新たな杖
あれから日が過ぎて、いよいよ新しい杖を受け取る日になった。朝一番の約束だから、早めに起きて簡単な朝食を済ませてすぐに出発する。
みんなで白岩の広場に向かう間もリーファは落ち着かない様子でそわそわしっぱなしだ。昨晩もあまり寝つけなかったようだし、よっぽど楽しみにしていたんだろう。朝食を食べている時さえ上の空だったからな。
「楽しみだな、リーファ」
「うんっ! 新しい杖ってどんな感じかな? 楽しみだよ〜!」
自然と早足になるリーファを先頭に白岩の広場に入ると、すぐに木がガサガサと揺れてエルフが下りてくる。いつも木の上で待っているのは俺達だと確認してから出てくるためか? だとしたらすごい警戒心だな。何をそう警戒しているんだろう。
「遅い」
エルフは俺達に目もくれず、レイスに向けて一言放った。俺達、約束通りに朝一番で来たんだけどな。レイスもそう思ったようで、口元に手を当てて問いかけた。
「まだ早い方だと思うが……まさか日が昇ってすぐに待っていたのか?」
「……だったらなんだ」
「いや、何というわけではない。待たせてすまなかったな」
エルフはふんと鼻を鳴らして、右手に持った杖をリーファに差し出す。
「約束の品だ。受け取れ、人間」
「わあっ、新しい杖だ! ありがとうエルフさんっ!」
杖を受け取ったリーファは杖を掲げて、いろんな角度から見つめている。新しい杖はマスタートレント特有の艶やかな黒色だ。細かく分かれた先端は螺旋状にうねり、その先にはキレイにカットされた魔石がはめこまれている。木漏れ日を受けた魔石がキラキラときらめいた。先端付近に細かく刻まれた紋様は魔法陣に書く記号とよく似ている。
「握ってみて違和感はないか? 魔力の通り具合に問題は? 後から直せと言われても受けつけないからな」
「ファイア! ……大丈夫、すっごく握りやすいし魔法も使いやすいよ!」
ぼうっと燃え上がった炎を見てエルフが舌打ちする。
「突然魔法を使うな、使うなら使うと言え馬鹿者。木々に燃え移ったらどうする」
「あっ、ごめんなさい! 嬉しくってつい……」
「まったく……マスタートレントの枝に硬化と衝撃吸収の印を刻んである。ちょっとやそっとの衝撃では壊れないだろう。魔力を流すことで全力の身体強化を行った状態での打撃にも耐えうるだけの耐久力を持たせ、反動を抑えることができる。試しにそこの石を叩いてみろ」
エルフはつらつらと並べて足元の石を指差した。リーファは目を回している。
「えっと、えっと……すっごく硬くて、魔力を流すともっと硬くて……? とにかく魔力を流して叩けばいいんだよね! えいっ!」
足元の石を殴ったリーファは、キラキラとした目で杖を見つめている。
「すごい! 手が全然痛くないよ!」
リーファは見てわかるほど浮き足立っている。杖をぶんっと振ってはにこにこと笑い、大切そうに杖を抱きしめた。
「本当にありがとう、エルフさん! 大切にするねっ!」
「ああ、そうしろ。このワタシが手がけた作品なのだからな。光栄に思え、人間」
エルフは用済みだとばかりに背を向ける。その背中に声をかけたのはレイスだった。
「彼の弓はいつ頃完成しそうなんだ」
振り返ったエルフは重たいため息をついた。その顔にはわずかな疲れが見えている。
「……ワタシも暇なわけではない。貴様が急ぐと言うから杖を作る三日間、やるべき事を全て後回しにしたのだ。よって当分はワタシのために時間を使う」
「そうか。急がせてすまないな」
「まったくだ。貴様達にはまだ向かうべき場所があるのだろう? 再びここに戻ってくる頃には仕上げておく。精々ゆっくりと旅をしてくればいい」
そう告げると、今度こそエルフは木の上に飛び乗った。脚力すごいな。身体強化かな、あれ。ガサガサと揺れる木の葉を見上げていると、隣からくふくふと笑う声が聞こえた。
「相当気に入ったんだな、リーファ」
「うんっ、とっても! こんなに立派な杖は初めてだよ〜!」
そういえばリーファが使っていた杖って初心者向けの量産品なんだよな。似たような物がどこの武器屋にも安値で売ってある。まさか杖も殴って使われるとは思わなかっただろうな……よく今まで折れなかったものだ。
「よしっ、それじゃあヴァルテン帝国へしゅっぱーつ! どんな魔物が出てきてもアタシが倒しちゃうよ!」
「ははっ、頼りになるなあ」
笑いあいながら森を歩く。これから向かうヴァルテン帝国で俺とケイトの短剣と包丁を新調するわけだけど……素材持ち込みって言ってたよな。そんな刃物になりそうな素材なんて持ってなかったはずだ。
「なあレイス、ヴァルテン帝国で俺とケイトの武器を作ってもらうんだよな? 素材はどうするんだ?」
「まず帝国の南東にある鉱山に向かう。僅かながらミスリルが採掘できる場所だ」
ミスリル? ミスリルって、あのミスリルか? もしそうならすごい武器になるんだろう。なるんだろう、けど……。
「それって勝手に入っていいのか? ミスリルって貴重な鉱石なんだろ?」
「帝国においてはそこまで貴重というわけでもない。帝国北東の鉱山で大量に取れるからな。そちらは国が管理していて入ることはできない」
「南東の方は違うのか?」
「ああ。南東の鉱山は距離がある上に採れる量も極めて少ない。利益よりも費用の方が上回るのだろう。今となっては管理もされておらず、冒険者が立ち入ろうが勝手に採掘しようが帝国は気にしてない」
「へ〜、そりゃ都合がいいな」
ミスリル、ミスリルかあ。一度も見たことがないんだよな。トーガ村で自称腕利きの元冒険者がミスリル製だっていう短剣を見せてくれたことがあるけど、結局普通の鉄製だったらしいし。その場にいた全員からツッコミを入れられていて可哀想だったなあ、あれ。
ふっと思い出し笑いをした途端に胸の中を冷たい風が吹き抜けた。もうあんなやりとりも見られないんだよな。
……ハイマとプシュケー。あの二人の魔族は今、どこにいるのだろう。あれから町に現れたって話は聞かないし、どこも襲われていないといいんだけど。
再び彼らと遭遇したとして……あの二人は強い。今の俺達が戦って勝てる確証はない。
敵討ちをしたい。そう思う反面、遭遇せずにいたいという思いもある。次に戦って無事である保証もない。今度こそ誰かを喪うかもしれないのだから。
「エスカくん?」
「……ん?」
俯きかけていた顔を上げると、振り返ったリーファが心配そうな顔をしていた。どうやらいつの間にか足が止まっていたらしい。
「どうしたの? むずかしい顔してたよ?」
「ああ……ちょっと考え事。大丈夫、気にしないでくれ」
「そう? ならいいんだけど」
リーファは両の人差し指で口の端を持ち上げ、にっこりと笑った。
「どんな考え事をしているのかは分からないけどね、どんなときも笑顔が大切だよ、エスカくんっ」
「……そうだな」
リーファの真似をして口角を上げてみる。今考えたって仕方のないことだ。次にどうするかはそのときに考えよう。
「笑顔になれないときは、ちゃんと相談してね。アタシ達は仲間なんだから」
リーファは優しく微笑んで手を差し伸べた。冷え切っていた胸の内がじんわりと温まっていく。
「わかった。そのときはちゃんと相談するよ」
差し出された柔らかい手を握って、少し先で振り返って待つみんなの所へ小走りで追いつく。
今は目の前のことと向き合おう。新しい武器を手に入れて、もっともっと強くなって……みんなと一緒ならきっと、どんな困難にも立ち向かえるようになるから。




