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魔物は討伐しません、診察します〜転生獣医のもふもふサファリパーク開拓記〜  作者: あおにし
第3部 魔王軍接触

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第68話 怖い話も同じ食卓で聞きます

いつも応援ありがとうございます!お楽しみください!

すっかり夜の帳が下りた職員食堂。


それぞれの仕事を終えた面々が、少し肩の力を抜いた顔で席についていた。


昼間のピリピリとした緊張感や、ギルドの土間での手狭さとは対照的に、ここには、広々として温かみのある空間があった。


ダリオとセリアが整え、ベルナが加わって切り盛りする食堂は職員の憩いの場にもなっていた。


厨房の大釜からは、ダリオがじっくり煮込んだ、マルタ農園の瑞々しい根菜とバロウ牧場から届いたばかりの肉を使った、胃に優しく温かいシチューの香りが立ち上っている。


ベルナがセリアと共に手際よく配膳を行い、各自の目の前にパンとシチューが並んだ。


トゲマルの襲撃からマルタを庇って負傷し、リハビリ入院中のレオンも、妹のサラに支えられながらぎこちなく席につき、ダリオの料理を見て笑みを浮かべる。


「お母さん。私の分は、まだ?」


ライザが端の席でシチューを楽しみに待っている。


「はいはい。もう少し待ってね」


ベルナがなだめるようにライザに話しかけた。


全員に温かいシチューとパンが行き渡り、食事が始まったところで、俺は静かに語り出した。


「皆さん。今日もお仕事ありがとうございました。おかげさまで保護区は順調に成長しています。ですが、大きな問題も発生しています」


皆、食事の手を止め俺に注目した。


「今朝のことです。北側防護柵付近で、魔王軍の魔物遣いドレイグと直接接触しました」


「魔王軍……」


どこからともなく声が漏れた。


「今回は偵察だったようです。ルシェルドのおかげで、保護区への侵入は防げました。しかし、これで終わりとは思えない。」


俺は周囲を見渡した。一様に不安そうな顔をしている。


「これを受けて、村とギルドと緊急で協議を行いました。その結果、ルシェルドの死角になる村の入り口方面と森方面の二方面除染体制が正式に決まりました」


マルタが尋ねた。


「でも、ワタル先生。魔王軍が攻めてくるかもしれないのに、森の除染なんて進められるのかい?」


「その点については私から。魔王軍は魔物を瘴気で支配しています。でも、保護区の清浄な空気に触れると、その支配がうまくいかなくなる。今朝の偵察でも、それが確認できました。私たちは身を守るためにも、清浄な空気の範囲を広げる必要があります」


ノクシアがマルタの質問に答えた。マルタは納得したように目を細めた。


「今後、村の入り口方面はギルドが中心に除染を行います。保護区では、これまで通り森の除染を進めていきます。その責任者もこれまで通りトーマさんにお願いします」


トーマが気恥ずかしそうに頭を下げた。


「とはいえ、魔王軍がいつ来るかわからない。作業中に来たら対応できなくなるかもしれないから、これまで以上に注意して作業に取り組みましょう」


どことなく食堂の空気が重く沈み込んだ。誰も話さず、沈黙が続いた。


「ねえ、ワタル先生。今朝、お外から連れてこられた、あの黒い大きな猫みたいな子たち……。あの子たちが魔王軍なんでしょ? あの子たちは、私たちを襲いにきた『悪い魔物』なの?」


端の席にいたライザが、純粋な疑問を口にした。俺はライザに微笑んだ。


「悪い子じゃないよ、ライザ。あの子たちは、首輪を無理やりつけられて、痛い鞭で何度も叩かれて、怖くて、走らされていたんだ。だから今は、静かに眠れる場所と、傷を治す時間が必要なんだよ」


ベルナがライザの元へ行き、頭を撫でた。


「ライザ、まずは食べなさい。怖い話はね、お腹が空いている時ほど大きく聞こえるものよ」


その一言で、張り詰めていた空気が柔らかくなった。誰かがシチューをすくう音がした。それにつられるように、別の席でもスプーンが動き始める。湯気の向こうで、こわばっていた肩が少しずつ下りていった。


シチューを一口飲み、落ち着きを取り戻したエーリスが語り出した。


「恐怖で暴れている魔物に近づく時、人間側にも怪我人が出る可能性があります。わたくしの鎮静魔法は使えますが、万能ではありません。避難する人、搬送する人、近づかない人を、あらかじめ決めておく必要がありますわ」


そして、エーリスはライザを優しく見つめながら付け加えた。


「子どもたちは、隔離ケージには絶対に近づかないでくださいね。怖がっている魔物にとって、いくら善意の声かけであっても、予期せぬ刺激になってしまうことがありますから」


「うん。エーリスさん。わかった」


ライザは大きな声で返事した。


「ワタル先生。魔物についてですが」


「オルフェンさん。何かありますか?」


「はい。今日保護したシャドウパンサーの二頭。あれは、ただ隔離ケージに入れておけばよい種ではありません。影を好み、音に敏感で、狭い場所に長く置けば、ストレスからかえって傷や精神状態が悪化する可能性があります」


オルフェンはゆっくりと話した。


「それなら、ドッグランを交代で使えば……」


俺の言葉にオルフェンは首を振った。


「ドッグランでは足りません。ウィンドウルフ、シャドウパンサー、そして森から逃げてくる小型魔物たち。それぞれに必要な距離、暗さ、匂い、逃げ場が違います。この保護区には、ただの檻や広場ではなく、彼らの生き方に合わせた区画(サファリ)が必要なのです」


「区画(サファリ)……」


俺はサファリパークを思い出した。あのように、自然に近い形で暮らせる環境を作るというのか。確かにその方が問題が少ない。


「面白いね。檻の柵で分けるんじゃなく、地形そのものを造るんだね」


オルフェンの話を聞き、ロッカが弾んだ声で言った。


「影を好むなら、日陰を落とす石組みを作る。匂いを村へ流したくないなら、土手の高さと風の抜け方を考える。水を好む魔物がいるなら、淀まない排水路もいる。アタイの仕事だね。土台なら任せな」


ロッカは胸を張った。


「ロッカ、お前の石組みや水路の計画は素晴らしいが……」


「なんだい。ガルド。何かあるかい?」


「いや、あのな。サファリを拡張するにしても、これからの開発にはとんでもねえ量の水が必要になる。だが、今のタンクで回せる水は限られている」


ガルドの言うとおりだ。保護区の水は村の井戸と水源を共有しているため、汲み上げ量には制限がある。今は一日2000リットルが上限でこれをやりくりしている状況だ。


「ああ、そうだったな」


ロッカの声が小さくなった。


「森の奥の湖を浄化して水を引く構想はあるが、あそこまでの除染と段階浄化にはまだかなりの時間がかかるはずだ。つまり、湖から水が引けるようになるまでは、今ある水を徹底的に節約していかなきゃならねえ。開発を進めるなら、水はあっという間に底をつくぞ」


「ガルドの言う通りね。生活と治療をまかなう分としては、今のところ何とかやれている。でも、それ以上に使うとなると足りなくなるのだ。治療、生活、洗濯、食堂。このどれも削るわけにはいかない。だから、開発に使える水は、その残りに限られる」


リコがガルドの話を受けて発言した。


「そうだな。今後の魔物の居住について考えた場合、オルフェンさんの言う通り区画(サファリ)が必要になります。でも、まだそこまで進めるための環境が整っていない。少し検討させてください」


「それで良いです。何かあったら相談してください」


オルフェンは頭を下げた。


「あと、先ほどガルドさんとリコが言ったように、水には限りがあります。不便をかけさせることになるかもしれませんが、各自節水に気を付けるようにお願いします」


俺はそう言って頭を下げた。特に反対する意見はなかった。


配膳を続けていたセリアが、全員を見渡して凛とした声で宣言した。


「外がどうなろうと、私たちはこの『食堂』を続けます。ここに集まる全員が、明日も元気に働けるようにね。だからみんな、安心して働いてね」


そしてダリオが、大釜のシチューをすくい上げながら、優しい笑みを浮かべて言葉を重ねた。


「ああ。どんなに怖い風が吹いていても、ここに来れば、いつでも温かくて美味しいシチューを出すよ。腹が減っていては、いい仕事も、いい警備もできないからな」


温かいシチューをスプーンで掬いながら「よし、明日も頑張ろう」と笑い合うスタッフたちの姿を、俺は胸を熱くしながら見つめた。


(魔王軍は魔物を暴力で支配し、使い潰す。俺たちは違う。お互いの弱さを認め合い、役割を分け合って、こうして一つの食卓を囲んでいる。ここは、ただご飯を食べる場所じゃない。怖い話も、一人で抱えずに、みんなで分け合える場所なんだ。

この食卓がある限り、俺たちは、あいつらの暴力に負けない。)


俺はスプーンを握りなおし、シチューを口に入れた。


【施設管理カルテ】

安全・防衛管理(避難・救護導線の整理):魔王軍魔物遣いドレイグによる直接接触、および二方面除染の開始に伴い、保護区内の安全管理体制を再定義。治癒士エーリスの助言に基づき、魔物暴走時における避難担当、搬送担当、非接近担当の人員・導線を事前に整理する。ライザおよびミーナを含む児童・外部見学者については、怯えている個体を刺激しないよう、隔離ケージ区画への無断接近を禁止する。

開拓・サファリ区画構想:新規保護されたシャドウパンサー2頭の特性、およびウィンドウルフ母子、トゲマルなどの増加を踏まえ、既存ドッグランの一時利用限界を確認。今後は種ごとの距離、暗さ、匂い、逃げ場、水場の必要性を整理し、生態に合わせた区画設計を検討する。

生活・物資管理:職員食堂におけるダリオ、セリア、ベルナの協働体制により、職員への食事供給を維持。あわせて、保護個体の状態に応じた給餌準備を継続する。リコは生活、治療、洗濯、食堂に必要な水量を踏まえ、開発に使用できる水量の管理を厳密化する。水量制限を踏まえ、各自に節水を求める。

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