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魔物は討伐しません、診察します〜転生獣医のもふもふサファリパーク開拓記〜  作者: あおにし
第3部 魔王軍接触

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第73話 お薬は優しく、歩みは等身大に

いつも応援ありがとうございます!お楽しみください!

朝靄の中、ルシェルド療養地までの道中。


「昨日、徹夜で霧状散布具を直した。今日は大丈夫だ」


ガルドは赤い目を擦りながら胸を張った。


「そんなことを言って、またルシェルドに怒られても知らないのだ」


リコがぼそっと言った。エーリスはそれを聞いて口元を隠した。


「えっ?」


ガルドがリコを睨んだ。


「いや、何でもないのだ」


リコはエーリスの陰に隠れた。


ルシェルドは今日も俺たちの姿を見て、左翼をゆっくりと広げた。


俺は、樽から高濃度浄化液を噴霧器に入れて、ゆっくりとピストンを押し込んだ。


シュッ。


今度は放水ではなく、清らかな霧(ミスト)となって、ルシェルドの広大な旧裂創を優しく包み込むように覆っていく。


ルシェルドは大きな金色の瞳を心地よさそうに細め、深く息を吐き出す。


『……人間よ。槍が来ると思って身構えていたが、来なかったな』


「すみません……次は本当に霧にすると約束しましたから」


『期待はせぬと言ったが……これならば、明日の治療も待ってやってよい』


治療が終わり、ルシェルド療養地から森の除染場所まで向かった。


「俺の言った通りだ! 水が綺麗に散ったな!」


ガルドは笑ってリコを見た。リコは耳をたたんだ。


「……すまなかったのだ」


「リコ。わかればいいよ」


ガルドはリコの肩を叩いた。


***


森の除染現場では全員が息守りマスクを着け、トーマの指示に従ってそれぞれが持ち場についていた。


「これから草刈りを行うのだ」


リコがそう言って鎌を手に取り、エーリスにも一本渡した。マルタと並び、3人で草を刈り始める。サラとレオンは森を見ていた。


草刈りが終わった場所を、ノクシアが浄化排水をひしゃくで撒く。


その作業を見ていたガルドは、噴霧器を抱えながら呟いた。


「……待てよ。この噴霧器を思い切り大型化して、荷車に載せて森に浄化排水を撒くのに使えるようにするといいのではないか」


「なるほど、そうすればより広範囲に薄く撒くことができる」


「ああ。ワタル。手で撒くより何倍も広く、効率よく除染を進められるぞ!」


ガルドは、「俺は工房に戻って早速図面を引いてみるぜ!」と大急ぎで自分の工房へと走って帰っていった。


俺は走り去るガルドの後ろ姿を見送ってからみんなに声をかけた。


「みんな、今日は村の入り口の除染を確認しなきゃだから、こっちの作業はよろしくお願いします!」


「わかりました。任せてください」


責任者のトーマが胸を拳で叩いた。


「プルツーも頼むぞ。無理しないようにな」


「ぷるっ」


プルツーは俺の声に反応して、小さく弾んだ。


***


村の入り口では、息守りマスクを着けたキャスパーの声が響いていた。


「そこ、浄化排水をもう少し撒いてください。あ、そっちは草をもう少し刈ってからにしましょう」


「ぷるるっ」


プルも浄化排水が撒かれた後をゆっくりと進んでいる。


「キャスパーさん、お疲れ様です」


キャスパーは俺を見て、草刈りをしていた手を止めた。


「おう、ワタル。こっちも順調に除染を続けているよ」


「はい。思った以上に進んでいて驚きました。ギルドの冒険者はさすがに体力もあるから、作業が速いんですかね」


「確かにその点もあるけど、みんな協力的にやってくれているから。普段の魔物の討伐とまるで違う仕事なのに本当に助かってる」


キャスパーは周囲を見渡した。


「大盾を地面に立て、腰に古びた剣を下げた年配の男がボルツさん。草刈りをしているうちの細身の人が斥候のネリさん、その横の若手が槍遣いのカイル。浄化排水を撒いている女性がミーシャさんだ」


俺は息守りマスクを着けた冒険者たちに挨拶した。そして、ボルツの近くに行った。


「最近はこの辺りも瘴気が強くなってきたようですが、魔物がこの辺りに来ることもありますか?」


ボルツは俺の顔を見て、また周囲を見渡した。


「いや。まだ魔物はほとんど現れない。前に畑にサンダーラビットが現れたくらいだな」


「ああ、ライですね。うちで今生活しています」


「そうみたいだな。……俺はワタル先生に謝らなきゃいけないことがある」


ボルツは声を低くした。


「えっ、何ですか?」


「俺はこの先の畑のあたりでスライムを討伐しようとしたことがある。その時にワタル先生が俺を止めて、スライムを治療した。俺は捨て台詞を吐いてその場を去った。あの時の判断が、あの時点で間違っていたとは思わない。結局、今回村の入り口を除染するにも、あの時のスライムがいてくれなければどうにもならなかった」


ボルツがあの時の冒険者だったのか。ただ、ボルツが俺たちを見逃してくれたからこそ今があるともいえる。


「いえ。ボルツさん。あなたがあの時討伐にこだわったら、俺もプルも生きていなかったです。あなたが見逃してくれたからこそ、今があるんです」


「そう言ってもらえると助かる。俺も長く冒険者をやってきているが、保護区の活動に色々考え方が変わった。だから、モルガナに言ってこの除染に参加させてもらったんだ」


「そうなんですね。今後もボルツさんのようにベテランの冒険者が除染をやってくれればどんどん村の入り口もきれいになっていくと思います。よろしくお願いします」


頭を下げてキャスパーの元に行った。


「おい、ワタル。俺もプルを見逃してやったから、今があるんだよな?」


「そうですね。キャスパーさんのおかげもあります」


「そうだろう。俺にはその先が見えていたんだ」


キャスパーは胸を張った。


***


保護区に戻り、昼食を取った後、隔離ケージに向かった。


「まだ、落ち着かないか」


クロナとヨルは俺の姿を見て、歯を剥いた。


「エーリスさん。クロナとヨルの治療のために、少し鎮静させてもらえますか?」


エーリスの『魔力鎮静』がクロナとヨルを包む。二頭の動きがゆっくりになった。


俺は、クロナに話しかける声を最小限の囁き声にし、物音を立てないよう極めて静かに近づいた。そして、傷口を清浄水で洗った後、鎮静軟膏を塗った。


次に、診療棟の遮光カーテンを半分閉めて薄暗い影を作り、ヨルが光を避けられるようにしてから、同じように処置を行った。


二頭は、自分たちの「怖いもの」を避けて施される優しい処置に、徐々にこわばった体を緩め、静かに治療を受け入れる。


(……やはり、このケージは狭すぎる。治療のめどがついたら、この子たちが本来の夜の闇の中で、安心して隠れられる居場所を、整えてあげなければならない)


***


夕方。新棟ダイニング。俺、リコ、オルフェンとロッカが集まっていた。


俺はダイニングのテーブルに図面を広げた。


「保護区の今の施設では、あの子たちが暮らすのに狭すぎる。オルフェンさんが言っていた通り、区画(サファリ)を作っていかないといけません……。」


俺が言い終わる前にリコが叫んだ。


「ちょっと待って、ワタル。それにロッカ」


「どうした、リコ?」


「ワタルは治療ばかりで、あまりこの保護区の運営について考えていないけど、ここはしっかりしないとだめなのだ。設計に入る前に大事なお金の話をしないと」


「お金の話?」


「そう。処置台、排水溝、職員食堂、職員住居。村の施設として整理された部分もあるけれど、保護区の都合で追加した備品や細かな工事、ドッグランの防護柵まで、支払いを曖昧にしたまま進んできたものがあるのだ」


リコは帳簿をめくった。


「ここをきれいにしないまま、新しい区画(サファリ)の造成には入れない。ロッカを、便利な職人として使い潰す場所にするわけにはいかないのだ」


リコの言うとおりだ。誰かの善意に甘えて進むわけにはいかない。


ロッカは驚いて目を丸くし、それから笑った。


「アハハ、さすがリコだね! たしかにこのところやった細かな追加仕事の支払いは、後回しになっていたね。大きな工事の話に紛れて、アタイもすっかり忘れていたよ」


「すぐに一括で支払うことはできない。分割で支払っていきたいと思っているのだ。ちょうどレグナとの流通が回復して、マスクの販売が好調。マルタ農園の野菜の売り上げも上がっている」


リコは帳簿から目を上げてロッカを見た。


「今後、区画(サファリ)を作るのであれば、その未払いの分も含め、しっかりしておかないと。未払いの分については、1年の分割で支払いたい。ロッカが許してくれるなら。その上で新しい費用も分割で支払わせてもらえると助かる」


ロッカは笑って、職人らしく快諾した。


「リコがしっかりと支払いの算段をつけてくれるなら、安心して働けるよ。保護区も人が増えて大変だろうから、分割でいいよ」


「リコ。済まない。お金の関係は本当に任せっきりだったな」


「いいのだ。これは私の仕事だから」


俺はロッカとオルフェンを見た。


「水も限られているし、費用にも余裕はない。だから、区画(サファリ)については、できる範囲で、等身大でやっていこうと思います」


「それが賢明です。一気に広げれば管理が破綻します」


オルフェンが同意した。


「クロナとヨルについては、まだ治療に時間がかかります。でもウィンドウルフのあの子たちはドッグランが手狭すぎる。なので、ウィンドウルフのみんなが伸び伸びと走れる草原区画の試験整備から進めるのはどうでしょうか?」


「それはいいですね」


「じゃあ、ドッグランからルシェルド療養地あたりの場所に作るのはどうだい?」


ロッカが図面を指した。その後もオルフェンとロッカと区画(サファリ)について細かく調整した。


【施設管理カルテ】

患者経過(シャドウパンサー二頭、クロナとヨル):首輪跡および鞭傷の処置を継続。クロナは声に過敏、ヨルは光を忌避するため、処置中の音量低下および遮光を徹底する。低刺激環境と夜行性区画の必要性を継続確認。

開拓・サファリ区画構想:既存ドッグランの物理的限界、および保護区内の保有水資源(一日2000リットルの上限)・予算の制約を考慮し、初期サファリ整備計画を等身大の第一期整備に限定。ウィンドウルフ(シルバ、コロ、モコ、ココ)の先行定住区画造成を最優先とする。

生活・労務管理(財務管理):共同経営者リコによる厳格な予算管理のもと、石工棟梁ロッカに対する未払い分およびサファリ整備費用について、分割払いとすることで合意。

工学開発・資材管理:ガルドによる「霧状散布具」の往診実地テストを行い、ルシェルド治療において霧状散布に成功。副産物として、本散布具を大型化し、森林開拓における「浄化排水広域散布用大型散布具」へ転用する新規開発計画が発案され、ガルドの工房にて設計を開始する。

安全・観察管理:村の入り口ゲートにおけるギルド主導の共同除染作業を確認。キャスパーを現場責任者とし、プル、ボルツ、ネリ、カイル、ミーシャらが連携して作業を進めていることを確認する。

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