金色の鏡像
不気味さを感じる赤い転移ノ紋。以前に来た時は何も感じなかったからこそ、平然と一番に乗り込めたのでしょう。今ならそれが分かります。
あの日、失った記憶を全て取り戻した日。この先で見た光景も思い出していました。そのせいか踏み込むのが恐ろしい。
それでも、エスカさんやリーファさん、ケイトさんも臆せず進んだのですから、わたくしが行かないわけにはいきません。このパーティの先輩としてもレイスさんの手前、怯えるわけにはいかないのですから。
「それでは行ってきますね」
「ああ」
意を決して紋に乗ると赤い光が放たれました。次の瞬間には鏡が立ち並ぶ不思議な部屋の中。やはりダンジョンは異質な構造物だと実感します。
こんな所に長居はしていられません。鏡の中から道を見つけ、真っ直ぐに進んでいきます。鏡には穏やかな村とプリュームの町が映し出されました。笑顔のお母さん、幼いわたくし、遊んでいる孤児院の皆さん、優しく微笑むタンドレー。この光景が崩れることをわたくしは知っています。だんだんと早足になっていくのは焦りからでしょうか?
視界の端に揺らぐ赤色が映り込みました。ああ。村が、町が、燃えている。守れなかった平穏が広がっている。過ぎたこととは分かっていても胸が締め付けられるようです。
以前のわたくしなら頭痛に苛まれながら鏡を伝って先へ進んでいたことでしょう。でも、今のわたくしは真っ直ぐに歩けている。これが成長というものなのでしょうか?
揺らぐ炎の中を歩き続けていると、ひらけた部屋に出ました。ここが最終地点、最後の部屋です。奥にある大きな鏡の前に立つと、映っているわたくしの姿が歪みました。
杖を握る手に力がこもります。一体何が映し出されるのか、恐怖心が渦巻いていました。
そこに広がったのは、一面の赤。孤児院の皆さんに、パーティの皆さん。あちこちの肉が噛みちぎられたように抉れていて……直視できないほど無惨な光景がありました。
思わず一歩退き、震える手を握りしめます。大丈夫、これはただの幻。本当の皆さんは無事なのですから、何も心配することはないのです。
目を閉じて大きく深呼吸し、改めて鏡を見ました。とても暗い顔のわたくしが映っています。
「悲しい話だとは思いませんか?」
鏡の向こうの『わたくし』が問いかけました。音が聞こえたのは初めてです。これも鏡が見せる幻……?
そう思ったのも束の間、鏡の向こうから『わたくし』が持つ杖が飛び出しました。それは確かにそこに存在しています。次いで手が、腕が、そして体が。波紋を広げながらこちらへと姿を現した『わたくし』は仄暗い笑みを浮かべていました。
「ご覧なさい。一度訪れた平穏が再び壊されないという保証がどこにありましょう?」
『わたくし』が左腕をゆっくりと広げます。その後ろには数多の遺体が折り重なっていました。彼女の言葉には頷ける部分もあります。たしかに、再び悲劇が起きない保証なんてありません。
「旅をやめるべきではありませんか? これ以上彼らに付き添って何があるというのでしょう。ただ傷つくだけだというのに」
「それは違います」
わたくしは確固たる意思で言葉を紡ぎました。このまま『わたくし』の好きなように喋らせてはいけない。そう感じたから。
「彼は、エスカさんは記憶を取り戻すために頑張っています。リーファさんも、ケイトさんも、レイスさんも、旅の終点を目指しています。それを手助けするのがわたくしの使命ですから」
「しょせん出会ったばかりの他人でしょう? わたくしがそうまでする理由がないではありませんか」
『わたくし』はわたくしの姿をしていても、何も分かっていないようでした。わたくしがなぜ旅を共にするのか。その理由を、何も。
「彼らは恩人であり……大切な仲間です。これ以上の理由が必要でしょうか?」
『わたくし』へと杖を強く突きつけました。彼女はダンジョンが生み出した幻。わたくしの心の弱い部分。ならばこれを乗り越えることこそが、わたくしに与えられた試練ということ。
「戦いましょう。きっと貴女と対話で分かりあうことはないのでしょう?」
「よく分かっていますね。わたくしも貴女も退く気がないのなら……残るは武力による淘汰のみ」
彼女もまた、杖を突きつけました。影が落ちた青い瞳が細められます。
「始めましょう。己が道を進むために」
ガンッと杖同士がぶつかり合います。力は互角といったところでしょうか? さすがわたくしの分身、そこまで同じというわけですね。
それでもわたくしは負けません。勝って、皆さんのところへ行かなければならないのですから。
彼らの旅を側で支えるために。
「はぁっ!!」
腕に魔力を込めます。わたくしの保有魔力はそう多くはありません。だからこそ手早く決着をつけなければ。持久戦に持ち込まれれば互いに厳しいでしょう。それは彼女も分かっているはず。
どこで力を出してどこで抜くか、それが勝敗を分けることになるでしょうね。
「このダンジョンで生み出されたばかりの貴女にも心があり、感情があるのでしょう。それを潰さねばならないのは心苦しいですが……」
「なら、わたくしに勝ちを譲ってくださるのでしょうか?」
「いいえ。わたくしにも譲れないものはありますから」
地面を蹴り、杖を振り抜く。風を切ったそれは彼女の杖に受け止められてしまいました。
ギリギリと互いの力は均衡するばかり。魔力を込めて彼女を弾き飛ばし、もたついたところに強く踏み込んで突きを入れました。
杖の先端の鋭いトゲが彼女の腹に突き刺さります。しかし、それと同時に彼女の杖もわたくしの肩に刺さってしまいました。
「ぐっ……」
ここで怯んではいられません。保有魔力は残り半分ほど……魔力欠乏や回復魔法を使う分のことを考えれば、あまり長くは戦えませんね。
互いに距離を取り、相手の出方を窺います。きっとあちらも同じように思っていることでしょう。
次で決めると。




