素材
エルダートレントの根本に立つ俺達は静寂に包まれていた。
魔法使いにとって杖はとても大切な物だ。杖がなければ魔法の精度も威力も一気に下がる。それを、俺を助けるために折らせただなんて……ああ、どうしよう。俺のせいだ。
「ごめん、リーファ」
「どうして謝るの?」
「だって杖が折れて……俺のせいみたいなものだろ」
「気にしないで」
俯きかけていた顔を上げる。リーファは優しく微笑んでいた。
風が吹いてトレントの葉を揺らす。
「ほら、新しい杖を作ってもらうんだもん。大丈夫だよ!」
「それでも出来上がるまでは魔法が……」
「大丈夫! むしろチャンスだよ!」
「チャンス?」
リーファはぐっと拳を握る。なにか決意を固めたようなキリッとした顔だ。
「アタシね、思ったの。杖に頼りっきりなんて、もし杖を落としたりしたら何もできなくなっちゃうよねって」
それはそうだ。でも、そもそも魔法使いは杖を落とさないように立ち回るべきもので……そう考えたところで彼女の戦闘スタイルを思い出した。落としそうだな、杖。
「だからね、杖がなくてもちゃんとした魔法が使えるようになりたいの! それで、えーっと……そう! そのために杖を預けておこうかなって思ってたんだ!」
途中、リーファの目が泳いでたな。これ、嘘だ。あまりにも分かりやすすぎる。
「そっか。それなら……丁度よかったのかもな」
「そうだよ! タイミングばっちり!」
俺を元気づけるための優しい嘘。俺はその嘘に乗ることにした。彼女の優しさを無下にしたくなかったから。
「ありがとう、リーファ」
「えへへ」
彼女がふにゃりと笑い、優しい風が赤い髪を揺らす。こんなに暗い森の中でも彼女の笑顔は輝いて見えた。
ふっと笑い返したところで、こちらに向かう足音が複数聞こえる。トレントの枝を避けながらケイト達が走ってきていた。
「エスカ! リーファ! すっごい音が聞こえたけど大丈夫か!?」
「何かあったのですか!?」
エルダートレントの近くにいればトレントは枝を伸ばしてこないらしい。みんなはエルダートレントを警戒しながらも近づいてきた。
「ちょっと失敗しちゃってさ。捕まったところをリーファが助けてくれたんだよ」
「そうだったのか……ってリーファ! 杖! 杖折れてるぞ!」
「大丈夫だよケイトちゃん! だから落ち着いてー!」
ケイトとリーファがわちゃわちゃしている横で、レイスはエルダートレントをじっと見つめていた。幹を撫でた彼はエルダートレントを見上げて呟く。
「……まさかマスタートレントがいたとはな」
「えっ? エルダートレントじゃなくて?」
「ああ。見ろ、コブが二つあるだろう。一つはダミーだ」
レイスが指差した先を見る。あ、本当だ。二つコブがある。じゃあ俺が攻撃したのはダミーの方だったってことか。
「マスタートレントはエルダートレントよりも高い知性を持ち、より優れた魔力伝導率を持つ。その丈夫さも遥かに高い。素晴らしい結果だな」
「そっか、ラッキーだったんだな。危うく死にかけたけど」
「……説明していなかった私の責任だ。ないだろうとたかを括っていた。すまないな、エスカ」
レイスは少し眉を下げて視線も下げた。そんな申し訳なさそうにされると居心地が悪いな。
「いやいや、俺が油断していたせいだって! こうして無事だったんだしさ、あまり気にするなよ」
「お前は優しいな、エスカ……それはそれとして、油断はしないように。私が言えたことではないがな」
「ああ、気をつけるよ」
小さく笑ったレイスはマスタートレントの幹に手を添えた。
「幹から切り倒して持ち帰りたいところだが……手持ちの道具ではそうもいかないな。枝だけ切り落とすとしよう」
「ああ。付け根の部分から落とせばいいか?」
「そうだ。相当硬いだろうから気をつけろ」
「はいよ」
マスタートレントに登って枝に刃を当てる。うわ、マジで硬い。なかなか切れそうにないな、こりゃ。刃がダメにならないといいんだけど。
魔力を込めて何度か叩きつけると枝が切れた。中身が詰まっているのか、見た目よりずっしりと重たい。
「何本あればいい?」
「そうだな。武器用に三本確保するとして……十本ほどあれば充分だろう」
レイスは下でリーファの折れた杖を見ている。直せたりは……できなさそうだな。あ、リーファが叱られてる。
「でもでも、エスカくんが危ないって思ったら力んじゃって……!」
「だとしてもだ。いかなる時も力の制御を忘れるな」
「ううっ、はーい……」
あ、しゅんとした。俺の不注意が原因だし、あんまり言いすぎないでやってほしいなあ。あの感じだと手加減してくれてるっぽいけど。
「だが、よくやったな。エスカを助けてくれて感謝するぞ、リーファ」
「……えへ」
俺、もっと気をつけないとな。みんなに心配させてしまったし。あの時リーファが来てくれなかったら、今頃俺は栄養分にされてそうだ。
枝を切り終えてマスタートレントから下りる。少し余分に切って十三本にしてみた。太く長い枝をするすると収納鞄に入れていく。明らかに入る長さじゃないのに入っていく様子を見ていると本当に不思議でしょうがない。どうなっているんだろうな、この鞄の中。
「これであとはアラクネの捕縛糸だな」
「あ、それならオイラ達の方で取っておいたぞ」
「えっ、見つかったのか?」
「おう。ほら!」
ケイトが収納鞄から綺麗な白い糸を取り出す。へえ、これがアラクネの捕縛糸か。弦にするには細すぎる気がするけど、多分いい感じに加工するんだろうな。
「木の上にいたところをケイトさんが見つけたんですよ」
「捕縛糸を取るには一度捕まる必要があるっていうから、オイラが捕まったんだ。締め上げられるのキツかったぞ……」
思い出したのか、ケイトはがっくしと肩を落とす。よっぽど大変だったんだな……。
「じゃあこれで素材は集まったんだな」
「ああ。戻るぞ」
帰りはまたトレントの隙間を縫うように走った。途中でリーファが枝に額をぶつけていた。
暗い森を抜けた後で、リーファの前髪を持ち上げる。うん、少し赤くなっているだけだな。
ま、そういうこともあるさ。




