旅の足跡
ふと、目を開ける。目の前には四人の誰かが立っていた。
一人は杖を持った赤髪の少女。
一人は灰色の髪の小さな獣人。
一人は金髪のシスター。
一人は水色の髪の男。
微笑む彼らにはどこか懐かしさを感じる。けれども誰なのかが分からない。けれども、彼らは親しげに手を伸ばしてくる。
彼らはいったい誰なんだ? 俺は誰だ。分からない。
何一つ分からない中で、ただただ恐ろしいという感情が積もる。微笑みかける彼らの手を払いのけたところで――目が覚めた。
「夢……?」
体を起こし、頭を押さえる。なんとも嫌な夢だった。みんなのことを忘れてしまう夢だなんて不吉すぎる。
周りを見れば、まだみんな眠っているようだ。すやすやと規則正しい寝息が聞こえてくる。
ああ、よかった。俺は何も忘れてなんかいない。
あれはただの夢……そう片付けるのは簡単だ。でも、一つの不安が頭を過ぎる。俺は一度記憶を失くしているのに、再び同じことが起こらない保証なんてあるんだろうか?
そんな保証、どこにもない。どうにか記憶を保存しておけたなら……保存?
「そうか、書き残しておけばいいのか」
まだ何も書いていない紙とクレヨンがある。紙は残り少ないけれど、買い足せばいいわけだし……少し値が張るけど。
今までのこと、これからのこと、思い出として残したいこと。それらを絵と言葉で残しておこう。きっとそれがいい。
思い立ったが吉日。早速行動に移すことにした。寝袋から抜け出して、収納鞄から紙とクレヨンを取り出す。窓の外はだんだんと明るくなっていく。窓際に座れば手元が見えなくもないな。
さて、何から書こう。やっぱり、まずは旅に出るところからかな。村のみんなのことも書いておこう。村長、自称腕利きの元冒険者、呆れそうなほどに仲の良い夫婦にわんぱくな子供達。
それからリーファに出会って……一緒にダンジョンを攻略して、正式にパーティを組んで。初めてリーファの戦い方を見た時は驚いたな。まさか魔法をまとわせた杖で殴るなんて……今じゃ見慣れたけど、相当なインパクトがあった。
ナーダの森では猫の獣人マオと出会って一緒に食事をしたな。獣王国に入ってからケイトと出会った。あの小さな体を見た時はまさか戦えるとは思わなかった。それも前衛だなんて想像もつかなかったよ。
それから一緒にダンジョンを攻略して……マオと一緒にナーダの森で人探しをした。森の中にあるファンタスマ・サーカスでマオを喪って、ケイトのお姉さんを見つけた。とっくに死んでしまって魔物の身になっていたけれど……。
今でもあれでよかったのか、それとも見つからないままがよかったのか、俺には判断がつかない。最後に一言話せただけでもよかったのかな。サーカスの主をしていたココという獣人も、悪人ってわけではなさそうだった。何かが違えば結末は変わっていたのかもしれない。もう全部終わってしまったことだけどさ。
ピュルテ皇国に向かう途中で魔物に襲われた馬車を助けたこともあったな。そこで亜人保護課とかいうところに所属しているオルグと出会った。みんなの役に立つために勉強するんだと息巻いていた白ヤギの獣人テルヌーラは元気にしているだろうか。上手くやれているといいな。
それから、ピュルテ皇国のダンジョンでオリヴィエと出会った。倒れたのを見た時は何事かと思ったけど、たしか空腹のせいだったんだよな。ケガとかじゃなくてよかったよ。
そうだ、あのダンジョンで見た鏡の景色も描いておこう。白い部屋と窓の向こうの青々とした森。それから、俺に似た黒髪のイノセンス。思い出すと頭が痛くなるけど……きっと大切なことなんだろう。
その後、皇都で見た大賢者と英雄の像……今思えば俺が鏡で見たイノセンスって英雄の一人なんだろうか? だとしたら、どうしてあの鏡で見たんだろう。あれは挑戦者のトラウマを掘り返すような場所だったはずだ。疑問は増えるばかりだけど、同時に頭痛も強くなる。これ以上このことについて考えるのはやめよう。
そして……ああ、一度忘却ノ迷宮を見に行ったんだよな。なぜか怖くなってすぐ帰ったんだけど。そしてオリヴィエが育った孤児院があるプリュームって町に行って、施設長のタンドレーと会った。オリヴィエの過去について聞いたのもそこだったな。彼女のために何ができるのかって必死に考えてた。
あと、美食の町ルルパス……あそこには良い思い出がないな。リーファが連れ去られて、カナヴィと会って、情報を貰って……無事にリーファを助け出せた時は本当に、本当に安心したんだ。思わず泣きそうになるくらいには。
そしてカナヴィを連れてノーデン大森林に行って、そこでドラゴンに襲われた俺達を助けてくれたのがレイスだった。みるみるうちにドラゴンを凍らせたあの魔法、凄まじかったよな。どうにかパーティに入ってもらって、念願の後衛仲間が加わったんだ。ここまで後衛が俺一人っておかしいよなあ、やっぱり。
そこまで書いたところで紙が残り一枚になった。うーん、全部を全部書くのは無理そうだし、みんなとの出会いは書けたし。最後の一枚にはみんなの姿でも描いておこうかな。
クレヨンを持つ手を動かしていると、後ろで身じろぐ気配がして振り返る。オリヴィエが目を覚ましたようで、起き上がった彼女はぐぐっと体を伸ばしていた。
「おはよう、オリヴィエ」
「あら、お早いですね。おはようございます」
「目が覚めちゃってさ。今はみんなの絵を描いているとこ」
寄ってきた彼女は描いている途中の絵を見ると顔をほころばせた。
「いい絵になりそうですね。完成が楽しみです」
「へへ、そうかな? ありがとう」
「エスカさんの絵は温かみがあって好きです。完成したらぜひ見せてくださいね」
「じゃあもっと頑張って描かないとな」
「んん〜……あれ、もう朝?」
リーファが寝袋の中でもぞもぞと動く。目元をこすった彼女は起き上がると俺達を見て目をぱちぱちと瞬かせた。
「あ、エスカくんにオリヴィエさん。おはよ〜」
「おー、おはよう」
「おはようございます、リーファさん」
「ケイトちゃんはまだ寝てるんだねえ。ふふ、ぷにぷに〜」
まだ夢の中なケイトの頬を細い指がつつく。あんまりやると起きちゃいそうだな。
「ほどほどにしておけよ。まだ朝早いのに起こしたら可哀想だ」
「でもね、ケイトちゃんのほっぺ、すっごくぷにぷになの。クセになっちゃいそう」
「……分かってしまうのがなあ」
ケイトのほっぺをつつきたくなるの、分かるんだよ。すごく気持ちいいんだよな……あ、ケイトがもぞもぞしてる。リーファはぱっと指を離してくすくすと笑った。
「ケイトちゃんかわい〜」
もう少ししたら起こしてやらないとな。早くに起こすのは可哀想だが、あまり遅くに起こすと落ち込んじゃうから。料理人の朝は早いんだ。
肩を回して息をはきだす。窓の外はすっかり明るくなって、鳥の声が聞こえてくる。ああ、今日もいい一日になりそうだ。




