雨
ビギンズを出た俺達はノーデン大森林を目指して北へと進んでいた。空は雲で埋め尽くされ、今にも雨が降り出しそうだ。
歩きながら今朝話していたことについてレイスに尋ねる。
「そういえば武器の新調ってどうするんだ? アテがあるって言ってたけど」
「特注で作ってもらう。お前達も一度会っただろう? 大森林に住んでいるエルフだ」
「あ〜、あいつかぁ」
レイスが仲間になってすぐに出会った、気が強そうでツンケンした感じのエルフを思い出す。俺と違って金髪だったんだよな。そういえばあの時、レイスが今使っている杖をあのエルフから受け取っていたっけ。
「あのエルフさんが武器を作ってくれるの?」
「ああ、そうだ。とはいえ、あのエルフが作れるのは杖と弓だけになるが……短剣と包丁についてはヴァルテン帝国にいる腕利きの鍛冶屋に材料を持ち込んで作らせればいい」
「なるほど〜」
リーファは分かっているのか分かっていないのかイマイチ判別つかない返事をした。
エルフ特製の杖に弓かあ。レイスが使っている杖を見るに、かなり質の良い物を作ってくれそうだ。問題は……あのエルフが素直に作ってくれるかどうかってところだけど。
「なあ、あのエルフに依頼って受けてもらえるのか? なんか俺達に当たりキツかったし断られそうな気がするんだけど」
「あ、オイラも思ったぞ。エスカなんて特に嫌われてたよな?」
ケイトがてってってっと早足で歩きながらこっちを見上げてくる。もう少し歩くスピードを遅くした方が良さそうだな。
「問題ない。私が頼めば……そして多めに材料を持っていけば引き受けるだろう」
「レイスさんってエルフさんと仲良しなの?」
リーファの問いかけに、レイスは緩く首を振る。
「時に助け合う隣人というくらいの仲だ。私達の間ほど仲が良いわけではない」
「そっかぁ。えへへ、アタシ達はすっごい仲良しだもんね!」
「……ああ」
お、レイスが素直に頷いた。仲良しだと思ってくれているんだなあ、なるほどなるほど。思わずニヤニヤしそうになって口を引き結んだ。
「それじゃあ真っ直ぐノーデン大森林に向かうか……あ、そうだ。途中でプリュームに寄るか? 孤児院の様子も気になるだろ。どうする?」
せっかく近くを通るんだし、顔を見に行くのもアリだと思うんだけど、どうだろう。オリヴィエは少し考えた後、緩やかに首を振った。
「やめておきましょう。今、彼らは復興で忙しいでしょうから……タンドレー達のことです、わたくし達が来たら忙しい中でも無理をしてもてなそうとするでしょう。負担はかけたくありません」
「あ〜」
ぽっちゃりとした、でも少しやつれ気味のタンドレーを思い浮かべる。あの人はなんでも一人でやろうとしそうだもんな。なんか分かる気がする。
それじゃあ最短距離で大森林に行こう。新しい武器も気になるし。もちろん今の武器にも愛着はあるんだけどさ……村のみんなから貰った形見でもあるから。新しい武器を手に入れたら今使っているのは収納鞄に保管しておこう。
「あっ、雨だ!」
リーファが一番に声を上げる。ぽつりぽつりと雨が降ってきた。雨足が強くなる前に雨具を着ておこう。収納鞄から着るタイプの雨具を取り出して袖を通す。
少し手間取っているレイスを手伝って、全員が雨具を着終わったあたりで雨が強くなりだした。間に合ったな。
「ふふんふ〜ん」
鼻歌まじりに歩くリーファはとてもごきげんだ。るんるんとスキップしそうな勢いで足取りが軽い。
「雨が好きなのか?」
「うんっ! 雨が降っていれば、アタシがうっかり何かを燃やしちゃってもすぐに消してくれるでしょ?」
「……そっか」
魔法の制御が上手になった今でも、彼女は自分の炎を恐れているらしい。雨の中では普通の女の子に近づく気がする……そう告げた彼女の目は嬉しそうで、でも少しの影が落ちていた。
なんと声をかけたらいいのか分からなくなって黙りこむ。言葉を考えている内にオリヴィエが先に口を開いた。
「わたくしは雨の音が好きですよ。屋根に雨粒が落ちる音はとても落ち着くんです」
「へ〜! 音はあんまり気にしたことなかったなぁ。ケイトちゃんは?」
「オイラはあんまり好きじゃないぞ。雨降ってるとお客さんが少なくなっちまうからな」
あー、そうか。ケイトは俺達と旅を共にするまで屋台を出していたんだもんな。客足が遠のくのは死活問題だっただろう。
「じゃあじゃあ、レイスさんは?」
「私は……」
レイスは少し黙った後、小さく息をはいた。
「分からない。気にしたことがなかったからな」
「そっかあ。じゃあこれから好きかどうかが分かるといいねっ! エスカくんはどう?」
「俺もあまり好きじゃないな。ほら、狩りに出にくくなるからさ……まあでも、今はそんなに嫌いでもないかな」
じっとりしているのは嫌だけど、リーファは笑顔になっているわけで。そう悪いものでもないなと思える。
「あ、でもオイラ水たまりパシャパシャするのは好きだぞ。汚れるからしないけどな」
「あっ、アタシも好き! おっきな水たまりにジャンプするの!」
水たまりをじっと見つめるケイトの横でリーファがはしゃいでいる。その横顔にはもう影はない。すっかり楽しそうだ。
それにしてもかわいいな。リーファとケイトってどうしてこうもかわいいんだろう。圧倒的な癒しだ……。
「リーファとケイトってかわいいよな」
「ふふ、わたくしもそう思います。和みますよね。ケイトさんが同じ部屋に泊まるとき、リーファさんにぎゅっと抱きしめられて寝ているんですよ」
なんだって!? それは初めて聞いたな。その光景を思い浮かべてみる。
むにゃむにゃと眠る二人が、ぎゅっと抱きつきあって……寝言とか言ってたりして。
「えっ、かわいいな……なあ、レイスはどうだ? あの二人ってかわいいと思う?」
「……あの二人は騒がしい」
レイスの眉間にキュッとシワが寄る。たしかにあの二人は賑やかだけど、まさかそんな顔をするほどとは。
「……だというのに、悪くないと思う自分が不可解だ」
あ、なーんだ。嫌ってワケじゃないんだな。まったく、素直じゃないんだから。
「へへっ」
「何を笑っている」
「いやあ、レイスも馴染んだよな〜って。最初はケイトに怖がられていたのに、今じゃたまに抱きつかれてるじゃんか」
一緒に寝ているときなんて、時々寝袋を抜け出してまでレイスにくっついて寝ていることがある。決まって寝言は「かーちゃん」だったけど。
それ以外だと歩き疲れたときにレイスの背中に抱きついてずるずると引きずられていることもある。レイスは離れろって言うけど、強く言わないあたり本気で嫌がってないことはお見通しだ。
「ふん……」
レイスは鼻を鳴らして先を歩いた。お、照れ隠しか? おっ?
「照れてやんの〜」
「無駄口を叩いていないで歩け」
「嫌じゃないくせに」
「……騒がしい。つつくのはやめろ」
うりうりとレイスの脇腹を肘でつついていたら、やんわりと手で払われた。
「ふふっ、貴方達もかわいらしいですよね。ほっこりします」
オリヴィエが口元に手を当ててクスクスと笑う。その後ろから、水たまり談義をしていたリーファとケイトがパシャパシャと音を立てながら走ってきた。
「置いていかないでよ〜!」
「レイス、なんでそんな早足なんだ?」
ケイトがレイスの隣に並ぶ。レイスは「何でもない」と誤魔化しながら、ケイトに合わせて歩くスピードを緩めていた。
雨も降っていて寒いはずなのに、ぽかぽかと温かいものが胸に満ちていく。味気ない平原もみんなと一緒なら楽しい旅路になるんだから凄いよな。
よしっ、進めるところまで進むぞ。パシャリと足元で雫が跳ねた。




