エルダートレント
エルダートレントを探しに暗い森の中に入った俺達は、早々に洗礼を受けていた。
「どうなってるんだよ、この森!」
あちこちから伸ばされる枝を避ける。どこもかしこもギザギザの黒い口をつけた木だらけで、その上どれがエルダートレントなのか見分けがつかない。俺以外も全員がトレントに襲われていた。
「レイス! この中にエルダートレントはいるか!?」
「いないな」
「いないのかよ!! これだけトレントいるのに!?」
コブ以外を傷つけちゃいけないっていうから枝を避け続けていたのに、まさか目当てがいないだなんて思わなかった。でも、それなら気にせず倒していいってことだよな? コブは見当たらないけど、普通のトレントなら別にいいだろ。
短剣を取り出したところで、レイスから制止の声がかかる。
「トレントが減るとエルダートレントが発生しづらくなる。無闇に倒すな」
「えっ、じゃあ避け続けなきゃいけないのか!?」
「範囲外まで逃げろ。お前達なら簡単だろう」
「信頼してくれるのは嬉しいけどさあ!!」
どうにかこうにか枝を避けながら黒い森を出る。ほんの少しなのにドッと疲れた。傷つけちゃいけないって思ったより大変なんだな。
逃げてきたみんなも、振り返って枝が追ってきていないことを確認すると安堵の息をついた。レイスは一人涼しい顔をしている。
ケイトにいたっては地面に座り込んでしまった。隣にしゃがんだリーファがケイトの肩に手を置く。
「ケイトちゃん、お疲れ?」
「おー……反撃できないのって疲れるんだな。オイラ初めて知ったぞ」
「だよね、アタシもうっかり燃やしそうになっちゃったよ」
あれだけ密集してる中で火を使ったら、下手すりゃ大火事だぞ。
それにしても、どうすればいいんだろう。いちいち普通のトレントを相手にしていられないし、エルダートレントを見つけるまで突っ切るか? でも、そもそもエルダートレントって見分けがつくのか?
うーんうーんと悩む俺の横に立つレイスが、ちらりと視線を寄越した。なんだ? 見つめ返しても彼は何も言わない。ただ見つめあうだけの時間が流れた。
「……何か思いついたか」
「えっと……とりあえずエルダートレントを見つけるまでは他のトレントを無視して突っ切ろうと思うんだけど」
「ああ」
「肝心のエルダートレントの見分け方が分からないんだ」
「そうか」
「……レイスってエルダートレントの見分け方、知ってる?」
彼は小さく笑うと近くの木に手を当てた。あれかな、俺が尋ねるのを待っていたのかな。知っていたなら教えてくれても……いや、それじゃダメか。ある程度は自分で考えないとだもんな。
「エルダートレントの見分け方は色と太さ、そしてコブの有無だ」
レイスはしゃがむと幹の下の方を撫でる。休憩していたみんなも集まってきた。
「先ほど見ただろうが、トレントは皆この辺りに黒い口がある。エルダートレントも例に漏れない」
立ち上がったレイスは指の背で幹を軽く叩く。
「他のトレントと比べて幹が太く、色は暗い。歳を重ねた個体ほど差が顕著に表れる。簡単に見分けられるはずだ」
「へえ、結構特徴が多いんだな……っていうか、もしかして普通のトレントってコブがないのか?」
「エルダートレントになりかけている個体はコブがあるが、基本はない」
「それでさっきはコブが見当たらなかったのか……」
なるほど、なるほど。じゃあコブを見かけたらほぼエルダートレントだと考えていいんだな。それなら簡単だ。
「それからエルダートレントは罠を張る。落ち葉の下に根を敷き、踏んだ獲物を絡め取って口へと運ぶ。エルダートレントの近くに寄る際には足元に気をつけろ」
「はーい! 大きくて暗い木のコブを狙って、足元に気をつければいいんだね!」
「そうだ。理解が早いじゃないか、リーファ」
「えへへっ」
頬を掻いたリーファは、やる気満々で杖を掲げる。
「アタシに任せて! コブなんて簡単に――」
「言っておくが火は使うな」
「……はぁい」
あ、しゅんとした。あからさまに落ち込んでいる。もし彼女に犬の耳があったならペタンとたたまれていることだろう。それくらい分かりやすい。
「よしっ、それじゃあ再挑戦だ。行くぞ、みんな」
「はいっ」
改めて暗い森に入る。まるで別世界のようにガラッと雰囲気が変わるのが凄いよな。えーっと、黒い口がある太くて暗い木……暗い木……探している最中にもトレントは枝を伸ばしてくる。木々の隙間を走り抜けて辺りを見渡した。
それは違う。これも違う。時折休憩を挟みながら駆け抜けていく。
あれは……見つけた! 明らかに一本だけ他の木より色が暗い。いや、暗いを通り越して真っ黒だ。それに普通のトレント十本分はありそうなくらい幹が太い!
「おおっ! これは結構な大物なんじゃないかっ?」
あとはコブを見つけて、それを壊せばいいんだよな? 周りをぐるっと回りつつコブを探す。うーん、口はあるけどコブが見当たらないな。でも、これだけ差があってエルダートレントじゃないなんてことあるか?
……もしかして上? 見上げてみれば、ぼこっと飛び出たコブが見えた。あれか! かなり高い位置にあるなあ。でも俺には弓がある。
よく狙って弦を引き絞る。トレントの邪魔が入るとはいえ、動かない的が相手だ。外すわけがない。ぺろっと唇を舐め、矢を放った。
まっすぐに飛んだ矢はドッとコブに突き刺さる。大きく口を開いたエルダートレントは低い断末魔をあげて動かなくなった。なんだ、随分とあっさり終わるじゃんか。
「おーい、みんな! 一体倒したぞ……っとと」
近づいてきたトレントの枝を避ける。こいつらも倒せたらいいのにな。枝から逃げながらエルダートレントに近づく。
「にしても立派だな。これ、どうやって持ち帰ったらいいんだ?」
黒い幹に触れようとした瞬間、ぐるんと視界が回った。
「うわっ!?」
宙に浮いた逆さまの体が揺れる。足には黒く太い根が絡みついていた。
「なっ、コブは壊したはず……!」
エルダートレントの黒い口が動く。ミシミシと音を立てながら大きく開いていく口が目の前に近づいた。
「このっ! 離せっ!!」
身をよじっても抜け出せそうにない。おいおいおい、嘘だろ? 冗談だって言ってくれよ。どうにか上体を起こそうと腹に力を入れたところで、首にも根が巻きついた。くそ、これじゃ何もできないどころか、息が――
「エスカくんっ!!」
叫びと共にバキッと音がして、断末魔が上がる。体に巻き付いていた根がほどけて、どさりと地面に落ちた。ふかふかの土がクッションになってくれた。
「いっ、てて……」
「エスカくん、大丈夫!?」
駆け寄ってきたリーファが心配そうな顔で覗き込んでくる。少し痛む腰をさすりながら体を起こした。
「俺は大丈夫。助けてくれたんだな、ありがとう」
「もうっ、レイスさんが言ってたでしょ! 足元に気をつけなきゃ!」
「コブは壊したし、もう動かないはずなんだけどなあ……」
しっかりと矢で射抜いたはずだ。断末魔だって上げていたし、あれで倒せたと思ったんだけど……何がいけなかったんだ?
リーファは困惑している。あれ、俺なにか変なことでも言ったか?
「えっ? でもでも、コブあったよ! アタシが高〜くジャンプして叩いたもん」
「ええ? じゃあ二つコブがあったってことか? っていうか、それどうしたんだよ」
立ち上がってリーファが持っている物を指差すと、彼女は困ったように笑って頬を掻く。
「えっと、そのー……エスカくんを助けなきゃって思ったら、力を込めすぎちゃったみたい」
肩をすくめて笑う彼女の手には、ぼっきりと折れた杖が握られていた。




