表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
102/192

青色の鏡像

 全員があの赤い転移ノ紋の先へと進んでいった。さて、私も向かうとしよう。あまり待たせるわけにもいかないからな。

 紋の上に乗れば赤く光り始める。パッと切り替わった視界には無数の鏡が並んでいた。


「……なるほど」


 文献では知っていたが、実際に見るのはこれが初めてだ。通常時の心境ノ鏡館は挑戦者の記憶から恐れているものを汲み取り見せてくるというが、さて。

 いつ何があってもいいよう、杖を片手に部屋を見渡す。どこを見ても鏡しかない。見続けていると目が痛くなりそうだ。反射に反射を重ね、無数の私がいたる所に映り込んでいる。

 歩こうとしたところで鏡に映っていた景色が歪んだ。始まったか。さあ、私の恐れているものとやらを見せてみろ。


 凝視していれば、暖炉がある部屋が映った。オレンジの髪の少年がソファに座って本を読んでいる。その目は前髪に遮られてよく見えない。


「……レギネ?」


 思いがけない光景に、カランと杖が手から落ちた。伸ばした左手で鏡に触れる。その向こうに届かないと分かっていながら、そっと鏡を撫でた。

 これが、私の恐れているものというのか? 私から右腕を奪った、あの魔族の男ではなく……私の弟が?

 レギネは顔を上げることなく、本に視線を注ぎ続けている。


「進まなければ」


 ぽつりと呟き、鏡から離れた。杖を拾って道を探す。

 所詮は幻影、私の記憶から生み出された産物に過ぎない。ここに留まる理由など微塵もなかった。

 少しばかり後ろ髪を引かれながら先へと進む。鏡のあちこちにレギネの姿が映し出された。初めて会った、私の指を握りしめる小さなレギネ。転んで泣きじゃくるレギネ。成長してスクールに通い始めた頃のレギネ。模擬刀を構えるレギネ。ケーキを頬張るレギネ。

 ……この頃の私は、彼が思い悩んでいることに気づいていなかった。否、気づいていて軽んじていたのだろう。彼には剣術の才があるのだからと……知識と魔法の面は私が支えればいいのだという驕りと共に。


 角を曲がった時、宙に浮く脚を見た。見上げれば虚ろな金色の瞳が私を見下ろしている。最もハッキリと覚えている姿だ。

 数秒、目が合う。彼が映った鏡の前を通り過ぎた。全ての鏡にぶら下がる脚が映っている。その間を無心で通り抜けた。

 このようなものを見せたところで何の意味もない。影を落とした瞳は常に私を責め立てているのだから。


 進んでいくと今度は二人の魔族が映り始めた。片腕を持っていった相手だ、恐れていると言われても納得はできる。これまでがおかしかっただけだ。

 曲がったところで目前に黒い光が迫り、思わず体が強張る。結局それは鏡に映ったものでしかなかったが……一番肝が冷えた気がするな。止まっていた息を吐き出し、先を急いだ。


 暫く歩いていると広間に出た。壁は白く、奥の壁だけが一面鏡になっている。近づくと私の姿が歪み、私と同じ背丈の男へと切り替わった。長いオレンジの前髪の奥で金色の瞳が爛々と光っている。

 ……もしレギネが今も生きていれば、こうなっていたかもしれない。そんな姿だ。成長したレギネは冷めた目で口を開く。


「兄さんは何も分かっていない」


 一歩こちらへと踏み出した彼は鏡を越えて実体を得た。そのままゆっくりと近づいた彼の白い左腕が私の首へ伸ばされる。


「俺がどんなに兄さんを憎んでいたか、恨んでいたか」


 金色の瞳に私が映っている。表情が抜け落ちた彼はまるで亡霊のようだ。


「兄さんさえいなければ、俺は」

「いい加減にしろ」


 白い手首を掴むとレギネは口をつぐんだ。


「レギネはもう死んでいる。彼の言葉は残された遺書が全てだ。それ以外の言葉は私が生み出した幻に過ぎない」


 ギリギリと掴んだ手に力を込めれば、バッと振り払われる。


「多少油断すると思ったが……自分を相手にするというのは骨が折れるな」


 距離を取ったレギネの姿が揺らぎ、中から『私』が現れる。あれは光魔法を用いた変装魔法……これがこのダンジョンのギミックか。


「自身の心と向き合え。そういう場所か、ここは」

「似たようなものだ。理解が早くて助かる――だからこそレギネは死を選んだ。それが最も私に効く復讐方法だったのだろう」


 互いに杖を構える。言葉がなくとも、やるべきことは分かっていた。


「まともにスクロールも書けなくなった私に大した利用価値はない。お前は彼らとの旅を心地良く感じているようだが……やがて見放されるだけだ」

「ハッ、まさか。お前が私の複製なら分かるはずだ。彼らがとんだお人好しだと。たとえ私が簡単な魔法さえ使えなくなろうとも見放すことはないだろう」

「根拠のない自信だ。随分と愚かになったものだな」


 杖を振れば氷柱が『私』へと飛んでいく。『私』は岩壁を生み出し、それを防いだ。それを使ったなら、次の手は――読み通り岩壁がバラバラに崩れて破片が襲いかかってくる。そのレベルならば薄い氷壁で充分防げるだろう。杖を振り上げ氷壁を生成する。空気を含ませ濁らせた氷壁の陰から二つの軌道で石柱を降らせ……しかし、同じように飛ばされた石柱と相殺するに終わった。


「なるほど、確かに自分自身を相手取るのは骨が折れる」


 それでも勝算はある。『私』は最初の変装魔法でそれなりの魔力を消費している。『私』の保有魔力量も私と同じならば、魔力の消費を抑えることで優位に立てるだろう。

 持ち込むべきは持久戦。しかしこの程度の作戦、相手も見抜いているはずだ。


「愚かでもいい。それで彼らの傍に居られるのならな」

「その先に破滅が待っていたとしてもか」

「ああ。それが運命だとしても、私は後悔のないように今を生きる。それだけだ」


 さあ、始めようじゃないか。自身との戦いという名の対話を。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ