら歩いていく。こうして見ているとまるで姉妹だな。自然と口元がほころぶ。
それからしばらく歩いて目的地も近くなってきた頃。柵で囲われた小さな村を見つけた。
「こんな所にも村ってあるんだな」
「なあなあ、今日はあの村に泊まらせてもらわないか? もう寒くて仕方ないぞ」
「でも大丈夫かな? また酷いことされない?」
話している間にも村との距離は縮まっていく。丁度俺達と目的地の中間にあるからな。泊まらせてもらえるならそれがいいけど、ここがヴァルテン帝国だっていうのがネックだ。
「鉱山近くにある村なら鉱山の情報を得られるかもしれない。行ってみる価値はあると思うが」
「うーん、そうなのか? レイスがそう言うならオイラは賛成だぞ……」
気乗りしなさそうながらもケイトが手を挙げる。コートと帽子で尻尾も耳も隠れているし、鼻はマフラーを上げれば大丈夫そうだ。俺の耳もちゃんと帽子の中に入れておく。
「情報は大切だもんね。アタシも賛成! でもでも酷いことになりそうだったらすぐに出るよ」
「わたくしも賛成です。何があってもわたくしが守りますから」
みんな賛成か。それなら決まりだな。
「よしっ、行くか。いい情報が手に入るといいんだけど」
こぢんまりとした村に近づくと、慌てた様子の村人達が出迎えた。まさか村に入る前から出てくるなんてな。それにこの慌てよう……一体何だ?
気になるのは出てきた村人達が全員獣人だってことだ。ヴァルテン帝国にも獣人の村ってあるんだな。
三人の獣人はみんな真っ白だ。キツネの男にウサギの女、それから……あの子供は何の獣人だろう? 体は小さく、耳も小さい。ふさふさの長い尻尾は先端が黒く染まっている。みんな獣色が強いタイプの獣人だ。
緊張しているのか、強張った表情の獣人達は地面に手と膝をついて深く頭を下げた。えっ、なんで急に?
「も、申し訳ありません! お渡しできる物が用意できておらずっ!!」
一歩前に出ているキツネの獣人は震えた声を張り上げる。後ろの二人は震えながら額を地面に擦りつけているし……なんなんだ、この光景は。どうしてこの獣人達はこんなにも怯えているんだ? 思わぬ出来事に面食らったが、そのままにしておくわけにもいかない。ここは俺が応対するべきかな?
「えっと……とりあえず顔を上げてくれないか?」
「……はい」
ゆっくりと顔を上げた獣人達は酷い表情をしている。まるで死を覚悟したかのような……いや、そんな態度をとられても俺達には何が何だかさっぱり分からないんだけど。どうしたものかな、これ。
「もう少しだけ時間をいただければ必ず用意してみせます。食料なら差し上げますので、なにとぞご慈悲を……!」
「あー、そのー……真剣なところ申し訳ないんだけどさ。貴方達が何のことを言っているのか俺達にはさっぱり分からないんだ。人違いじゃないかなあ……」
キツネの獣人は戸惑っているようで、かすかに目が揺れていた。
「人違い……? 彼らの仲間ではなく……?」
「うーん、とりあえず立ってくれ。そう畏まられると落ち着かないよ。普通でいいからさ、普通で」
獣人達はおそるおそる立ち上がる。まだ怯えは消えないけど、かなりマシだ。この調子なら聞きたいことを聞けそうだな。
「鉱山の情報が聞けないかと思って来たんだ。あと、一晩泊まらせてくれるとありがたいなって」
「鉱山ですか……」
「俺達、ミスリルが欲しくてさ。だから何か知っていれば教えてほしい。もちろんお礼はするよ。といっても、銀貨か食料になると思うけど」
なんか大変そうだし、多めに食料を渡すことにしよう。なにか情報があればの話になるけど。
「その……少々お待ちいただけますでしょうか。話し合いたいのです」
「ああ、ゆっくり話し合ってくれ」
三人の獣人は集まって何やら話し始めた。声は小さくて聞き取れそうにない。
この村の人達にとってあの鉱山って大切なものだったりするのかな。どうなんだろう。
ケイトの手を揉みながら待っていると、キツネの獣人が意を決した面持ちで近づいてきた。他の二人は早足で村の中へと入っていく。
「鉱山については……何も知りません。ですが、お泊まりいただくことはできます」
「そうか、分かった。宿を借りられるだけでありがたいよ」
「……案内いたします」
ほっと息をついた彼はゆっくりと村の中へ入っていく。その後に続いて入ると、屋根に雪が積もった家がぽつぽつと立っていた。住人は見当たらないな。やっぱり寒いから外には出ないんだろうか。
窓からちらりと小さな影が覗き、すぐに引っ込む。子供かな?
「こちらの家にお泊りください。どうぞ」
案内されたのは村の一番奥にある家だ。促されるまま家の中に入る。暖炉の中では火が踊っていて充分暖まっていた。
「申し訳ありませんが、ベッドは三つしかなく……」
「三つか。詰めて寝れば大丈夫かな。案内ありがとう」
「いえ。お食事の方はいつ頃ご用意いたしましょうか」
えっ、食事まで出してもらえるのか? でもなんか申し訳ないな。言っちゃ悪いけど、この村ってそんなに余裕があるようにも見えないし。
「自分で用意するから大丈夫だよ。キッチンだけ貸してくれると助かる」
「はい、どうぞご自由にお使いください。キッチンはあちらです。他に何かありますでしょうか」
「特にないかな」
「そうですか。では、ごゆっくり……」
キツネの獣人は頭を下げると家を出ていった。この家、たまたま空いていた……なんてことはないよな。片付けられているけど、ついさっきまで誰かいたって感じだし。
「ふー、あったかいぞ」
「あったかいねえ」
ケイトは暖炉の前に座り込んで温まり、その背中にリーファが抱きついた。
もし俺達が来たせいでこの家に住んでいた人を追い出してしまっていたとしたら申し訳ないな。でも今更言いにいくのもなあ。変に怖がらせてしまいそうだし……うーん。
「なあ、なんであの獣人達ってあんなに怯えていたんだろうな」
「ヴァルテン帝国に住まう獣人ならイノセンスに怯えるのも当然だろう……まさか気付いていなかったのか?」
「あっ、そうか。そういえばそうだ。なんで気付かなかったんだろう」
「もう過ぎたことだ。気にせずともいいと思うが」
レイスは椅子に座って本を読み始めた。オリヴィエはケイトとリーファの隣に座っているし、俺もゆっくりするか。俺とケイトが亜人だってことは明日言えばいいだろう。そうすれば少しは安心してくれるかな?
その日の夜、俺達は三組に分かれてベッドに横たわった。リーファとオリヴィエ、俺とケイト、そしてレイスは一人だ。
この部屋は少し肌寒いけど、ケイトを抱きしめると温かくて気にならない。自然とまぶたが落ちて意識が沈んでいく。
……パチパチという音、そして異様な熱気で目が覚める。
「なんだ……?」
眠たい目を擦って体を起こせば、火の海が一面に広がっていた。




