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紛い物

 何度も何度も短剣同士がぶつかり合う音が響く。剣撃の合間に矢を放ちながら一進一退の攻防を続けていた。

 俺も『俺』もボロボロだ。肩に矢が刺さり、腹からもダラダラと血が流れている。そろそろ互いに限界が来る頃だろうな。


「もう終わりにしようぜ」

「俺もそう思っていたところだ」


 互いに刃を向け合い、じりじりと間合いをはかる。次の一撃で決まる、そんなピリピリとした緊張感が体を包んだ。

 隙を見せてはいけない。じっとりと背中が汗ばむ。じっと相手を見つめ、一体どれほどの時間が経ったか。たった数秒の短い時間が遥かに長く感じる。


「……やめだ」

「は?」


 『俺』は突然両手を上げると俺を見たまま後ろへ歩き始めた。その先には大鏡がある。まさか逃げる気か!?


「おい、待て!」


 身体強化をかけ、強く床を蹴る。突き出した刃が届く前に鏡の中に溶け込んだ『俺』は薄く笑って姿を消した。刃は鏡をすり抜け、俺の体も鏡を通り抜ける。転びそうになったところを踏みとどまった。


「あ、エスカくん!」

「んっ? あ、あれっ? なんでみんなが……」


 声のする方を見てみれば、四人が壁際に並んで立っていた。あ、そうか。そういえば前も大鏡の向こうに行くと合流できたんだよな。俺が最初に入ったのに最後に出てきたのか。


「ひどい怪我……すぐに回復させますね!」


 オリヴィエが呪文を唱えると、じんわりと体が温かくなって痛みが引いていく。見てみれば、あれだけあった傷もすっかり治っていた。さすがオリヴィエ、すごい回復効果だ。助かるなあ。


「なあ、エスカも鏡の自分と戦ったのか?」

「もってことは、みんなも?」


 みんなはこくりと頷く。そうだったのか……あれ、ってことは俺が一番戦い長引いてたのか?


「私達はあと少しというところで逃げられてしまった。お前もそうなのか?」

「ああ、次で決めるって時に逃げられてさ。俺も結構限界近かったから、あれはあれで良かったのかもしれないけど」

「エスカさんとリーファさんがかなりひどい怪我だったんですよ」


 えっ、リーファが怪我? 見た感じそこまでひどいようには見えないけど……いや、服が焦げてるな。


「大丈夫なのか?」

「もうほとんど治ったから大丈夫! 勝たなきゃーって思ったらアタシごと焼いちゃったんだよね。でもそのおかげでもう一人のアタシは逃げていったんだ!」

「あんまり無茶するなよ」

「はーいっ」


 自分ごと焼くって火力高すぎるだろ、一体何をどうしたんだ? 部屋ごと燃やしでもしたのか? でもそれで勝てたっていうならいいか。正確には逃げられたみたいだけど……それにしても全員自分自身と戦って逃げられてるのか。何だったんだろうな、あれ。


「エスカも無理するなよな。すっごくボロボロで心配したんだぞ」

「ごめんごめん、気をつけるよ。さ、全員揃ったことだし先に進もうぜ」

「休まなくて大丈夫ですか?」

「オリヴィエのおかげですっかり回復したからな。この先にダンジョンのボスがいるんだろうし、気合い入れていかないと」


 みんなで通路の奥へと進む。前に来た時は鏡の紳士と戦ったわけだけど、今回は何が出てくるんだろうな。

 長い道を歩いていけば大広間に出た。武器を構え、鏡で囲まれた広間の中へと入っていく。

 入ったはいいけど……何の変化もないな?


「……んん? なにも出てこないぞ」

「妙だな、大抵は部屋の真ん中に行くと出てくるはずなんだけど」


 きょろきょろと辺りを見回してみても特に変なところもない。何だ?


「うーん、もしかしておやすみ中かな?」

「あら、それなら出直すべきでしょうか……?」

「いやいや、ここまで来てそれはないだろ。なんとしても出てきてもらわないと」

「……来るぞ」


 鏡に映る俺達の姿が揺らぎ、重なっていく。ぐちゃぐちゃに混ざり合ったそれが鏡の中から飛び出した。

 武器を持つ何本もの腕に脚、歪な巨体に埋め込まれた五つの首。まるで粘土細工の俺達を適当に混ぜ合わせたようなその姿。吐き気すら感じるほどの代物だ。


「おいおい正気かよ……」


 口元がひきつる。今からこれを相手にするの? マジで?


「決着ヲつけよウ」


 いくつもの声が重なって聞こえる。思わず耳をふさぎたくなるような声だ。顔を歪めたレイスが杖を向ける。


「逃げたのはこうして融合するためだったということか」

「えっ、あれって同一個体?」

「おそらくな」


 もし同じ個体ならあの時逃さずにいればそのままクリアなんてことになったりしたんだろうか? 何にしても今は戦うしかない。矢をつがえ、狙いを定める。先手必勝、優位に立たせてもらおう。

 放った矢は軌跡を描き……分厚い氷の壁によって防がれた。


「あー、なるほど。全員混ざってるから技も全員分使えるわけだ」

「保有魔力を共有しているとするなら……手強い相手になるだろうな」

「あっちのレイスさんはずっと魔法を使えるってこと? そんなの強すぎるよ!」


 そうこう言っている内に矢が飛んでくる。間一髪避けると、炎の球まで降ってきた。容赦ないな。っていうかなんで俺ばっか狙うんだよ。


「支援します」


 炎を避けているとオリヴィエの呪文と共に温かいものが体を包む。防御力アップはありがたいな。

 さて、攻撃しても氷の壁で防がれるなら弓よりも近距離で戦うべきか? それとも氷の壁をぶち抜くくらいに魔力を込めるか。どうしたものかな。

 オリヴィエの支援魔法だって長く持続するわけじゃない。それに彼女も自分との戦いで消耗しているはずだ。


「オリヴィエ、魔力はあとどれくらいあるんだ?」

「休憩中にマギア草のお茶をいただいたので、ほぼ満タンです」

「そりゃよかった」


 あれって単体でも魔力回復の効果あるんだな、知らなかった。とまあ、そんなことを考えている場合じゃない。そろそろ仕掛けにいかないと。

 足に魔力を集め、急接近する。飛んでくる魔法をギリギリでかわしながら懐に潜りこんだ。どこが弱点かなんて分からないが、ひとまず体に短剣を突き刺してみる。

 ふと影が差す。咄嗟に飛び退けば、大きな肉切り包丁が体を掠めた。


「あっぶな!」

「もう! 無理するなって言ったばかりだぞ!!」

「ごめんって! 他に方法が思いつかなくてさ!」


 それにしても、あまり効いた様子がないな。刺したところから血が流れてはいるが……すぐに回復されてしまった。一体どうすればいいんだ?


「頭を狙ってみろ」

「アタマ?」

「頭を潰せば対応する技を使えなくなる可能性がある。試す価値はあるだろう」


 なるほど、頭ね。やってみるか。

 幸いにも本体の動きはそう早くない。狙うのは簡単。問題はどうやって辿り着くかだけど……その点も心配いらない。


「こっちこっち!」

「はああっ! よそ見してると叩き斬っちゃうぞ!!」

「こちらですよっ!」


 リーファ、ケイト、そしてオリヴィエの三人が絶え間なく攻撃してくれているおかげで相手の意識が逸れている。絶好のチャンスだ。

 身体強化して距離をつめ、短剣を鏡の『オリヴィエ』へ突き立てた。まずは回復から潰すべきだろう。


 キャアアアアアア!!!


 甲高い悲鳴が耳をつんざく。レイスの見立て通りならば、これで回復魔法と支援魔法は使えなくなる。かなり戦いを進めやすくなるはずだ。


「そこですっ!」

「ここだぁっ!!」


 相手がひるんでいる隙にオリヴィエとケイトが『俺』と『レイス』の顔を刺す。二重の悲鳴が響き渡り、鼓膜を揺らした。残るは『リーファ』と『ケイト』の顔だ。

 鏡のバケモノはめちゃくちゃに炎を撒き散らし、赤く熱された肉切り包丁を振り回す。ありゃ近づけそうにないな。


「リーファ、レイス! いけるか!?」

「もちろん! ファイアボールッ!!」

「容易いことだ」


 二人が杖を振ると、無数のファイアボールと氷柱が降り注いだ。相手もファイアボールで応戦している。相殺を狙ったようだが、二人分の物量には敵わないらしい。氷柱があちこちに突き刺さり炎が肌を焼く。『リーファ』の顔が潰れた。

 今なら通る。短剣を握りしめ、強く床を蹴った。隙だらけの巨体に刃を振り下ろす。『ケイト』の顔に深く突き刺さり、断末魔が響いた。


「勝った、か……?」


 どさりと床に倒れた巨体が光の粒子になっていく。仲間の顔を攻撃するのは少し気分が良くなかったが、これで心境ノ鏡館もクリアだ。

 バケモノがいた場所には無数の宝石が転がっていた。いろんな色と形をしている。魔石ほどの力はないけど、その美しさは魔石以上だ。これは中々の値段で売れる気がするぞ。


「みんな、お疲れ様。戦利品拾ったら帰ろうか」

「わーっ、綺麗な石がいっぱい! 見て見て、この石エスカくんの目みたいだよ!」


 リーファが拾い上げた緑色の宝石はキラキラとした光を含んでいる。たしかに綺麗だな……あ、そうだ。

 ふと良いことを思いつく。売りに行く時に五つ選別しておこう。

 計画を練りながら宝石を拾い集め、青い転移ノ紋に乗る。思わず口角が上がってしまった。

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