(20)
筏に乗る子ども達は、まるで泡が弾けたように海に現れた漁船に声を上げる。
その横に立つグリフィンは声を失い、唖然としていた。
先程まで点滅していた現象はなくなり、漁船は大人しく優雅に浮かんでいるではないか。
輪郭は見えなかったが、確かに漁船の周りを何かが覆っていたに違いない。
それが陽光を受け、銀に光りながら海へ煌びやかに落ち、消えていく。
何らかの欠片が飛散する様子は、流星を思わせる程の美しさだが、その現象こそが身震いを催してならない。
そしてまた、その豹変振りに足先から一気に悪寒がする。
子ども達は戻ってくる漁船の様子が分かるや否や、悲鳴交じりの声を上げ続けた。
その姿は緑の汚れや傷に酷く塗れ、帆が落ちた幽霊船に等しい。
島では、別の船が戻ってきたと騒ぎになる。
しかし、どう見ても乗船しているのはここの漁師達と4人だ。
彼等は殆ど、転倒による打撲までに留まったものの、体は緑の返り血に塗れ、顔は疲労に満ちている。
「何があった!?」
それに、見知らぬ老人がいるのはどういう訳かと、人々は次から次へと度肝を抜かれる一方だ。
漁船の脇から、ジェットスキーで飛び出したグレンとレックスが現れる。
先にグレンが着くと、乗っていたそれを放り出してレックスの元に駆けた。
顔色が悪く、大量の汗を滲ませるレックスは、右足に深傷を負っている。
巨大な人魚の爪痕は焼けるように熱く、激痛は眩暈まで発症させていた。
「掴まれ!」
グレンや他の住民が寄って集るも、彼は発言するのもやっとのところ。
今すぐにでも足を切り落としたい程の激痛に、患部からは毒々しい人魚の血が滲み、沸々と細かな泡が弾けていた。
「ああ…バケモンになっちまう前に、いざって時は
躊躇うなよ……」
苦痛の表情に失笑を僅かに滲ませながら絞り出すが、とんでもないと皆は首を振り、彼を両側から支えて運び出す。
「こんな時に冗談言うな!」
叩くようにグレンが言う最中、レックスは浅瀬から浜に引き上げられた。
しかし、継続的に襲う激痛は彼の体勢を強制的に崩させ、膝から落ちてしまう。
視界がぼやけ、人々の騒ぎ声は遠ざかっていくと、とうとうその場で気を失ってしまった。
それに追いつくように、悍ましい容姿と化した漁船が浜に振動を起こしながら到着する。
船体には、見るに堪えない血や傷の他、銀色の鱗も大量に付着していた。
この状況に不釣り合いな穏やかな潮風は、島を包む植物や林の合間を縫って爽やかな音を鳴らす。
どこかから香る料理や花の匂いも、今は誰1人感じるどころではない。
その頃、隣の孤島からグリフィン達の筏が到着すると、彼等は収穫物も放り出したまま、皆の元に駆けつけた。
そこから、浜を撫でる波に1輪、ピンク色の柔らかな花がふわりと落ち、陽光と共に揉まれた。
代表作 第2弾(Vol.1/前編)
大海の冒険者~人魚の伝説~
8月上旬完結予定
後に、代表作 第3弾(Vol.2/後編)
大海の冒険者~不死の伝説~ をもって
シリーズ完全閉幕します