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魔物は討伐しません、診察します〜転生獣医のもふもふサファリパーク開拓記〜  作者: あおにし
第3部 魔王軍接触

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第72話 お薬は、優しく霧にして

いつも応援ありがとうございます!お楽しみください!

「おい、ワタル。できたぞ」


朝早い診療棟。ルシェルドの往診準備をしていた俺の元にガルドが飛び込んできた。手には銀色の器具が抱えられている。


「それって、浄化液を細かく散布する器具ですか」


「ああ。水不足解消のためと思って急ぎで作った。まだ試運転はそれほどしていないが、水が細かく出ることは確認済みだ」


「ありがとうございます。では、今日の治療で試してみたいと思います。ガルドさんも一緒にルシェルドの療養地に行きましょう」


「えっ。俺もか?」


ガルドはルシェルドの名前を聞いて少したじろいだ。


「はい。その場で何かあったら調整できるかもしれないし、実際の使用状況を見てもらった方がいいですから」


「そういうことじゃないんだけどな……。わかった。一緒に行くよ」


ガルドは覚悟を決めたように両手を握りしめた。


***


ルシェルドの療養地。


今日もルシェルドは俺たちの姿を見ると左の翼をゆっくりと開いた。


「ワタル。ルシェルドって思っていた以上にでかいな」


ガルドが低い声で話した。


「そうですかね。もう見慣れているから何とも思っていなかったです」


俺はガルドに答え、樽から高濃度浄化液を試作品の噴霧器に入れた。


見慣れない器具を持っている俺の姿をルシェルドは金の大きな瞳で見つめた。


「ルシェルド。今日は新しい器具を試す。ひしゃくで流すより、浄化液を細かく霧状にして傷口全体に届かせるためのものだ。痛みが出たらすぐ止める」


俺はルシェルドに伝え、ピストンを押し込んだ。


ビュッ、と鋭い音が鳴り、細い水流が束になって勢いよくルシェルドの傷口を直撃した。


「あれ、霧じゃない。止める、止める!」


ルシェルドは大きな金色の瞳をしばたたかせ、不機嫌そうに低く唸った。そして、俺の頭の中に重苦しい声が響いた。


『これが霧か。我の知っているものと違うな』


「すまない。ルシェルド。少し予定と違った」


『……次に霧と称して槍を撃ち込むなら、先にそう言え』


「本当に申し訳ない。次は本当に霧にするから」


俺はルシェルドに謝りながら、残りの治療はひしゃくで丁寧にぬぐうようにして完了させた。


「ルシェルド。今日は本当にすまなかった。明日までに改良してくる」


ルシェルドは金色の瞳を閉じた。


『期待はせぬ。だが、待ってはやる』


「ありがとう」


治療器具を片付けていると、ガルドが呟いた。


「ルシェルドって、あんな声なんだな。直接頭に響いて驚いたぜ」


「そうですね。最初は驚きました」


「しかも、あの伝説の竜を痛めつけて平然としているお前にもびっくりだよ」


「えっ。そうですか。治療していただけですけどね。きちんと謝ったし」


ガルドは呆れたように息を吐いた。


「まあいい。今日はノズルを絞りすぎていたから、水流が強くなったみたいだな。急いで帰って調整するぜ。明日の治療に間に合うようにな」


ガルドはそう言って、試作品の噴霧器を持って工房に戻っていった。


***


ルシェルドの治療を終え、森の除染作業に合流した。


今日から正式に職員になったサラも除染作業に来ていた。メリナは引っ越し作業で不在のようだ。


全員が息守りマスクを装着し、トーマの指示でそれぞれの持ち場についた。


草刈りは俺、リコ、エーリス、マルタ、トーマが担当して進めていた。レオンはリハビリ中のため、右腕に負担をかけない範囲で周囲の警戒を継続していた。


サラも手伝おうと鎌を取ろうとした。けれど、隣に立つノクシアが静かに首を振った。


「サラさん、今日は刈るより、見る仕事をしてください」


「見る仕事……」


サラは少し照れくさそうに頷き、鎌を置いて森の縁へと目を向けた。


サラは作業範囲の端に立ち、鳥の声、足跡、風の向き、草の倒れ方を記録する。しばらくして、森の奥を見つめ、記録の手が止まった。


「兄さん、あっちの奥の茂み……さっきから鳥の声が止まってる。それに、風が吹いてないのに枝の揺れが不自然。気をつけて」


レオンは頷き、右腕を庇いつつ左手で盾をしっかりと保持して、妹が指摘した方向へ注意深く視線を走らせる。


サラが観察員見習いとして機能する様子を、ノクシアは隣でほほえましく見守っていた。


***


昼食後、診療棟の隔離ケージ区画。


クロナとヨルは、ケージの奥で怯えて牙を剥いていた。近寄ることを許してくれない。


「これでは治療ができないな」


「そうですね」


オルフェンも俺の横でじっと二頭を見つめていた。


「ワタル先生。クロナとヨル、両方怯えていますけど、それには個体差が見えますね」


「個体差ですか?」


「はい。クロナは人の声に強く反応しています」


確かに俺とオルフェンが話し出したのを聞き、クロナはビクッと耳を伏せて身を竦めた。


「それに対し、ヨルは音よりも光を嫌っているように見えます。こちらよりも窓の方をずっと気にしています」


ヨルはこちらを見ずに診療棟に差し込む明るい方から露骨に体を背けて陰に隠れていた。


「そうですね。今後のリハビリでも気を付けなければいけませんね」


ただ、治療を進めないと傷口が化膿してしまう恐れがある。


「エーリスさん。刺激を抑える形で、少しだけ魔力を落ち着かせられますか」


「はい」


治癒士のエーリスがそっと杖をかざし、優しく深い『魔力鎮静』を施して彼らの魔力を落ち着かせた。


「ワタル。クロナもヨルも耳が垂れたのだ。今なら大丈夫」


リコの合図で俺はゆっくりケージに近づいた。


「ちょっと沁みるかもしれないけど我慢してな」


俺は声をかけながら、首輪跡や背中・首筋の無残な鞭傷を清浄水で洗浄し、リュシア特製の軟膏を丁寧に塗布した。


俺は『絶対診察眼』を起動した。首元に瘴気の影響は残っているが、それほど濃くはない。だが、クロナとヨルが震え続けているのにその原因が出てこない。


(……これは、身体の傷だけじゃない。首輪は外れた。でも、この子たちの中では、まだ鞭の音が鳴っている)


それは、ドレイグの暴力支配によって刻まれた、心の傷(トラウマ)だった。


俺が離れると、クロナとヨルの呼吸が落ち着いた。


「オルフェンさん。クロナとヨルの治療ですが、あの子たちを苦しめているのは瘴気ではない。心の傷です。どのように今後ケアをしていったらいいでしょうか?」


オルフェンは俺の言葉を聞いてしばらく考えた。


「魔王軍でも怯える魔物をよく見ました。けれど、その子たちを立ち直らせることまでは考えていませんでした。……今思えば、あの子たちに一番合った環境で、ゆっくりさせるのが一番なのかもしれません」


「そうすると、ケージではなく」


「はい。静かに隠れられる本来の居場所が必要だと思います」


クロナとヨルを見つめながらオルフェンが言った。


***


夕方。診療棟を出てドッグランに向かうと、ウィンドウルフの母子とコロが共に過ごしていて、すっかりなじんだ様子を見せていた。


4匹は夕方の涼しい風を浴びながら、一つの群れになって走っていた。


先頭をまるでリーダーのように誇らしげに駆けるコロ。その後ろを、子狼のモコとココがコロの背中を追うようにじゃれつき、転げ回りながら追いかける。そして群れの最後尾から、母狼のシルバが子供たちを優しく見守るように、大きな歩幅で静かに走っている。


(あの子たちもすっかり元気になったな)


コロは罠の傷が深く、しばらく全力で走れなかった。シルバは警戒心をむき出しにしていた。こんなに自由に走れるようになって本当に嬉しかった。


しかし、彼らはほんの数十歩走っただけで、すぐにドッグランの防護柵に行き当たった。コロがうなだれてスピードを落とした。


(今の環境では、あの子たちが幸せに暮らせているとは言えない。俺はもっと環境を整えてあげないと)


俺はドッグランの端でトゲマルを観察していたオルフェンに話しかけた。


「オルフェンさん。あなたの言っていたとおり、この子たちの生き方に合わせた区画(サファリ)を作らないといけませんね。今日はロッカが村にいる日なので、明日の夕方、ロッカも呼んで区画(サファリ)について話し合いたいのですが、いいですか」


オルフェンはペンを止め、目を輝かせた。


「本当ですか……。大丈夫です。明日の夕方に話しましょう」


「では、そのようにロッカにも伝えます。明日の夕方、新棟のダイニングで話しましょう」


これまで治療だけを考えてきた。でも、森に返せない今、この保護区で患者は生活していかなければならない。そのための環境整備の責任が俺にはある。


(治すだけでは足りない。暮らせる場所まで、作らなければならない)


ドッグランでは、コロとモコ、ココがじゃれあっていた。


【施設管理カルテ】

開拓・サファリ区画構想:既存ドッグランおよび隔離ケージの限界を確認。ウィンドウルフ親子とコロには、既存ドッグランより広い森縁区画が必要。シャドウパンサーのクロナ、ヨルには、低刺激で静かに隠れられる夜行性区画が必要と判断する。翌日、ロッカ、オルフェンと区画(サファリ)整備について協議する。

工学開発・資材管理:ガルドによる霧状散布具の一次試作品をルシェルド治療で試用。ノズルの絞りが強く、霧ではなく細い水流となって患部に強く当たる問題を確認。ガルドの工房で吹き口と水圧を調整し、改良型を製作する。

安全・観察管理:サラの観察員見習いとしての初日。北方森林境界の除染現場で、鳥の声、枝の揺れ、風の向き、草の倒れ方などの微細な変化を記録し、レオンへ共有する。レオンは部分復帰中のため、右腕に負担をかけない範囲で警戒を継続する。

患者経過:シャドウパンサー2頭、クロナとヨルは、首輪跡および鞭傷の処置を継続。身体的消耗に加え、クロナは声に過敏、ヨルは光を忌避する傾向を示す。低刺激環境と、静かに隠れられる居場所の確保を急ぐ。

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