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魔物は討伐しません、診察します〜転生獣医のもふもふサファリパーク開拓記〜  作者: あおにし
第3部 魔王軍接触

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第66話 鞭で縛られた魔物も患者です

いつも応援ありがとうございます!お楽しみください!

北東側防護柵の手前。朝の澄んだ光が差し込む中、シャドウパンサーは動けずにいる。


俺たちは息を殺し、シャドウパンサーの動きを見逃さないように見つめていた。


「獣には痛い目を見せないと、動かない。これだから、こいつらは本当に困りものだ」


黒い霧が立ち込める境界の向こうから、黒い革のロングコートを纏い、鈍く光る黒革の鞭を手にした男が歩いてきた。


「お前はドレイグ……」


ノクシアがその名を口にした。


ドレイグは、防護柵の内側に立つノクシアを見つけると、下卑た笑みを深めた。


「クク……。誰かと思えば、あのすました『観察官ノクシア』じゃねえか。薬草師の真似事をして潜入していたと思えば、まさか魔王軍を裏切り、こんなもろい人間どもの泥船に乗り換えていたとはな」


ノクシアは、底冷えするような静かで侮蔑に満ちた瞳でドレイグを見つめた。


「……相変わらず、耳障りな鞭の音ですね、ドレイグ。魔物をただの壊れる道具としか扱えず、暴力でしか命令を聞かせられないあなたの無能さは、あの頃から何も変わっていないようです」


ノクシアの虫ケラを見るかのような冷淡な軽蔑の眼差し。ドレイグの額にピキリと青筋が浮かんだ。


「チッ、そのツラだ。魔王軍にいた頃から、お前はそのすましたツラで、俺のやり方をゴミを見るように見下しやがった。高貴な夜魔族様は、俺のような叩き上げの魔物遣いがお気に召さねえってか?」


一度言葉を切って、ドレイグは鞭の柄を怒りに任せて強く握りしめた。


「……だがなぁ、状況は変わったんだよ、ノクシア! お前は魔王軍を裏切った。ガウル様からは『裏切り者の処分は好きにしろ』とのお言葉を頂いている。……その涼しい顔が、どこまで保つか試してやるよ!」


ドレイグは目の前のシャドウパンサーたちを見つめた。保護区の防護柵の手前で怯えて進まないことに苛立ち、さらに狂暴に、何度も容赦なく鞭を振り下ろした。


「何をしてやがる! 行け! 行きやがれ、この役立たずどもが!」


幾度も激しく打たれたシャドウパンサーたちは、恐怖と激痛のあまり、苦痛と恐怖に満ちた悲痛な叫び声を上げる。


シャドウパンサーが無理に境界へ爪を立て、錯乱して暴れようとするその瞬間、ノクシアが静かに動いた。


ノクシアが片手を上げると、柵の手前に薄い影が広がった。


攻撃するための影ではない。暴れている2頭の視界を少し暗くし、余計な刺激を減らすための影だった。


「止めるためではありません。これ以上、この子たちを怖がらせないためです」


「うるせえ! お前ら、動け! 襲え!」


黒革の鞭が、さらに2頭の背中へ食い込んだ。繰り返されるドレイグの暴虐に対し、普段は冷静沈着なノクシアが、怒りに震える声で叫んだ。


「やめなさい、ドレイグ! これ以上その子たちを傷つけるのは、私が許しません!」


ノクシアの激高する姿を見て、ドレイグは歪んだ優越感から、下卑た哄笑をあげた。


「ハハハハ! いいぜ、いいツラだノクシア! 裏切り者の分際で、偉そうに指図してんじゃねえよ!」


ドレイグがさらに鞭を振り上げ、哄笑を重ねたその瞬間。


朝の青空を引き裂くように凄まじい羽ばたきの音と、大気を激しく震わせる圧倒的なプレッシャーが現場を包んだ。


天空からバサリと巨大な翼が広がり、防護柵のすぐ目の前に、地鳴りのような衝撃とともに、金色に輝く大きな瞳を持つ古龍――氷泉竜ルシェルドが直接舞い降りてくる。


「お前はルシェルド……。どうして。お前に手出しされないように遠くから攻めてきたのに……」


ドレイグの鞭が止まった。


ルシェルドが着地した瞬間、周囲の空気が一瞬にして凍りつき、古い水脈の底から押し上げるような威圧が、その場を支配した。


さっきまでドレイグの鞭に怯えて錯乱していた2頭のシャドウパンサーは、古龍の格を前に、完全に腰を抜かしてその場に固まった。


ドレイグは、血の気が引き、ガタガタと震えながらも、ルシェルドが来たという現実を認められず、逆上して再びシャドウパンサーへ鞭を振るった。


「動け! 動けよこの駄獣ども! 噛み殺しやがれ!」


ルシェルドは、大きな金色の瞳をゆっくりとドレイグに向け、静かに、しかし死を突きつけるような凄まじい眼光で睨みつけた。


その視線だけで、ドレイグの全身が硬直した。


ルシェルドは巨大な翼を一度、力強く羽ばたかせた。

――ゴォォォォッ!

激しい冷気を帯びた、立っていることすら不可能なほどの猛烈な強風が、ドレイグを直撃する。


ドレイグはあまりの突風と冷気に体勢を崩し、その場に立っていられなかった。


「く、くそっ……! 覚えてやがれ!」


ドレイグは、鬱蒼とした森の奥へと命からがら撤退していった。


***


ドレイグが去っていくのを確認し、ルシェルドは巨大な翼を広げた。


「ルシェルド! 助けてくれてありがとう!」


ルシェルドは飛び立つ動きを一度止め、大きな金色の瞳を少しだけ細めて、俺を見下ろした。


『……勘違いするな、人間よ。我はお前たちを助けにきたわけではない。いつもの時間になっても、我の治療に現れぬからな。何かつまらぬ事態にでも巻き込まれ、我を待たせているのではないかと、様子を見に来ただけだ』


その重厚な声が、俺たちの脳裏に直接響き渡る。初めて聞こえたサラは驚いたように目を大きくした。


ルシェルドは再びバサリと大きく羽ばたき、冷涼な風を起こしながら、空へとその巨体を浮かび上がらせた。


『随分と待たされた。礼を言う暇があるなら、早く我の古傷を洗え。療養地で待つ』


ルシェルドは誇らしげに青空へと舞い戻っていった。


「あれが伝説の竜の力……。すごい威圧感でした」


サラが呟いた。


「ルシェルド様は森の出来事をなんでも理解しています。今回も魔王軍のやり方が気に入らなかったのでしょう」


ノクシアがサラに話した。


ルシェルドが去った防護柵の前には、恐怖と過度の緊張、および鞭の激痛でへたり込み、ピクリとも動けなくなった2頭のシャドウパンサーが取り残されている。


「サラ。シャドウパンサーを診療棟に運ぶ。オルフェンさんとエーリスさん、リコを呼んできてくれ。あと、搬送用の手押し車も」


「わかりました」


サラは診療棟に向かって走っていった。


「ノクシアさん。あのドレイグという男は知り合いですか?」


ノクシアは下を向いた。


「はい。魔王軍の頃からよく知っています。あの男は魔物を道具としか見ていない。私とは意見がまるで合いません」


「今後も魔王軍の襲撃はあるのでしょうか?」


ノクシアは声を低くした。


「私が魔王軍を抜けるとき、報告書でこの保護区に危険性がないこと、ルシェルド様の危険性だけがあることを記載しました。……でも、明確にルシェルド様を避けて保護区を狙った……。今回は偵察だと思いますが、今後も襲撃が予想されると思います」


「そうですか。そうしたら、保護区の警備体制をもっと検討しないとですね。村とも連携を図らないと」


サラが、リコ、オルフェンとエーリスを連れてきた。手押し車に搬送用具が載せられている。


「エーリスさん、搬送のために、この2頭を浅く鎮静させてください。」


「はい。『魔力鎮静』」


シャドウパンサーを柔らかい光が包む。2頭の呼吸が落ち着いてきた。


「よし、手押し車に乗せて診療棟に搬送しよう」


俺は、オルフェン、リコ、サラ、ノクシアと協力して、動けなくなった2頭を優しく布で包み、手押し車に乗せて、安全な隔離ケージへと運んだ。


「しばらくは『魔力鎮静』が効いています。このままケージに入れて様子を見ましょう」


「ワタル先生。その前にしないといけないことがあります。首輪を外さないと」


ノクシアが言った。


俺は『絶対診察眼』を起動した。彼らの首輪に絡みつく支配の瘴気が確認できる。


「ノクシアさん。首輪に支配の瘴気が確認できます。これを外すのには何か手順があるのですか?」


「はい。外すための魔法をかける必要があります。『闇開錠』」


ノクシアが首輪に手をかざした。柔らかい闇が首輪を包む。黒い瘴気が弱まり、首輪から伸びていた命令の流れが途切れるのが診えた。


「これで大丈夫です」


ノクシアはそう言って、2頭の首輪を外した。シャドウパンサーたちは安堵の深い息を吐き出した。


俺は横たわったシャドウパンサーを診た。


「首輪の跡だけじゃない。背中にも鞭の傷があります。皮膚が裂けているところと、打撲になっているところが混じっています」


黒い毛並みをそっと分けると、背中に細い赤い線が何本も走っていた。深い傷ではないが、何度も同じ場所を打たれたせいで、皮膚の下に熱を持っている。隣で見ていたリコの耳が、ゆっくりと伏せられた。


「まず背中と首を清浄水で洗います。強くこすると痛むので、流すだけにしましょう」


洗浄水で2頭の首と背中を洗った。少し沁みたのか、片方がびくっと震えたが、エーリスの魔力鎮静が効いているのか、すぐにまた穏やかな寝息を立てた。


「リュシアさんの塗り薬を使いましょう。鞭傷の熱を抑えて、皮膚が引きつらないようにしたい」


ノクシアが処置箱から小さな陶器の壺を取り出した。蓋を開けると、青みがかった薬草の匂いがふわりと広がる。


「母が今朝、予備として置いていったものです。裂傷と炎症を抑える薬草を練っています」


「助かります。薄く塗ります。厚く塗ると毛に絡んで、あとで気にして舐めるかもしれません」


俺は毛並みを分けながら、鞭の跡に沿って薬を薄く伸ばした。シャドウパンサーは一度だけ耳を震わせたが、逃げようとはしなかった。


「よし。この子たちの応急処置は完了。これからルシェルドの治療に向かわないと」


「そうですね。遅くなると、今度は私たちに突風が向けられるかもしれません」


ノクシアが珍しく冗談を言った。みんな顔を見合わせて笑った。


【施設管理カルテ】

患者経過(シャドウパンサー2頭・新規保護):魔王軍魔物遣いドレイグによる鞭打ちおよび支配首輪の影響により、恐怖、疼痛、過興奮状態を確認。エーリスの魔力鎮静により搬送時の興奮を抑制。ノクシアの闇開錠により鉄首輪を解除し、命令伝達の遮断および狂暴化反応の緩和を確認。首輪接触部の擦過傷、および背部の鞭打ちによる浅在性裂傷・打撲を確認。清浄水による洗浄後、リュシア調製の薬草軟膏を薄く塗布。保護区内の隔離ケージで低刺激管理を開始する。皮膚損傷、疼痛反応、神経過敏、支配瘴気の残留反応を継続観察する。

安全・防衛管理:魔王軍魔物遣いドレイグによる、保護区外縁への直接接触および襲撃未遂を確認。サラの臨時警備補助による早期察知、ノクシアの影魔法による遅滞行動、および氷泉竜ルシェルドの直接飛来・威圧により侵入を阻止。外周防護柵の緊急点検および低刺激の夜間巡回を徹底する。無断追跡の禁止令を再徹底する。

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