第62話 警備員の妹にも見えるものがあります
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「痛っ!」
俺が慎重にレオンの右腕から棘毛テンのトゲを抜くと、レオンは叫んだ。プルが患部から瘴気を吸い取る。
「では、エーリスさん、お願いします」
「はい。出血と痛みを抑えます。『組織安定化』」
エーリスが治癒魔法と鎮痛処置を施す。柔らかい光がレオンの右腕を包む。
俺は『絶対診察眼』で患部を確認した。
エーリスの魔法により、傷は少しの隙間を開けて塞がってきているが、まだ患部には黒い瘴気反応が残っている。
「レオンさん、右腕を動かしてもらえますか?」
エーリスの言葉にレオンがゆっくり右腕を回す。右腕はぎこちなく小さな円を描いた。
「駄目そうだな。しばらく安静にしないとだ。エーリスさん、入院が必要ですかね」
「そうですわね。棘の残留や瘴気反応の経過を見るため、数日間の入院をして治療を進めたほうがいいですね」
レオンは肩を落とした。
「わかりました。ワタル先生とエーリスさんの指示に従います。……それにしても、俺のせいで除染作業が遅れてしまいますね。すみません」
「そんなことは気にしなくていいよ。ゆっくり治して。あと、ご家族に説明に行かないとな」
俺の言葉を聞いて、レオンは左手を左右に振った。
「家族には俺から言いますから……」
俺は遠慮するレオンを制した。
「レオン君は、保護区の仕事中に怪我をした。それも、俺たちが大事にしている『魔物を傷つけずに守る』という考えを守った結果だ。この保護区の責任者である俺が、ご家族に直接説明しないといけない。レオン君、家はどのあたり?」
レオンは申し訳なさそうに答えた。
「村の南側なんですけど、細い路地の奥で……。俺が説明するより、ギルドで聞いた方が早いと思います。モルガナさんなら、登録情報で知っているはずです」
「わかった」
***
レオンの一次処置を終え、スパイクマーテンが待つ隔離区画へ向かった。スパイクマーテンは、まだエーリスの魔法が効いていて、大きくは動けなかった。
「リコ、どうだ?」
「まだ、魔法が効いている。今なら治療しやすいと思う」
俺は清浄水で皮膚を丁寧に洗浄し、逆立っていた硬い毛を和らげた。
「ワタル先生、これ母から調合してもらった鎮静軟膏です」
「ありがとうございます。これまでは清浄水で洗浄する程度の治療しかできなかったので助かります」
俺はノクシアから、リュシアが調合した鎮静軟膏を受け取り、炎症部に塗布した。暗所の隔離ケージに移すと、荒かった呼吸が少しずつ落ち着いていく。
「攻撃じゃなかったんだ。皮膚炎が酷くて、触られるだけでも痛かったんだな」
「そうですね。先ほどより、体の震えも弱くなっています」
ノクシアがスパイクマーテンを見つめた。その目は優しさに満ちていた。
「棘毛テン、というだけだと呼びにくいな」
俺は、暗所の隔離ケージの中で丸まる小さな体を見た。
「よし。君はトゲマルだ。痛い棘が、いつか丸くなるように」
リコが呆れた声で言った。
「相変わらずのネーミングセンスね」
ノクシアはそれを聞いて笑った。トゲマルは返事の代わりに、浅く息を吐いた。
***
俺は、処置を終えてルミナ村の冒険者ギルドに急いだ。
「おっ、ワタル。どうした? そんなに急いで」
モルガナが奥から、いつもの大股で歩いてきた。
「レオン君が保護区の作業中に怪我をしました。数日は病室で経過を見る必要があります。責任者として直接説明したいので、彼の家の場所を教えてください」
俺の言葉を聞き、モルガナは「あの馬鹿、また誰かを庇ったのかい」と呆れたように言った。
「はい。森の除染を進めていたところ、スパイクマーテンがマルタさんに襲い掛かりました。でも、レオン君は攻撃せず、盾で受け止めたんです」
モルガナは少し目を細めた。
「そうか……。保護区で働いて、少しは考えて動けるようになったんだね。レオンの家の場所か。少し待ちな」
モルガナは村の地図を持ってきた。
「ギルドがここで、レオンの家はここ。村の南側だ。母親と妹の三人暮らしだよ」
モルガナは、少しだけ声を落とした。
「父親は数年前、森の見回りで瘴気に当てられて亡くなってる。あの子はそれから、少し背伸びして働くようになった。……ま、あの子は、守る仕事をしたんだ。キャスパー、案内してやりな。あんたならレオンの家も知ってるだろ」
モルガナに呼ばれたキャスパーが、真面目な顔で案内役を買って出た。
「……分かりました。ワタル、こっちだ」
***
村の南側にある、共同住宅の一室。
俺は、レオンの母メリナと妹サラに対し、レオンの負傷状況を伝えた。
「今日、保護区で森の除染作業をしていた時に、スパイクマーテンがマルタさんに襲い掛かりました。レオン君はマルタさんを庇い、魔物も傷つけずに守り抜きました。ただ、その時に右腕を負傷したため、数日間、安静にして経過を見る必要があります。診療棟に入院してもらうことになります」
「ワタル先生、レオンは右腕以外は問題ないのですか?」
「はい。右腕も初期治療は終わっています。ただ、まだ瘴気反応が残っているのと、リハビリも必要になると考えられることから、念のための入院です」
メリナはほっと胸をなでおろした。静かに微笑み、涙を堪える。
「命に別状がなさそうでよかったです。あの子は、父親に似て無理をします。でも、人を守って怪我をしたのなら、帰ってきたときに叱るより先に、よく頑張ったと言ってあげなければいけませんね」
「そうですね。レオン君の判断は、マルタさんを守り、魔物も傷つけないものでした。保護区の警備員として、誇っていい判断でした」
俺の言葉を聞き、サラは大きく頷いた。
「……兄さんらしい。ワタル先生? 兄さんに面会できますよね?」
「大丈夫ですよ」
「では、これからお願いします。お母さんもどう?」
メリナは首を振った。
「本当は私もすぐ行きたいけれど、今日は仕立て屋で急ぎの直しがあってね。代わりの利かない仕事なんだ。サラ、レオンに無理しないでと伝えて」
「うん。わかった」
***
俺はサラと保護区に戻り、診療棟の病室に案内した。
「ここです」
ベッドの上のレオンは、サラの顔を見て俯いた。
「サラ、ごめん。また怪我をして……。役に立てなくて情けない」
サラは真っ直ぐにレオンを見つめた。
「違うよ、兄さん。ワタル先生に聞いたよ。作業が止まったのは、兄さんが魔物を傷つけずに守り抜いたからでしょ。誰も死んでないし、魔物も斬られてない。だったら、それは失敗なんかじゃないよ」
「レオン君。サラさんの言う通りだよ。剣を抜いて斬ることもできたはずなのに、そうしなかった。それは、この保護区の警備として最も誠実な判断だ。誇っていい」
「そうですか……。ありがとうございます」
レオンは視線を逸らし、左手で目を拭った。
「ただ、ワタル先生。俺が寝込んでいる間、警備の手が足りなくなる。また悪い奴らが来たらどうしたらいいでしょうか?」
「そうだな。何とか手分けをして穴を埋めないと……」
俺の言葉を遮るようにサラが話した。
「ワタル先生。兄さんが休むなら、代わりに私に警備の手伝いをさせてください。見るのは得意です」
「それは嬉しいけど、サラさん。突然警備に入れるのですか?」
「はい。まだ冒険者としては見習いだし、特に決まった仕事もありません。今日からでも手伝えます」
サラの瞳には決意の光が灯っている。
「わかりました。でも、まずはメリナさんの承諾をもらってきてください。こちらでも検討します」
サラは頭を下げた。
「兄の穴を埋めたいと思っています。よろしくお願いします」
サラはそう言って、レオンを見つめた。
「そうそう、兄さん。お母さんが、無理しないでねっていってたよ」
「そうか。母さんにはいつも心配かけるな。ごめんなさいって言っておいて」
レオンは左手で後ろ髪を撫でた。
「うん。わかった。ワタル先生、そうしたら母の了解を得てきます」
サラは病室から出ていった。
「本当にサラはよくできた妹で。俺も兄としてもっとしっかりしたいんですけどね」
「今回はレオン君はよくやったよ。サラさんもレオン君のことを誇りに思っているから」
「そうですかね」
レオンは俺の言葉を聞いて微笑んだ。
***
新棟のダイニングで事情を共有すると、エーリスはすぐに頷いた。
「サラさんは、昔からレオンさんの怪我に付き添っていましたわ。よく周りを見ている子です」
リコも耳を動かした。
「モルガナも、センスがあるって言ってた」
「俺も話していて、サラさんは冷静な観察力を持っている気がする。でも、一人で警備というのはいきなりはできない。協力をお願いするにしても、見習い・臨時警備補助というあたりかな」
俺の言葉を聞き、ノクシアが静かに手を上げた。
「それなら、私が同行します。警備というより、まずは観察の仕方を教えます」
「ノクシアさん、ありがとうございます。では、しばらくお願いします」
それで方針は決まった。
***
その後、サラが戻ってきた。
「母の職場まで行って了解をもらってきました。よろしくお願いします」
「うん。サラさんの力をぜひ貸してほしい。ただ、警備の補助として、森を見る訓練から始めてもらいます。一人での巡回は禁止です。必ず、ここにいるノクシアさんと一緒に動いてください」
「はい。ノクシアさん。よろしくお願いします」
サラはノクシアに頭を下げた。
***
ノクシアはサラを外へ促し、ドッグラン側の通路へと案内した。
「まずは、保護区内の巡回導線を覚えてください。森を見る前に、どこに患者がいて、どこから外に出てはいけないのかを知る必要があります」
サラはドッグランを見渡した。
すると、ドッグランの柵の向こうで、ウィンドウルフのコロがころんと転がり、お腹を見せてあざとく「くぅん」と鳴いた。
サラの足がピタッと止まった。
「……今は巡回導線の確認中です」
自分に言い聞かせるように呟くが、コロの甘え声に耐えきれず、柵の前にしゃがみ込んで真面目な顔でコロを撫で始めた。
「……確認します。腹部、異常なし」
サラは真面目な顔のまま、コロの腹の毛並みを指でそっと分けた。そんなサラを見て、ノクシアは微笑んだ。
「ふふ、お兄さんと一緒ですね。もふもふに弱いところは」
「一緒ではありません。これは巡回対象の健康確認です」
サラは、表情を崩さずに言い張った。
病室の窓の向こうで、その様子を見ていたレオンは、恥ずかしそうに布団を頭までスッと被った。
【施設管理カルテ】
患者経過:右前腕裂創および打撲。創部洗浄、棘毛除去、エーリスによる治癒魔法および鎮痛処置を完了。深部損傷の有無と瘴気反応の経過観察のため、数日間は病室にて安静とし、通常警備業務から外す。
患者経過:棘毛テン(スパイクマーテン)……瘴気性皮膚炎および接触過敏。清浄水による皮膚洗浄、リュシア調合の鎮静軟膏塗布、および暗所隔離による刺激制限を継続。
警備体制:レオンの療養期間中、妹のサラを臨時警備補助として受け入れ。当面はノクシア同行のもと、保護区内の巡回導線、観察記録、および非殺傷を前提とした対応手順を学ぶ。サラの単独巡回は認めない。
特記事項:レオンの負傷は、患者を傷つけずに作業員を守った防衛行動であると記録。これを弱さではなく、保護区警備員としての正しい判断として全職員に共有する。
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