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悪夢

 初心ノ洞窟をクリアして宿に戻った俺達はゆっくりと休んだ。

 ケイトとレイスが同室だ。ケイトは早々にベッドに入り、丸くなって眠っている。

 椅子に座って机に向かうレイスに声をかけた。そろそろいい時間だと思うんだけど、彼は寝る気配がないんだよな。


「レイスはまだ寝ないのか?」

「ああ。これを書き上げてからにするつもりだ」


 机には書きかけのスクロールが置いてある。まだまだ完成には遠そうに見えるけど、出来上がる頃には朝になってるんじゃないか?


「遅くなる前に寝ろよな。寝不足はいろんなものの敵だぞ」

「……分かっている。予定より長引きそうなら切り上げるから安心しろ」

「ならいいけどさ」


 ベッドのシーツをめくるとケイトが丸まって眠っている。小さく上下する体をそっとずらす。この位置なら俺とレイスが入っても邪魔にならないだろ……多分な。ケイトはこうして丸まるのが一番落ち着くみたいだ。


「それじゃおやすみ、レイス」

「ああ。おやすみ」


 ベッドに入るとケイトがもぞもぞと動いた。俺の足にぎゅっと小さな手がしがみつく。


「ケイトー? それ俺の足だぞ」

「むにゃむにゃ……かーちゃん……」

「……まあいいか」


 寝づらいわけでもなし、好きにさせておこう。それにケイトは体温高めで、むしろ心地良いくらいだ。

 足元がぽかぽかと温かくなってうとうとし始める。カリカリとかすかに聞こえるペンの音も相まって眠気がすごい。

 目を閉じると、あっという間に眠りに落ちた。




 白い天井が見える。光る棒が何本も天井についていて眩しい。

 体を起こせば、真っ白な壁と窓があった。窓の外には青い森が広がっている。空は美しい夜色で、いくつもの星が煌めいていた。

 パキッと音が聞こえ、音の出所を見てみれば一部が灰色に変色した腕にヒビが入っていることに気づく。爪で叩けばコツコツと硬い音がして、それが石であることが分かる。

 パラパラと落ちたカケラを白いシーツから落とす。ふとベッド横のテーブルに一冊の本が置いてあることに気づき、変色していない方の腕を伸ばして本を取る。

 表紙の絵は一人の男が剣を掲げた姿だ。そっと表紙をなぞり、ページをめくった。異界に落ちた一人の男が英雄となり世界を救う物語だ。読んだことがないはずなのに、俺はこの話を知っている。

 数ページめくったところで本を閉じてベッド横のテーブルに置いた。この部屋の外には何があるのだろう? 気になった俺はベッドを降りようとした。でも、脚が動かない。白いシーツをめくれば灰色の石化した両足が見える。これじゃとても動けない。

 奇妙な夢だ……でも、どうしてだろう。俺はこの場所を知っている気がする。

 どうしてだろう。

 どうして。


「……カ」


 頭が重たい。ぼんやりする。思考が澱んでいるようだ。何も考えられない。ぐらついた体をベッドが受け止める。パキリとどこかが砕けた音がした。ああ、でもどうでもいい。この場所では何もかもが。俺にはあの物語しかない。手の届かない空想の世界しか。


「エスカ」


 聞き覚えのある声が俺を呼ぶ。あれ、俺を呼んでるのか? 俺の名前は何だったっけ。思い出せない。


「エスカ!!」


 ハッと目が覚めた。明かりの魔道具が吊り下げられた天井が見える。そして、心配そうにこちらを覗きこむ赤い瞳も。


「ケイト……?」

「やっと起きた。全然起きないから心配したんだぞ! それになんかうなされてるし」

「なんだろう……悪い夢でも見たのかも。思い出せないな」


 ケイトの鼻をちょんと押すとケイトが上から退いた。体を起こすと既に身支度をしたレイスが立っている。ああ、髪はケイトが結んだんだな。

 それにしてもケイトより後に起きるなんて初めてだ。よっぽど爆睡してたんだな。


「ようやく起きたか、エスカ」

「ああ……あ、そうだ。スクロールは出来たのか?」

「書き上げはした。が……あれは駄目だな、使い物にならない」

「そうかあ」


 レイスは淡々と言うばかりで残念そうにはしていない。初めから結果が分かっていたとでも言わんばかりだ。

 ベッドから下りて体を伸ばす。一気に脱力して、収納鞄を手に取った。


「それじゃ行くか」

「ああ」

「オイラもう腹ペコだぞ」


 部屋を出ると既にリーファとオリヴィエがいる。こっちを見た彼女達が近づいてきた。


「おはよう、エスカくんっ」

「おはようございます、皆さん」

「おう、おはよう。ごめんな、待たせて」


 階段を降りながら話す。朝食のいい匂いがここまで漂ってきていた。


「朝ごはん食べたら次のダンジョンに行くんだよね?」

「ああ。次は極寒ノ淵境だな」

「うー、また帝国に行くのか? オイラやだぞ」


 ケイトの耳がぺしょりと垂れる。嫌な体験が多かったからな、無理もない。

 朝食を受け取ってテーブルにつく。今日のメニューはパンケーキに目玉焼き、カリカリのベーコン。うん、いい匂いだ。

 リーファが口いっぱいにパンケーキを頬張った。今日もすごく美味しそうに食べている。


「ん〜、おいひい……あっ、帝国に行くならノーデン大森林も通るんだよね? またドラゴン出たりするかな?」

「出ないんじゃないか? あんなにレイスがコテンパンにしたんだもんな」


 ケイトがほっぺを膨らませてもぐもぐと食べながら頷く。ごくんと飲み込んだあと、ぺろりと唇を舐めて口を開いた。


「そうだぞ、あんなにボコボコにしたんだ。もうドラゴンなんて出てこないに決まってるぞ」

「……あまり油断はするな。もうスクロールは残っていない。次にドラゴンが出たら……対処は難しいだろう」


 そうだよな、まだスクロールを作れるようになってないんだ。持っていたスクロールはハイマとプシュケー……あの二人の魔族と戦った時に全部使ってしまったらしいし。


「そうだな、気をつけて進もう。異変が起きたダンジョンもあと一つ、それが終われば忘却ノ迷宮だ。気を引き締めていこう」

「一つ提案がある」

「提案?」


 頷いたレイスは静かに口を開く。


「エスカ、リーファ、それからケイト。お前達の武器を新調するのはどうだ?」

「俺達の武器を? レイスとオリヴィエのはいいのか?」

「ああ。私の杖は新調したばかりで、オリヴィエの杖も破壊不能の効果がついた既に高品質の物だからな。詳しい話は街を出てからにしよう。アテはある」

「そっかあ……それじゃあ後で話を聞くよ」


 武器の新調かあ。今の武器でも特に困ってはないけど……もっと強い武器を手に入れたら、攻略ももっと楽になるよな。うん、レイスの案に乗るか。

 とりあえず今は朝食を食べることに専念しよう……このパンケーキうまいな。

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